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ジェンダーギャップ改善、動き鈍い日本政府 民間組織が手にした新たな「武器」UPR審査

国際女性デー2023 更新日: 公開日:
国連人権理事会の会議場
国連人権理事会の会議場=スイス・ジュネーブ、草野洋美さん提供

国連加盟国が人権状況を互いに審査し合うUPR

UPRはUniversal Periodic Reviewの略で「普遍的・定期的審査」の意味だ。外務省によると、国連人権理事会が2008年に始めた制度で、国連に加盟するすべての国が、自国の人権状況について、約4年半のサイクルで審査される。

審査基準は国連憲章、世界人権宣言、当該の国が締結している人権条約や人権の関連法などだ。

審査には、民間組織も関与することができる。ヒューマンライツ大阪の公式サイトによると、審査の基礎資料となる報告書を、審査を受ける政府だけでなく、民間組織も提出することができる。

また、ほかの加盟国の大使館やジュネーブに駐在する代表部などにロビーイングし、日本に勧告するよう訴えることも可能で、国際社会から日本政府に変革をうながしてもらう、という構図だ。なお、被審査国は他国からの改善勧告に対し、一つ一つ受け入れるかどうか態度表明をしなければならない。

婚姻の不平等、中絶めぐる問題…深刻なジェンダーギャップ

日本が抱える人権問題は山積している。例えば世界的に後れを取っているジェンダーギャップの問題。岸田文雄首相は昨年の「国際女性デー」にちなんだスピーチで、次のように語った。

「我が国の現状は、ジェンダーギャップ指数が世界第120位であることに表れているように、諸外国に比べて大変立ち遅れていると言わざるを得ません」

「全ての女性が生き生きと自ら選んだ道を歩んでいけるよう、力を尽くす」

あれから1年たつが、状況はほとんど改善していないのではないか。

私も取り組む選択的夫婦別姓の問題はどうか。議論が始まって40年がたつが、制度は導入されないままだ。各国が法改正する中、日本は世界で唯一の「夫婦同姓を強制する国」として残り、95%は女性が改姓している。

2022年に公表された内閣府・男女共同参画白書では、事実婚は成人人口の2~3%を占めると推計した上で、背景に「改姓問題がある」と指摘。積極的に結婚したくない理由について「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」と答えた独身女性が、20、30代では25.6%、40~60代では35.3%にそれぞれ上った。

性的少数者の人権状況も深刻だ。日本は主要7カ国(G7)の中で唯一、同性婚が合法化されていない国だ。

それどころか、岸田首相のスピーチライターだった秘書官が2月上旬、LGBTQや同性婚への差別発言で更迭された。

それでも首相自身、その後に開かれた衆院予算委員会​​で、「同性婚を認めないことは、国による不当な差別であるとは考えていない」と答弁。結局、自民党は同性婚や差別禁止法の成立を実現しようとするのではなく、建前だけの「理解増進法」でお茶を濁そうとしている姿勢が浮かび上がった。

視察先の福井県で、荒井勝喜秘書官の更迭を表明した岸田文雄首相
視察先の福井県で、荒井勝喜秘書官の更迭を表明した岸田文雄首相=2月4日、福井県坂井市、代表撮影

女性の性と生殖に関する自己決定の権利(SRHR)はどうだろうか。

全国の学校の教育課程の基準を定めた学習指導要領では、「性交・妊娠の過程は扱わない」という“歯止め規定”があり、多くの子どもたちは正しい性の知識を身につけられていない。

知識のないままレイプされても、刑法では13歳で「性交合意年齢」に達したとみなされる。世界的に低い水準で、引き上げも議論されているが、現状では、加害者から暴行や脅迫を受けるなど「抵抗できない状態につけこまれたことを立証」できなければ、性犯罪として罪に問うことはできない

予期せぬ妊娠は年間約61万件あるが、「妊娠したかも」と不安でも緊急避妊薬はすぐ手に入らない。

約90カ国では、処方箋がなくても薬局で数百円から5,000円程度で緊急避妊薬を購入できる。これに対し、日本では医師の診察と処方箋が必要で、かつ1万円前後支払わなければ手に入らない。

