ハリー王子と妻メーガン妃をほめてあげたい。
米カリフォルニア州モンテシートで暮らす英王室のこの2人に長女が生まれ、「リリベット(Lilibet)」と名付けられた。ロンドンのバッキンガム宮殿や、米英合作のテレビドラマシリーズ「ザ・クラウン(原題:The Crown)」でよく知られる王室とはいえ、その外でこの名前を耳にすることはまずなかっただろう。そんな独創的な命名を、2人は見事に決めてみせた。
(この名の由来を知らない人のために説明すると、リリベットはハリー王子の祖母、英女王エリザベス2世の家族の中での愛称だ。幼いときに自分の名前をきちんといえず、こう発音したことから付けられた)
(訳注=リリベットは2021年6月4日、カリフォルニア州サンタバーバラの病院で、ハリー王子夫妻の第2子として生まれた。フルネームは「リリベット・ダイアナ・マウントバッテンウィンザー〈Lilibet Diana Mountbatten―Windsor〉」。愛称「リリ〈Lili〉」)
ただし、古くからの名付けの慣習を破ったことで、2人は新しい慣習と向き合うことにもなった。できるだけ変わった名前を探し求めようとする流れだ。
そこで、専門家に聞いてみた。赤ちゃんの名付け方について、10冊もの本を共著で出しているパメラ・レッドモンド。サイト「Nameberry(名前がなる木)」の創設者でもある。
名付けの世界は、だれしもがハッとするような魅力的な名前を求めて、戦線が拡大するばかりだ。今回の命名を機に、そんな現状を解説してもらった。以下は、その一問一答。
――ハリー王子夫妻の第2子の命名は、奇をてらったようにも思える。驚くべきことなのだろうか。
子供に名前を授けることは、ほとんどスポーツ競技に似てきた。だれも思いつかなかった名前で勝負しようと、親は必死になっている。それも、深い意味を込めようとしてのことだ。
そのために、多くの親は、標準的な人名事典には見向きもしない。ある場所の名前。懸命にひねり出した造語のような名前。世界のどこかにちなんだ国際的な名前。ジェンダーに縛られない名前も登場する。
――名前の頭文字で見るとどうなのか。女の子の場合は「L」が目立つようだが、今度の「Lilibet」もその流れにあるのだろうか。
「L」は、子音で始まる名前としては、この10年ではトレンド中のトレンドといってよいだろう。「リリー(Liliy)」は、そのオリジナルの一つだし、Lが二つ入る名前は、他にもよくある。「ローラ(Lola)」「ライラ(Lila)」、そして「リリアン(Lilian)」。
その象徴は、20年前にはほとんどなかった「ルナ(Luna)」(訳注=ローマ神話の月の女神でもある)だろう。米国で生まれた新生児の名前の人気リストは、米社会保障局が(訳注=事実上の国民総背番号の管理部門として、毎年の母の日の前に)公表しており、ルナは今では14位に入るまでになった。有名人でいうと、米国のモデル、クリッシー・テイゲンと夫の歌手ジョン・レジェンドが、娘に付けている。
「L」と同じ現象は、1970年代から80年代にかけて、「J」で起きていた。男の子の名前も含めて、「ジェニファー(Jennifer)」「ジェイソン(Jason)」「ジェシカ(Jessica)」「ジョシュア(Joshua)」などだ。
2000年代になると、「K」がはやるようになった。折しも米芸能界に名をはせるようになった「カーダシアン家」が、人気の一因になっていた。
それぞれの頭文字が持つ響きが、こうしたトレンドを創り出している。
――でも、なぜ、今は「L」なのだろうか。
Lで始まる言葉には、非常に前向きで、温かみを含んでいるように感じるものが多い。「love(愛)」「lovely(愛らしい)」「lilting(快活な)」「lively(活発な)」などだ。
――男の子の名前だと。
女の子と同じような傾向が、間違いなくある。「ルーカス(Lucas)」「ルカ(Luca)」「レオ(Leo)」「リーバイ(Levi)」といったところだ。ばかばかしく聞こえるかもしれないが、「ルシファー(Lucifer)」(訳注=明けの明星を指すラテン語。キリスト教では堕天使サタンの名として出てくる)と名付けられた男の子が、2020年は全米で50人もいた。
――えっ、ルシファーだって?
