ニューヨーク市の多くの土産物店のように、マンハッタンの「Memories of New York」にはニューヨークの思い出を詰めたTシャツがどっさりある。Tシャツには、ニューヨーク・ヤンキースのロゴや地下鉄の路線図、ブルックリン橋の画像、そしてもちろん、市の土産物店の定番としておなじみの「I ♡ NY」のマークが付いている。
オーナーのアルパー・トゥトゥス(75)は、Tシャツの販売は彼のビジネスに不可欠だと言っている。ところが、新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)で3月に店を閉じた後、8月に再開したものの、以後、Tシャツは1枚も売れていない。
「目下、売り上げはまったくのゼロ。誰も買う人がいない」とトゥトゥス。25年前、フラットアイアン地区に店をオープンした。
ニューヨークにちなんだショットグラス、NYPD(ニューヨーク市警察)やFDNY(ニューヨーク市消防局)のキャップ、さらにはたくさんのマグカップ、ポストカード、キーホルダーの山に囲まれ、トゥトゥスは最近6千平方フィート(約557平方メートル)の店舗の家賃を月額7万ドルで更新したと語った。しかし、実際の収入がないので、家賃の支払いに苦労しているという。
多くの観光客にとって、Tシャツやキャップ、その他の、にぎやかに繁栄する世界的観光地をたたえる思い出の品を買うために店に立ち寄らずして、ニューヨーク詣では完結しないのだ。パンデミック(感染症の大流行)で旅行制限が敷かれる前までは、そうだった。
この規制は米国で最も人気がある大都市の一つ、ニューヨークの観光業を台無しにし、近年同市へ押し寄せていた訪問客の流れを反転させてしまった。
市街の活動は徐々に再開され、一部の働き手はオフィスに戻ってきたが、観光客の足はまだほとんどが遠のいたままである。つまり、ニューヨーク中の何百軒もの土産物店には客の姿がないのだ。
ニューヨーク市の観光振興当局は11月16日、同市への訪問客の数がパンデミック以前の水準にまで回復するのは4年先になるとの見通しを明らかにした。国際観光が立ち直るには、さらに時間がかかるだろう。
「市内のどこも状況が悪いけれど、レストランのようなビジネスならまだ地元のニューヨーカーの客を見込める」とエイカ・ミスファは言う。ブロードウェーと38ストリートの角にある「I Love NY」店のマネジャーだ。周辺には多くの劇場があり、いつもなら活気に満ちた場所だ。
ブロードウェーの劇場は、多くの訪問客にとってニューヨー観光の大きな目玉なのだが、劇場は3月以来閉鎖されており、少なくとも来年の5月30日まで閉まったままになる。
「私たちのビジネスは観光客が頼りだ」とミスファ。「観光客なしには生き残れない」と続けた。
また、マンハッタンにある土産物店「Park Souvenirs and Gift」のセールス担当者はこんなふうに言う。「観光客がいないのに、どうやって観光土産品を売れというのか?」
その店の別の従業員によると――いずれも、オーナーやマネジャーではないとの理由で名前は明かさなかった――売り上げは90%減った。セントラルパーク・サウスのすぐ近くにある同店の従業員は、年末年始のホリデーシーズンを乗り切るのは「奇跡が起きない」限り無理だと話していた。
ブロードウェーと52ストリートの角にある土産物店「K & N Gifts」のセールス担当ティプ・サイード(20)は、雇用主が店舗の家賃を月3万ドル払っていると言う。「どうやって家賃や私のサラリーをひねり出しているのかわからないけれど、仕事を続けていられることを感謝している」と話した。
最近の、ある平日の午後2時、自由の女神やエンパイアステートビルのミニチュアから犬用のNYPDベストまでさまざまな土産物が並んだ展示ケースの脇に立っていたサイードは、この日に買い物をした客は2人だけだと語った。
「何かを買おうという人は誰もいない」とサイード。NYPDの文字が入った乳幼児用のよだれかけ、2個9ドル99セントのI ♡ NYのマグカップや3個10ドル99セントに値引きしたNYC野球帽といった品々に囲まれていた。
マンハッタンのミッドタウン地区は、ニューヨーク市内で一番多く土産物店が集まっている。ロックフェラーセンターやエンパイアステートビル、そしてとりわけタイムズスクエアなどたくさんの観光名所があるからだが、いずれも、ロックダウン以来、訪問客はほとんどいない。
このところ、土産物店の従業員たちが言うには、日々の売り上げは片手で数えられる。店の入り口に立ち、通りがかりの人を値引き価格で引きつけようとしている彼らの姿が見られる。
48ストリートと49ストリートに挟まれた7番街の1ブロックにある4軒の土産物店の一つ、「Playland Gifts」のセールス担当ナズムル・イスラム(42)は、「NYC」の文字が描かれた7ドルのマスクを売る棚のそばに立って、その日は客がたった2人しかいなかったと話した。
「ここにいるのはニューヨーカーだけだし、彼らはニューヨークのお土産は買わない」と彼は言っていた。
52ストリート近くのブロードウェーにあるもう一つの「I Love NY」店でセールス担当をしているアキム・イスラムは、マンハッタンの高層ビル街をかたどったスノードームや自由の女神のミニチュア像がどっさり置かれた棚の間の正面入り口近くに立っていた。
「『ここがタイムズスクエアだなんて、信じられない』と言う顧客がいる」。ひと気のない歩道を指さしながら彼は話し、「あそこを見て。タイムズスクエアが泣いている。まったくの空っぽだ」と続けた。
2019年には、ニューヨークの観光産業は10年連続で成長を記録し、6700万人という記録的な数の訪問客を迎えた。パンデミックに見舞われる前は、少なくとも市は今年も昨年並みの来訪を予想していたのだが、2200万人程度しか見込めない。
ニューヨーク市の会計監査官事務所は今年の夏の時点で、2021年の課税対象になる観光売り上げは少なくとも15億ドル減ると推計した。
市の観光促進機関「NYC & Co.」は、観光業は40万人以上の雇用を支え、州および地方の税収のうち約70億ドルを占めると言っている。観光業の崩壊はホテルやレストラン、バー、その他多くの小売業を大混乱に陥れた。
「毎週、何百万人もの観光客が来なくなれば、観光関連の店舗を維持する手段がなくなるから、その多くが店を閉めることになる」とネイサン・ハークレイダーは言う。CitySouvenirs.comとNYCwebstore.coという二つのオンラインに特化した土産物商の最高経営責任者だ。
土産物店のオーナーたちは、観光ブームのおかげで、たくさんの訪問客が来るので比較的安価な商品を大量に販売することで高額な(貸店舗の)家賃を払うことができた。
年末年始のホリデーシーズンが近づくと、いつもなら土産物店は一年で一番忙しい時期に向けて準備をする。ところが、新型コロナウイルスの感染が再び拡大し、多くの旅行制限が敷かれたままとなると、祝杯をあげる可能性はほとんどないだろう。
「土産物店の多くは、生き残れるかどうかの最後のチャンスになるかもしれない」とハークレイダーは言っている。(抄訳)
(Corey Kilgannon、Natalie Prieb)©2020 The New York Times
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