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ヘンリー王子、愛と悲しみの告白 ダイアナ妃の死、ネグレクト…「予備」と軽んじられ

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
『SPARE』
『SPARE』=山本正樹撮影

「どうせ僕は予備」の悲しさ

本書のタイトルの『SPARE(スペア)』はスペアタイヤとかスペアキーというときの「予備」という意味だが、ここでは英国王室用語の“an heir and a spare”(エアとスペア)という対語的表現から来たスペア。すなわち「世継ぎと予備」という意味合いでの「予備」を意味する。

英国王法定推定相続人たる長男ウィリアム(ウェールズ公ウィリアム)に万一何かがあった場合、本書の著者である次男のハリー(サセックス公爵ヘンリー王子)がバックアップになるという意味だ。だがそこには、万一のことがなければ自分は生涯予備品であり続けるというもの悲しさもある。

どうせぼくは予備なんです、という自嘲の色濃い本書であるがまとめると、予備としてかろんじられ、兄からもメディアからもいじめられ、王室には味方をしてくれる人もおらず、新妻メーガンを連れて王室離脱をしたハリーの告白の書、ということになる。ただし自嘲を逆手に取って開き直り、攻撃的側面を見せる箇所もある。

欧米では翻訳本もふくめてほぼ同時に発売となり、1週間で320万部売れたという。ただし上述の英国王室独特の無慈悲かつニュアンス含みのタイトル『予備』は各国語それぞれ変えてある。たとえば、『補欠』(フランス)、『日陰にて』(スペイン)、『残りもの』(ブラジル)、『代役』(ドイツ)、『二番手』(スウェーデン)という具合に。これら翻訳タイトルを名寄せすれば本書のよきサマリーになる。

とまれ全世界の出版界がよってたかって油かすみたいなタイトルをつけたわけだが、ハリーは気にしない(だろう)。なんといっても出版前すでに前渡し27億円相当を受け取っているのだから。名より実とはこのことである。

日本語訳にどんなタイトルがつくか分からないが、安直な伝統的邦訳として『愛と悲しみの王子』というタイトルがぽっと浮かぶ。だがそれも今回ばかりは的確なような気もする。

410ページ、232章仕立てで1章当たり2ページ未満の切り子細工のようにキラキラした多面的告白なので、読み手がどの部分を印象深く感じるかは自由(学校体験、軍隊体験、王室内のいざこざ、新妻いびり、等々)だけれど、母親ダイアナ妃に対する思慕は本書全体に直接・間接に遍在している。まさに愛と悲しみとしか言いようがない。

母ダイアナへの思いが胸を打つ

ダイアナ妃の死については報道され尽くした観もあるが、12歳のときに母ダイアナを失った息子本人の語りは胸を打つ。「母は死んだのではなくどこかに隠れているとずっと信じていた」「母が最後に見たこの世の風景はパパラッチのフラッシュだったに違いない」と言ってみたり、2001年9月の米国同時テロをテレビで見ていた同級生が「世界の終わりかもしれない」とつぶやいたとき、世界の終わりならば母が再来するのではないかと本気で思ったりするハリーなのだった。

本書を読めば読むほどハリーというのはネグレクト、すなわち被虐待放任の被害者なのではないかという気がしてくる。王室だからといってその種のケアが万全という保証はない。彼の自己破壊的衝動や火の玉小僧的な行動はそのせいなのではないか。

このベストセラーを保守界隈(かいわい)は発売前から猛烈に攻撃していた。国の面汚しというだけでなく、国王チャールズの戴冠式前になんということを!というわけだ。わが家の近所に住む英国海軍の退役軍人などもカンカンに怒っていた。彼もまた本書を読んでいないし今後も読まないだろうけれど。

SPAREだったハリーは王室に一石を投じた、どころではなく大西洋の反対側(ハリー夫妻は米国在住)から英国に向けて毒気の強い槍(SPEAR)を投げたのである。

英国のベストセラー(ハードカバー、総合)

2023年2月12日付 The Sunday Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)

 Spare
Prince Harry プリンス・ハリー
英国王の次男、サセックス公爵ヘンリー王子の自伝。

 8 Rules of Love
Jay Shetty ジェイ・シェティ
古代インドの知恵と近代科学のフュージョンで愛を再認識する。

 Why Has Nobody Told Me This Before?
Julie Smith ジュリー・スミス
臨床心理学者による人生の浮き沈みへの対処法。

 Love, Pamela
Pamela Anderson パメラ・アンダーソン
かつてのセックスシンボルの一人が詩と文章でつづった自伝。

 The Boy, the Mole, the Fox and the Horse
Charlie Mackesy チャーリー・マッケジー
『ぼく モグラ キツネ 馬』(飛鳥新社)
少年とモグラ、キツネ、馬の冒険を通して人生哲学を語る絵本。

 The Boy, the Mole, the Fox and the Horse : The Animated Story
Charlie Mackesy チャーリー・マッケジー

上記5位のアニメ版の書籍化。

 Finding Hildasay
Christian Lewis クリスチャン・ルイス
うつの元落下傘兵が英国の海岸線を踏破し幸福をつかむ。

 Menopausing
Davina McCall and Naomi Potter ダヴィナ・マッコールとナオミ・ポッター
更年期をめぐる偏見を打破し、第2の春を迎えよう。

 Food for Life
Tim Spector ティム・スペクター
疫学者が「良い食生活」とは何かを科学的に探る。

10 I Wish I Knew
Donna Ashworth ドナ・アッシュワース

詩による人生航海のマニュアル。インスタグラムでヒット。