2021年の人工中絶(約12万件)のうち、20歳未満は9,093件だった。1日あたり約24人の10代女性が中絶手術を受ける計算だが、体へのダメージの大きさから先進国ではほとんど実施されなくなった掻爬(そうは)法(器具で子宮の妊娠組織を掻き出す手術)が、日本の中絶手術ではいまだ約80%だ。

中絶費用も6〜15万円ほど(妊娠週数によっては40万円以上の病院も)と高額な上、母体保護法で「配偶者の合意が必要」と定められている。無料の国があるのとは対照的だ。

産婦人科医の遠見才希子氏は国際会議の場で、海外の専門家たちから日本で「女性に懲罰的な搔爬法を罰金のような高額でいまだに行っている」ことに疑問を呈されたという。

厚生労働省の専門家部会は今年1月、ようやく経口中絶薬「メフィーゴパック」の薬事承認を了承したが、実用化・普及までまだ時間がかかりそうだ。

初期の人工妊娠中絶の方法

以上のような状況を考えれば、各国における男女格差を測るジェンダーギャップ指数2022年版で、日本の順位が146カ国中116位(前回は156カ国中120位)だったのも不思議ではない。

日本の順位は先進国の中で最低レベルというだけでなく、アジア太平洋地域、そして日本政府が開発援助してきた多くの新興国や途上国よりも低い。圧倒的なジェンダー平等後進国に、私たちは住んでいるのだ。

UPR審査に初挑戦した9団体の取り組み

さて、日本のこうしたジェンダーギャップ改善のために取り組む国際協力NGOがある。「JOICFP(ジョイセフ)」(東京)だ。創設されたのは1968年。医療従事者へのトレーニングなどを通じ、アフリカやアジア、中南米など開発途上国における妊産婦や女性、少女の健康と命を守る支援を続けてきた。

だが近年は、国内向けのアドボカシー(政策提言や世論喚起のための活動)にも力を入れてきた。ジョイセフでアドボカシー・オフィサーを務める草野洋美(ひろみ)さんは次のように話す。

「女性の体や尊厳を守る『性と生殖に関する健康と権利』(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ=SRHR)は、人が生まれながらに持つべき権利(人権)として世界各国が普及に取り組んでいます。しかし気づけば、この分野の法整備にしろ、社会的な習慣に基づく意識にしろ、『日本の方がよほど出遅れている』と感じる事例が増えてきました。そこで2016年から、日本国内に向けてもSRHRの啓発を始めることにしたのです」

草野洋美さん。コスタリカの国連平和大学に社会人留学した経験が「ジェンダーの問題に目覚めた」きっかけという
草野洋美さん。コスタリカの国連平和大学に社会人留学した経験が「ジェンダーの問題に目覚めた」きっかけという=本人提供

2022年初旬、ジョイセフに対し、カナダ発祥でジュネーブに事務所を構えるSRHR推進団体「The Sexual Rights Initiative(SRI)」からこんな誘いが来たという。

「国連のUPR審査、日本は次の被審査国ですね。アドボカシーのいい機会だから、国連加盟国に日本の問題を伝えて、改善勧告を出してもらうためのトレーニングを受けてみない?」

日本の4回目のUPR審査が2023年1月に迫っていた。ジョイセフはSRIの提案を受け、草野さんの派遣を決めた。草野さんはトレーニングをこう振り返る。

「4月にSRIのトレーニングを受けたら、目からうろこのことばかり。国連加盟国に市民団体が『日本の人権状況に対しての勧告を出してほしい』と要請するレポートを出せることも知りました」

トレーニングに刺激を受けたジョイセフは、UPR審査を目指して新たなアドボカシーに乗り出した。ほかの団体にも声をかけ、ジョイセフを含め、合計九つの団体で取り組むことになった。

2022年5月には、以下の6項目についてレポートで求めることにした。

  1. 避妊薬(具)へのアクセス(※緊急避妊薬を含む)改善
  2. 安全な中絶アクセス改善
  3. 強制不妊手術サバイバーへの補償
  4. SOGIE(性的指向・性自認・性表現)に基づく差別撤廃
  5. 刑法性犯罪規定改正
  6. 包括的性教育へのアクセス改善

