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国際政治の舞台で果たすワイン役割とは 胡錦濤と福田康夫両首脳の夕食会の場合

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孫文ゆかりの展示品を見学する福田首相(右)と中国の胡錦濤国家主席
孫文ゆかりの展示品を見学する福田首相(右)と中国の胡錦濤国家主席=2008年5月、東京都千代田区の日比谷松本楼、代表撮影

2008年5月、中国国家主席の胡錦濤が来日した。当時の首相の福田康夫は、日比谷公園にある日比谷松本楼で非公式の夕食会を開いた。辛亥革命を主導した孫文を、物心両面から支えた梅屋庄吉とゆかりの深い老舗レストランだ。

こうした首脳外交の席では、普通はフランスワインが出される。だが、福田は「個人的に買ったカリフォルニアの赤と白を持ち込みたい」と店側に電話を入れた。前日の夕方のことだ。

政界きってのワイン通として知られる福田が選んだ銘柄はカリフォルニア産の「ハーラン・エステート」。生産量が少なく、希少価値が高いカルトワインの筆頭とされ、ワイナリー秘蔵のものは50万円もする。

そのころ、ちょうどチベット問題などをめぐり、中国とフランスの関係がぎくしゃくしていた。日中関係も小泉政権時代に冷え込み、安倍政権が改善に努めたものの、「中国製冷凍ギョーザ事件」などの懸案がまだあった。

首脳どうしの会食にプライベート用のカリフォルニアワインを持ち込んだことについて、福田は「中国側に配慮した」と振り返る。この日の夕食会は、福田の気配りのおかげか、終始なごやかな雰囲気。胡錦濤は、上野動物園にパンダ2頭を貸し出す考えを伝えた。

「ハーラン」が日中友好に一役買ったことはネットで中国にも広がり、カリフォルニアワインが高騰したという。

外交を仲立ちすることも

福田に「ハーラン」を薦めたのは、カリフォルニアワインの輸入販売を手がける中川一三(74)だ。中川は40年にわたって私的なワイン会を主宰している経験から、「政治とワインは切り離せない」と感じている。

そのワイン会は、多いときは月3、4回も開く。吉田茂の側近として連合国軍総司令部(GHQ)と折衝し、通商産業省の創設にかかわった白洲次郎をはじめ、首相経験者や政治評論家、皇族、官僚、財界人らが参加してきた。現職の大臣6人が勢ぞろいした夜もあるという。

ワインで口が滑らかになり、政策や政局が話題になることもある。

中川は言う。

「日本という国が大きく変わる歴史的な瞬間を目の当たりにしたこともある。政治は案外、人間関係で決まるんだな、と思った」

本物のワインがわかる日本人がいることを知ってもらおうと、来日中の外国要人も招いている。

ある中国の財界人は「信じられないほど希少なワインばかりだ。ぜひ飲んでおきたい」と、トイレで吐いては飲むことを4回も繰り返した。また、公演で来日していた世界的な音楽家が、その国の駐日大使に連れられてきたこともある。

国際交流をワインが仲立ちする背景について、外務省の幹部は次のように話す。

「ワインのあるところに人が集まり、密談や微妙な話もできるサロンになる。ワインがわかる人にはそれなりのものを出し、あなたは大切な人なのです、ということをさりげなく伝える。そうすることで交渉がうまくいくこともある」