禁断の名前が、しばしば登場するようになった。他の例をあげれば、「リリス(Lilith)」がある。ユダヤの民間伝承に出てくる女性の悪霊だ。男の子だと、「デンジャー(Danger=危険)」がホットな名前として新たに浮上している。
一方で、新約聖書の福音書にちなんだ新種の名前もよく見られるようになった。「アーメン(Amen)」「セイビアー(Savior)」「カナーン(Canaan)」「クリード(Creed)」「セイント(Saint=聖人)」などだ。最後の名前は、米国のラッパー、カニエ・ウェストと女性タレント、キム・カーダシアンとの間に生まれた長男に付けられている。
――リリベットに戻ると、その家族だけにある固有の名前であることが大きな特徴になっている。皇族や王族でなくても、一族の家系図から名前を選ぶことがよくあるのか。
もちろん。宇宙のように無限とも思える名前の世界から、絞り込んでいく有力なすべとなる。しかも、他ではありえない、正真正銘の意味合いを名前に授けることができる。
ただし、現在のやり方には特徴がある。実際に一族固有の名前であるものしか採用しないことだ。1980年代には、いわゆる「エセ固有名」がよく使われた。「パーカー(Parker)」(訳注=もともとは、中世の狩り場〈park〉の番人に付けられたニックネームとされている)や「モーガン(Morgan)」(訳注=「海で生まれた」を意味する英ウェールズのファーストネームが、姓も含めてどちらにも使われるようになったとされている)のように、固有であるように見えて、実際にはそうではない名前だ。
――同じことは、英語以外の名前にもあてはまるのか。
英語ではない言語の名前にも、それぞれの言葉の文化を取り戻そうとする動きが間違いなくある。ラテンアメリカ系米国人の多くは、もとの固有の名前を復活させようとしている。例えば、英語の「ポール(Paul)」に対して「パブロ(Pablo)」を使う流れだ。
インド系なら、自分は英名を名乗っているのに、米国で生まれたわが子には(訳注=古代インドの叙事詩に出てくる英雄アルジュナにちなむ)「アージュン(Arjun)」のような伝統的な名前を付けるかもしれない。インドのヒンディー語の世界では人気の名前で、聡明(そうめい)で輝いているという意味がある。
――こうした家族ごとに固有の名前は、家系図などをもとに、みな同じようにできているのか。
世代の違いも、からんでくる。自分のきょうだいや、学校に一緒に通った子の名前を使おうとする親は、まずいない。両親の名前となると、もっと少ない。その両親は、今はベビーブーマー世代が多く、典型的なのは「スーザン(Susan)」や「デビー(Debbie)」「ボビー(Bobby)」「カレン(Karen)」といった名前だ。
逆に、曽祖父母世代の名前となると、魅力の方が増してくる。「ベアトリス(Beatrice)」や「アーサー(Arthur)」がその一例だ。ここまでさかのぼると、やぼったさが消えて、ファッショナブルになってくる。
――では、最良の結果を得るには、どこまでさかのぼればよいのか。
「100年周期説」を唱える向きもある。100年たつと、かつて使われていたというだけではなく、流行の最先端に戻ってくるというわけだ。
中には、数千年は使われていない名前を探す親もいる。古代や神話、寓話(ぐうわ)の世界に分け入ることになる。そんな意味で、今、まさにトレンディーなのが「ジュリアス(Julius)」「カシアス(Cassius)」と「フレイア(Freya)」。人気度を上げ始めているのが、「ヘラ(Hera)」「ニックス(Nyx)」「オシリス(Osiris)」だ。
――現時点で、注目すべき他のトレンドはまだあるか。
自然に関連した名前が台頭してきている。関心を集めているのが、動物だと、「オックス(Ox=雄牛)」(本当に!)。鉱物だと、「オニキス(Onyx)」や「アメシスト(Amethyst)」。天空の世界だと、「ビーナス(Venus)」「セレスティア(Celestia)」といったところで、そう、「スカイ(Skye)」もある。
――まとめると、ユニークであればあるほどよいということなのか。
そうとばかりもいえない。最悪な例を一つあげれば、これは絶対に独創的だと思って決めたのに、その名前に人気が出てしまうことだ。フランス人の祖母にちなんで「エロディー(Elodie)」と名付けたけれど、その子が学校に行くようになったら、同じ名前の子が他に4人もいたなんてことだってありうるのだから。(抄訳)
(Alex Williams)©2021 The New York Times
【7月26日追記】当初の記事で、禁断の名前として「カリ(Kali)」に言及していましたが、誤りでした。ニューヨーク・タイムズ7月25日付で「禁断の名前ではない」と元記事を訂正したのに伴い、本記事も訂正しました。
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