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外国人と商店街 遠くて近い二つを結ぶと、未来が見えた

World Now
大阪名物のたこ焼き店で、たこ焼きづくりを体験するメルボルン大学の学生=浅倉拓也撮影

1月末、大阪府吹田市の吹田歴史文化まちづくりセンター「浜屋敷」では、6人の学生たちが机を囲んで日本語の勉強をしていた。学んでいるのはメルボルン大学で日本語の上級コースを学んでいる学生たちだ。この日のテーマは「方言」。東北弁や関西弁など、方言の使われているビデオを見たり、教材を読んだりしながら、方言の聞き取りや、その雰囲気などについて学んでいった。

和室で日本語を学ぶ学生たち=西村宏治撮影

■「外国人には面白いかも」

「関西弁の響きってどう?」。同大学で日本語を教える渡邉泰久さん(47)がこう問いかけると、学生たちからは「関西弁には温かい雰囲気があるように思う」「実際に、優しい人も多いんじゃないか」といった意見が飛び出した。

大阪・吹田市に残る古民家「浜屋敷」で授業に臨んだ学生たち=西村宏治撮影

学生たちは、3週間のプログラムでこの街を訪れた。受け入れを担った大阪大学が、地元の商店街と協力。商店街の会議室や、伝統的建築を体験できる浜屋敷など、大学を出て授業を受けられるよう準備した。

さらに「職業体験」として、商店街の店主たちとも交流した。着物店で着物のたたみ方を学んでみたり、たこ焼き店でたこ焼きを焼いてみたり。渡邉さんは「学生たちは、ふだんは教科書的な日本語を習っているが、ここではいろんなひとが実際に使う生の日本語に触れることができる。日本語の学習にとって、大きなメリットなんです」と言う。

時計店で職業体験をするメルボルン大学の学生=浅倉拓也撮影

学生たちにも刺激になったようだ。1914年創業という果物店の「サンフルーツ西重」を訪ねたゾイ・ホンさんは「メルボルンには大きなショッピングモールやスーパーはあるけれど、こういう商店街はないと思う。日本の人は忙しくてちょっと冷たいイメージがあったけど、ここは家庭的で違っていた」と言った。

商店街がこうした取り組みを始めた理由はなんだったのか。旭通商店街協同組合の副理事長、池内かおりさん(52)は「人口が減っていくなかで、外国人のみなさんにも商店街を知ってもらうきっかけをつくりたかった」と話す。

旭通商店街協同組合の池内かおり副理事長=西村宏治撮影

旭通商店街が生まれたのは、いまから100年近く前の1924年。新大阪駅から2駅と近いJR吹田駅の駅前商店街として発展した。ところが、少子高齢化の波はこの街にもやってきている。今のところ「シャッター街」化は逃れているものの、「もう子どもには継がせない」という店も少なくない。

そんな悩みを抱える商店街が目をつけたのが、外国人だった。もともと生活密着の店が多い商店街に観光客は少ない。ところがここ数年、商店街にやってくる外国人たちが目につくようになった。ある米国人は「昔ながらの雰囲気が日本っぽくて、おもしろい」と時折足を運んでは写真を撮り、インスタグラムなどに投稿していた。「ここは新大阪からすぐの場所で、観光客でも立ち寄りやすい『普段の日本』。日本人には当たり前でも、外国人にはおもしろいのかもしれない」と気づいたという。

JR吹田駅前に伸びる旭通商店街=西村宏治撮影

とはいえ、商店街ではこれまで外国人相手に商いをしてきた経験がほとんどない。拒否感も苦手意識もあった。そこで日本語を学ぶ学生たちを受け入れることで、まずは彼ら彼女らが日本をどう見ているかを知ってもらおうと考えた。今回、商店街で学んだメルボルン大学の学生たちは日本語上級コースを履修しているだけに、そのレベルに驚いた商店主も多かったという。

「そもそも日本語を一生懸命学ぶ外国人は少なくない。して日本に観光に来る人も、日本に興味や好意を持ってくれている。そのことが分かれば、言葉が通じなくてもコミュニケーションをとってみようという店が増えてくるはず」。商店街で英会話教室を開く池内さんは、そんなふうに期待する。

貸衣装屋さんで着物を着せてもらい、写真撮影=浅倉拓也撮影

今回のプログラムをサポートした大阪大学の近藤佐知彦教授は、さらに先を見据えている。「商店街の人々が外国人に慣れてくれば、観光客だけでなく、地域に住みついた外国人にとっても、商店街が日本人や日本文化とふれあえる場所になっていく」と期待する。

近藤教授と商店街の池内さんには、そろって気になっていることがあった。ベトナム人をはじめ、明らかに観光客とは見えないアジア人のグループを商店街で時折見かけるようになったことだ。外国人実習生など、大阪近郊の工場などで働く外国人労働者たちが商店街からほど近い団地などに住むことが増えてきたからではないか、と近藤教授は見る。

大阪大学の近藤佐知彦教授

留学交流などを研究してきた近藤教授が懸念するのは、外国人労働者の受け入れが進む中で、日本の人たちとふれあう機会はほとんどないまま生活する外国人がどんどん増えていくことだ。

「日本人と外国人が折り合いをつけて暮らしていくには、外国人に日本の文化やルールを知ってもらい、あわせて日本人が彼らについて知ることが欠かせない。ところが、相互交流がないままにゲットー(隔離居住区)のような地域が広がると、将来的に日本人と外国人との摩擦が高まり、移民排斥といった運動にもなりかねない」と言う。

■「接点」の役割

近藤教授は、これまでは「学校」が相互の文化の「接点」として大きな役割を果たしてきたとみる。日本で働くため、「留学生」としてビザを取得する外国人が少なくなかったからだ。この場合、学校には行かざるを得ないので、職場と学校というふたつの日本人や日本文化との接点があったという。だが、労働のために入国する外国人が増えると、日本人との接点は働く場所のみになる。「雇う側がきちんと目を配らないと、彼らは孤立する」と近藤教授は言う。

そこで期待するのが、働く場所、学校に加えて、商店街にも「接点」の役割を担ってもらうことだ。外国人も、生活必需品などを中心に必ず買い物には出る。その際に商店主とのつながりが生まれれば、それが相互交流のきっかけになると期待する。

今のところ外国人のグループはスーパーやディスカウントストアなどで買い物をしていくことが多く、旭通商店街は通り抜けることがほとんどという。それでも近藤教授が見る夢は大きい。「商店街のパワーで外国人たちを引っ張り出せれば、新たなつながりが生まれる。少子化に悩む商店街は日本中にある。これから増えてくる外国人がその解決策になるかもしれません」