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長野市の公園廃止問題、子供の声は「騒音」なのか?訴訟が相次いだドイツがとった道は

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
上階の騒音に耳を塞ぐ男女
写真はイメージです=gettyimages提供

長野市の公園「青木島遊園地」が一部の近隣住民から「子供がうるさい」などと苦情を受け、来年3月をもって廃止になることが物議を醸しました。

公園には保育園や児童センターが隣接しており、多くの子供が同公園で遊んでいました。

これだけを聞くと「自己中心的な大人が子供を加害者に仕立て上げている」という印象を受けますが、住民側は自宅の敷地内にボールを投げ込まれたり、植栽を踏み荒らされたりといったことに長年悩まされてきたという事情もあります。

上階の騒音に耳を塞ぐ男女
青木島遊園地の出入り口付近に掲げられた廃止のお知らせ=2022年12月8日、長野市青木島町、朝日新聞社

でも子供は思いっきり遊びたいもの。「子供が子供らしくいられる」ためには、どうしたらよいのでしょうか。

子供関連の「音」について、どこまでが許容範囲内で、どこからが「騒音」なのか。今回は筆者が育ったドイツと比べながら考えてみたいと思います。

もともと「音に敏感」な国柄のドイツ

ドイツはかつて「kinderfeindlich」(子供に優しくない)国として有名でした。

たとえば子供の話になった時に「子供を持つぐらいなら犬を飼った方が良い」と堂々と話す人もよく見かけたものです。子供はうるさいし、汚すし、モノを壊すという身もふたもない理由からです。

昔から「音に敏感」な人が多いため、ドイツの集合住宅地では「正午~午後2時、午後10時~午前7時は休息時間。日曜日や祝日は終日、休息時間」などと細かく明記されていることが多いです。

「休息時間」(独語:Ruhezeit)とされている時間帯には、騒音につながることをしてはならないため、掃除機をかけること、洗濯機を回すことはできません。

そういった風潮のなか、子供はドイツでは長年「何かとうるさい存在」として扱われてきました。

「うるさい子供」に対して苦情を言うことが、いわば当たり前の社会だったのです。マンションの中から聞こえるKinderlärm(和訳:子供による騒音)だけではなく、集合住宅の「中庭にまつわるトラブル」も頻繁に見られました。

筆者が子供の頃に住んでいた集合住宅では、中庭に滑り台が設置されていましたが、中庭で遊ぶ子供の声がうるさいと住人からクレームがあったため、いつの間にか撤去されていました。

「騒音トラブル」と「外国人嫌悪」

1960年代~70年代のドイツでは女性解放運動が盛んで「子供を持たない生き方」がはやった時代でもありました。

そういった中で当時、「子だくさんの家」といえば「ガストアルバイター」(外国人労働者)としてドイツに来ていたトルコ系の人でした。

そのためドイツでは「子供はとにかくうるさいし、汚すし、迷惑」 ⇒「(子だくさんの)外国人は迷惑」という構図が出来上がってしまい、悲しいことに、今にいたるまで「子供嫌い」が「外国人嫌い」と結びついている面もあります。

筆者は子供の頃、ミュンヘンで毎週土曜日に日本人学校に通っていました。

ここで毎週行われていた「ラジオ体操」と「朝礼」について、近隣住民から「朝から外国語の騒音が不愉快」「週末なのに非常識」と頻繁に苦情があったといいます。その都度、日本人学校の関係者が「子供たちへの日本の文化の継承のためにどうか理解してほしい」と近隣住民に説明をしてまわっていたためラジオ体操や朝礼がなくなることはありませんでした。

 近隣住民の苦情で閉鎖に追い込まれたドイツの保育園

ドイツでは近隣住民からの苦情によって保育園が閉鎖に追い込まれたケースも多数あります。2009年にはベルリン市フリーデナウ地区の保育園が「子供の遊ぶ声がうるさい」と訴えられました。裁判で住民側が勝訴したため、保育園は閉鎖され、移転せざるを得ませんでした。

その前年の2008年にも近隣住民から「うるさい」と訴えられたドイツ北部ハンブルクの住宅街オトマールシェン地区の60人規模の保育園が裁判に負け閉鎖に追い込まれました。

その際に裁判所は「静かな住宅地にこの規模の保育園は不適法」だとしています。

しかし、それらの判決がドイツの社会で物議を醸したことで、ようやく政治が動き出します。

連邦家庭大臣だったKristina Schröder氏は2011年に「子供は社会の中心にいるべきです。子供がうるさいからといって、住宅地から遠い場所に(保育園などが)追いやられるのはあってはならないことです」と発言しています。