草野さんによると、「#なんでないの」プロジェクト代表の福田和子さんが英語でたたき台を作成。その上で、各団体が自らの専門分野を生かしながら肉付けしていった。

SRIのレビューをへて7月、UPRの事務局を担当する国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)にレポートを提出することができたという。

草野さんはこう振り返る。

「各章のバランスを考えたり、英語のチェックや出典の確認、追加をしたり、取りまとめには手間がかかりました。『本当にそこまで効果があるのだろうか』『この苦労は報われるのだろうか』と半信半疑でしたが、レポート提出団体として国連の公式サイトに載った(ジョイセフなどのレポートはJS4)ときは、正式ルートに乗ったお墨付きが得られたことで一安心でした」

「日本はダブルスタンダード」世界の厳しい視線

さらに11月。スイス・ジュネーブで開かれた「事前セッション」にも参加することができた。UPR審査の強化に取り組む国際NGO「UPR Info」が主催するこの催しには各国代表部担当者が集まるため、各市民団体が希望する勧告内容を訴えるチャンスでもある。日本からは日本弁護士連合会や国際人権NGOなどが毎回参加している。

草野さんは参加が決まったときから、ジュネーブに駐在する各国の人権部門担当者に以下のようなアプローチを始めた。

  • UPR Infoの公式サイトに資料をアップロードしてもらう
  • 国連Blue Bookで各国の人権担当者の連絡先を調べ、個別面談を申し入れる
  • ジョイセフが東京連絡事務所/国際連携パートナーを務める国際NGOの国際家族計画連盟(IPPF)や、これまでSRHR関連で協力関係にあった国際NGO・機関に相談。在ジュネーブ各国代表部と個別につないでもらったり、EU加盟国担当者に一斉に資料配布をしてもらったりする

ジュネーブで事前セッションや個別面談に臨んだ草野さんが一番強く感じたのは、UPR審査は「市民団体にとって外圧ツール、各国にとっては外交ツールとして機能している」点だったという。草野さんはこう話す。

「私たちが取り上げた『緊急避妊薬を薬局で買えるように』『安全な中絶へのアクセスを改善してほしい』といった訴えは、過去のUPR日本審査では指摘されたことがない、今回初めての論点でした。お会いした各国代表部の担当者には女性も多く、『日本のSRHRがまだこんな状況なんて』『息が止まるほどびっくり』『考えられない』と共感してくれました」

一方で、同性婚やSOGIEに関する要望については、各国の担当者は「もう一度同じ勧告をしても、日本政府がまた『留意する』で対応しないなら困る」「SOGIE差別撤廃に向けた独立専門家を立てる6月の選挙で、日本は賛成票を投じた。なのになぜ、国内で法律を作らないんだ。ダブルスタンダードだ」などと、異口同音だったという。

これらの要望については、前回(2017年)の審査で日本が受けた217の勧告にも含まれていたが、日本政府は軒並み「留意する(Note)」と回答した。草野さんは「国連人権条約を批准している国の原則として、勧告をすべて『受け入れ(Accept)』とすべきところ、日本はかなり多くの勧告を『受け入れない(Not Accept)』『留意する(Note)』として、『聞き置くだけで動いていない』のです」と話す。

その上で、草野さんは「各国がUPRに真剣に取り組むのは、外交的な成果を求めるという側面も強いのだと理解しました」と言う。

国連内のカフェ。こうした場所や会議室で草野さんたちは各国代表部と個別面談をしたという
国連内のカフェ。こうした場所や会議室で草野さんたちは各国代表部と個別面談をしたという=草野さん提供

勧告、前回上回る300件

日本にとって4回目のUPR審査の当日となった1月31日。草野さんは国連のオンライン中継に釘付けになった。ジェンダー平等について次々と勧告が出される中、草野さんたちのレポートの内容を取り入れてくれる国が続々と現れた。

「ジェンダーギャップ指数世界1位、SRHRの分野でも優等生のアイスランドが4項目すべて私たちのレポートの中から日本に勧告してくれたのを聞いた瞬間は、本当に感無量でした。また、代表部と直接個別面談できたメキシコも、中絶のアクセスに関して、私たちのレポートの表現をそのまま勧告に生かしてくれて。『やはり共感してくれたんだ』と手応えを感じました」(草野さん)

