外国人との騒音トラブル、解決のヒントは「好きな人のたばこは気にならない」
「迷惑学」を提唱する金城学院大学の北折充隆教授(社会心理学)は「相手に『好意』がある場合、迷惑とは感じにくくなる」と説明する。逆に言えば、相手が見知らぬ人や苦手な人の場合、同じことでも「迷惑だ」と感じやすくなる可能性があることになる。これから「見知らぬ」外国人が増えてくれば、そうした摩擦はさら増えるかもしれない。(西村宏治、写真も)
インドネシア出身で、名古屋大学大学院で社会学を研究するメディアン・ムティアラさん(36)が茨城県大洗町に移り住んだのは、2017年のことだった。調査のため、8カ月にわたって町に多い母国出身者たちの暮らしを観察した。たどりついたのは、騒音への苦情が社会での力関係を反映しているという結論だ。
水産加工業のさかんな大洗町でインドネシア人が増え始めたのは、1990年代。2000年前後には違法滞在が次々に摘発され、その後は合法的に滞在できる日系のインドネシア人が増えた。人口1万6000の町に400人近いインドネシア人住民がいるという。
日本での移民の定着について研究してきたムティアラさんが準備調査のために町を訪ねたのは、16年。そこで気になったのが、騒音問題だった。
ある日系人家庭に暮らしてみると、朝から晩まで仕事で、帰ってからはテレビを見たり、母国の家族にネットでメッセージを送ったり。会話はほぼなかった。だが驚いたことに、隣の家との境に「騒音をやめろ」という英語の看板があった。
翌年、実際に町に住み始めると、自分も「うるさくしないでね」と忠告された。心あたりがなかったが、前の住人の時に人が集まり、賛美歌を歌っていたことがあったと知った。町の日系人にはキリスト教徒が多く、家に集まって礼拝するグループもあったという。
調査ではケーススタディーとして、騒音トラブル5例を詳しく調べた。だが近隣から「うるさい」と言われたという音には、床のきしみ音など、家の外からは聞こえない音もあった。ムティアラさんは「どんな小さな音であれ、相手が外国人ということで騒音と捉えられる可能性があった」と言う。騒音は受け取る側の主観的なもの。かつての違法滞在による偏見や、外国人労働者を見下す意識などが、音をうるさく感じさせていたとみる。
逆に、繰り返し苦情を言われたことで、インドネシア人の側には「日本人のほうがうるさい」という不満がたまっていた。「お互いを知れば、不満は和らぐはず。行政も文化交流の機会を設けていますが、まだ足りないのではないでしょうか」
大洗町では実際、日本人とインドネシア人とは、言葉の壁もあって仕事以外ではあまり交わりがないようだ。
12月中旬、町を訪れて聞いてみた。水産加工業を営み、日系人の受け入れを担ってきた坂本裕保さん(69)は「日本語教室を開いたこともあるが、長続きしなかった。日系人が増え、母国語だけで生活できる人が増えた側面もある。難しいです」と話す。
坂本さんが案内してくれたのは、倉庫をリノベーションした教会。日曜日ということもあり、日系人を中心に数十人のインドネシア人たちが集まっていた。近くのつくば市から来たという男性は「自分は少し日本語ができるが、それでもアパートを借りるのはとても大変だった。日本人にもインドネシア語ができるひとは少ない。仕事で必要なことは話せてもそれ以上の話は難しいのでは」と言う。
坂本さんのもとにも、かつては家で歌を歌ったり、パーティーを開いたりすることへの苦情が寄せられたという。そこで20年ほど前に、この教会の設立のために動いた。熱心なキリスト教徒が多い日系インドネシア人のために、家の外にも集まれる場所をつくる意味もあった。ほかにもトラブルがあるたびに解決策を探り、苦情は減ってきたという。
地域のバドミントンクラブや、お祭りなど、両者がふれあう機会も少しずつ増えてきている。それでも、かつての「違法滞在者」のイメージが消え去ったわけではない。坂本さんはこう言った。「彼らがどれほど町に貢献しているか、知ってもらいたい。それに彼らは、戦前戦中に海外に渡り、苦労した日本人の子孫でもある。雇い主は知っていても、それ以外の人には、あまり知られていないのかもしれない」
以前から外国人の増加に直面してきた都市では、新しく移り住む外国人と地元の日本人とのコミュニケーションを図ろうという取り組みも進んできている。
横浜市のNPO「かながわ外国人すまいサポートセンター」は20年前から、外国人が住まいを探すサポートを続けている。理事長の裵安(ぺい・あん)さん(62)は「特にトラブルになるのが騒音問題とごみ問題。外国人の側には悪気はないケースも多い」。事情が分かれば納得できることも、お互いのコミュニケーションがないためにトラブルになることも多いという。
さらによくある問題として指摘するのは、コミュニケーション手法の違い。外国人側は「苦情が来たら直せばいい」と考えているのに、日本人側は苦情を言うころにはもう収まりがつかなくなる、といったケースだ。「日本人は、直接苦情を行くほどになると、それまで相当我慢していることが多い。だから、事前にルールをしっかり学ぶ機会を設けることが重要です」
地方にも外国籍の住民が増えるなか、センターには全国の自治体からの視察が相次いでいる。「予算がなく、外国語のサポートが十分できない自治体も多い。国はすでに外国人労働者への門戸を広げると決めていて、これからますます地方にも外国人は増えるはず。それならば、国が責任をもって各地の対応も充実させるべきだと思います」