2011年に「子供が子供らしくいられる」ための法律改正

2011年に改正された法律では、子供の発する声や音について「環境を害する騒音ではない」としています。そのため「子供の騒音」を理由に訴訟を起こすことのハードルが高くなりました。

法律が改正された当時、連邦環境大臣だったDr. Norbert Röttgen氏は「子供には、子供でいる権利がある」と語りました。

また同氏は「新しい法律は『何が基準であるか』という点において重要。新しい法律は、子供に優しく(独語:kinderfreundlich)、家族に優しい(独語:familienfreundlich)社会になるためのきっかけだと考えている」と語っています。

法律の改正後、保育園が閉鎖に追い込まれることはなくなりましたし、住宅街に保育園を建設することに反対することも基本的にはできなくなりました。

公園で遊ぶ子供の声がうるさいと訴訟を起こすことも難しくなっています。つまり「子供が子供らしくいること」は法律の改正によってようやく可能となったわけです。

法律の改正後、子供の味方をした判決が次々と

2015年にドイツのAltbauwohnung(築古物件)に住むある賃借人は「子供を4人持つ隣のマンションから子供の騒音がするので、家賃の一部を返還してほしい」と家主に対して訴訟を起こしました。

しかし、ベルリン地方裁判所は「子供による「騒音」は家賃を一部返還する理由にはならない」と判断しています。裁判所は「子供が走ったり跳んだりすることで生じる音、子供同士のけんか、子供の誕生日パーティーについても、毎日長時間でなければ住民は我慢をすべきだ」としています。

上記のケースでは集合住宅がいわゆるAltbauwohnung(築古物件)であったため、そもそも新しい物件よりも音が漏れやすいという事情がありました。入居する際にそのこと(Altbauwohnungが音漏れすること)を分かっていたはずだという点も、原告にとっては不利でした。

2019年の夏にドナウ川下りのクルージングに参加した夫婦が「船の中で、食事のたびに幼児の甲高い叫び声がして旅が台無しになった」と旅行代金の一部返還を求め旅行会社を訴えていましたが、2020年に北部ロストクの簡易裁判所は「幼児が食事の際に声をあげるのは普通のこと」「食事の際に幼児が通常のテーブルマナーを守れなかったとしても、仕方がない」「クルージング中に動き回り、床に寝っ転がるのも仕方ない」として、夫婦の訴えを退けました

子供関連の「騒音」 すべてが許されているわけではない

そうはいっても、子供だからという理由でどんな騒音を出しても良いわけではありません。

例えば2021年にベルリンの地方裁判所は、午後10時以降に子供たちが頻繁に大声でけんかをし、故意に音を立ててドアを閉める行為が続いたとして、そして再三の注意を受けたにもかかわらず態度が改善されなかったとして家族に借り家からの退去を命じています。

ベッドの上でジャンプする子ども
写真はイメージです=gettyimages提供

集合住宅のマンションの自室で子供が夜中に縄跳びをしたり、マンションの共用部分である廊下でキックスケートや自転車で走り回ったりしたとして、家族が住人に訴えられていたケースでは、ミュンヘンの簡易裁判所がこの家族に対して「騒音の禁止」を言い渡すとともに、「次に集合住宅のRuhezeit(休息時間)である午後8時~午前7時、正午~午後2時に騒音を起こした場合、罰金刑を下す」と通知しました。

Kinderlärm(子供による騒音)が長いあいだ「酔っぱらいによる騒音」と似たような扱いだったのが、2011年に法律が改正されてからは、ドイツ社会の中でも少しずつ「子供が子供らしくいることが大事」だという価値観が浸透しつつあります。

ところで日本在住の筆者は、保育園の斜め向かいに住んでいます。平日の朝は「ママとお別れがしたくない子供の泣き叫ぶ声」で目が覚めることも。保育園の横には公園があるので、昼間は元気に遊ぶ子供たちの声が聞こえてきます。

そんな時「オフィス街ではなく住宅街に住んでよかったなあ」とほのぼのとした気持ちになります。もしかしたら、筆者が住んでいるのが公園のすぐ隣ではないということも関係しているのかもしれませんが…。

子供は、自ら行政に権利擁護を訴える「ロビー活動」ができないのですから、「子供が子供らしくいられる」ために、大人が真剣に考えてあげることが大事なのではないのでしょうか。