日本から渡った自販機
韓国の自販機ビジネスは、1977年、ロッテ産業が日本からコーヒー自販機400台を輸入したところから始まった──。
韓国自動販売機工業協会はそんな歴史をウェブサイトに公開している。
2月上旬、理事のキム・ジワンさん(57)を訪ねると、韓国の自販機は2000年代初頭にピークに達したと教えてくれた。
「黄金の卵を産むアヒル」ともてはやされた韓国の飲料自販機は、その物珍しさも手伝って広がったものの、収益を誇張した営業で、設置台数が飽和気味に。
コンビニも相次いで割引キャンペーンを打ち出し始め、自販機全体の衰退へとつながったという。
2022年の台数は飲料のほか、食品などを含めて16万台。日本の飲料自販機だけと比べても10分の1以下だ。
そんな中で、新しい価値を生み出そうとしている自販機があると聞き、韓国・安養(アニャン)市を訪れた。
首都ソウルから電車で1時間弱のベッドタウン。
東京でいえば立川や八王子のような雰囲気だ。アパート団地の立ち並ぶ街路に、その自販機はあった。
次々に利用者がやってきて、袋から使用済みのペットボトルや缶を取り出し、正面の丸い穴に入れていく。
1本あたり10ウォン(約1円)分のポイントがスマホのアプリにたまるしくみだ。
お金を入れて商品が出てくるのではなく、その逆のいわゆる「リバース(逆)自販機」だ。
日本でも資源回収をするリバース自販機は珍しくないが、この自販機は、買い取るか否かをAI(人工知能)が査定する。
使い捨てのプラスチックのカップは買い取り不可。ラベルをつけたままだと「ラベルをはがしてください」と自販機の画面に表示する。まるで中古品の買い取りショップだ。
「この自販機はラベルを外したり、汚れを取り除いたりしないと回収してもらえない。使い始めてから、ゴミの分別に気を配るようになった」
近くに住むウェブデザイナー、ハン・ポラムさん(35)はこう話す。1~2週間に1回、水の空きボトルを持ってくる。
リバース自販機が買い取ったボトルは粉砕し、リサイクル素材として転売する。
その収益の一部をポイントとして利用者に還元し、ボトル回収を促している。転売した素材は有名ブランドの化粧品のパッケージなどに再利用される。
英語で「腎臓の最小単位」を意味するネフロン(Nephron)と名づけられたこの自販機。
腎臓が血液中の老廃物を濾過(ろか)するように、世界をきれいにしたい──。
城南(ソンナム)市のスタートアップ企業、スーパービンがそんな思いで開発した。
会社を起こして8年。自治体を中心に広まり、韓国内に現在750台が設置されている。
「リサイクルできるゴミを集めることは地球的にも大事な課題だ。ネフロンは、市場経済の枠組みの中で利用者と収益を分かち合うことができる」
鉄鋼会社のトップなどを経て起業したCEOのキム・ジョンビンさんはこう語る。
3年後には韓国内で5000台、その先は1万台まで増やす計画だ。海外進出も目指しており、すでに日本からの問い合わせもあるという。
駅で本を借りられる自販機
韓国でおなじみになってきた自販機がもう一つある。
図書館の本を24時間貸し借りできる「スマート図書館」だ。
ソウル・西大門(ソデムン)の地下鉄駅。
人が行き交う改札のすぐそばに、飲料自販機3台分ほどの大きさの機体があった。
タッチパネルにふれると、小説やビジネス書などの表紙がずらりと現れる。
韓国の作家だけでなく、日本の村上春樹や宮部みゆき、中村文則に東野圭吾の韓国語版も見つけた。
1台に500~700冊。ソウル市民なら誰でも、スマホのアプリ画面をかざして本を借りたり、返却したりできる。
返却時には本の評価を5段階の「★」で入力するレビュー機能も備えている。
予備校が多い地域には進学や就職関連、美術大のあるところにはデザイン分野と、その場所にあった選書も魅力だ。
スマート図書館を手がけるのは、ソウル市教育庁だ。
書架を持ち、司書を配したおなじみの図書館を22カ所で運営しており、これに加えて2020年、スマート図書館の導入に踏み切った。
いまは各図書館のいわば「出張所」のような位置づけで、地下鉄駅や公園に22台にまで広げている。
1台目を設置したのは新型コロナウイルスが本格的に広がる前だったが、その後の拡大はコロナ禍でニーズが高まったためだ。
図書館に行かなくとも、人と対面せずに本を借りられる。
「これまで図書館を利用していなかった人が新たに使ってくれる効果もあった」と、市教育庁生涯学習課のチーム長、キム・ソニさんは語る。
さらに利用者を増やすため、アプリ経由で予約した本を借りられるにようにするといったアップデートを考えている。
日本への輸出も
「韓国の会社員は通勤時間を長くしたくないけど、手軽に本を借りたい。それなら通勤ルートで利用できるのが良いと考えた」
図書館関連のシステムを幅広く手がけるナイコム(安養市)の社長、ホン・ギソクさんはこう語る。2011年、同社が韓国で初めて、スマート図書館の自販機を開発した。
初代のスマート図書館から改良を重ね、いまは4代目になった。
韓国で年に30~40台を出荷し、地下鉄駅のほか、アパート団地の集会所や軍の施設にも設置されているという。
ホンさんは「若い人は何でもかんでもスマホだが、スマート図書館が移動ルートにあって目にとまれば利用するようになる。本を読む若者が増えることも期待している」という。
日本へも試験的に売ったが、コロナ禍も挟んで商談はストップしている。
「日本への輸出も視野に入れて、地震時の耐久性も設計に反映している」とホンさん。日本の図書館文化を学びに来日すると話していた。