UPR審査に臨む日本政府代表団
UPR審査に臨む日本政府代表団=国連の中継ウェブサイトから

結局、日本政府に対し、今回は300件の改善勧告が各国から突きつけられた。前回の217件を大きく上回った。

ジョイセフなど9団体がレポートを出した内容を改善勧告に取り入れた国は以下の表の通りで、SRHRに関しては24カ国から36の勧告につながった。

ジョイセフなど9団体が作成したレポートの内容を改善勧告に取り入れた国の一覧
ジョイセフなど9団体が作成したレポートの内容を改善勧告に採り入れた国の一覧=ジョイセフ提供

特にSOGIEに基づく差別については、前回2017年の14カ国を大きく上回る20カ国から勧告が提出されている。

実は筆者の団体も10月にUPR審査のことを知り、遅ればせながら11月に各国大使館に選択的夫婦別姓に関するレポートを送ったが、審査に間に合わなかった。

ジョイセフら9団体のように約10ヵ月前から準備を始め、事前セッションに参加すれば、ここまで多くの国が勧告に動いてくれるのだと、草野さんの話を伺って実感できた。

動かぬ政府に「外圧」で対抗

日本は八つの国連人権条約に批准しており、毎年のように何らかの人権条約、自由権規約などの審査を受けている。いずれも一般市民が声を届けられる仕組みがある。アドボカシーに取り組む人たちが、この「外圧」を使わない手はない。

草野さんによると、日本が今回、一番多く勧告を受けた項目の一つに「国内人権機関(政府から独立した調査権限を持ち、差別など人権侵害を受けた人を救済する機関)の設置」があったという。

「先進国ではこれがないのは日本ぐらい。人権状況でよく日本と比較される、お隣の韓国にもあります」と草野さんは指摘する。

また、女性の政治・経済・社会参加の底上げに関するものなど、ジェンダー不平等の問題全般に関する勧告も多く出されたという。ジェンダー不平等は人権問題であることを、日本政府が理解していないことを突き付けられた格好だ。

ここ最近、日本政府は人権問題について目に見える「外圧」で対応を迫られている。首相秘書官の差別発言が報道されてすぐ、アメリカ大使館はTwitterで、国務省LGBTQI+人権促進担当特使・ジェシカ・スターン​氏の「国は差別から国民を守るべき」という声明を発信した。

アメリカ大使館のツイート。ジェシカ・スターン氏の写真とともに、LGBTQIの人たちへの差別反対のため「日本と協力したい」と訴えている

スターン氏が内閣府と会合を持ったり、ラーム・エマニュエル大使が記者会見で「LGBTQI+コミュニティーの皆さんは家族の一員」などと発言したりした様子を伝えている。

エマニュエル大使の記者会見の様子=アメリカ大使館のツイート

また、オランダのペーター・ファン・デル・フリート大使とアムステルダム市のフェムケ・ハルセマ市長が2月27日、当事者団体と対談したことが報道されている。

ジョイセフなど9団体の「外圧作戦」は今後、どのように展開していくのだろう。日本政府は今回の改善勧告に対し、6〜7月に開催される第53回人権理事会で採択をする予定という。草野さんは「『受け入れる(Accept)』を期待していますが、採択を前に、私たちも何か世論を動かすアクションをしたいと考えています」と話す。

力を入れるのが、ジョイセフも運営団体に加わっている「W7(Women7)」だ。W7はG7と連動しており、サミットも4月、G7広島サミット(5月)に先立つ形で開催される。

W7サミットにはG7各国や新興国の女性団体、LGBTQI+団体の代表が参加し、G7サミットで、ジェンダー平等やSRHRの推進や支援が約束されるように働きかけるのが目的だ。

W7では共同提言をまとめる予定で、岸田文雄総理大臣と小倉將信女性活躍担当大臣に提出する見通しだ。草野さんは次のように期待する。

「6月に政府主催で開かれるジェンダー平等担当大臣会合を前に、『日本では人権問題が人権問題として扱われていない』現状についても取り上げたい。今年はチャンスの年。少しでも前進したいですね」