中国と国境を接するベトナム北部ランソン省の町ドンダン。北朝鮮の金正恩総書記は3年前、米朝首脳会談に臨む道中で、町の中心部の駅に降り立った。
「国際社会での地位を高めたい」。ベトナムの外交を見ていると、政府のそんな思いが透けて見える時がある。振り返れば、ハノイが金氏とドナルド・トランプ米大統領(当時)との会談の場所に選ばれたときは、その思いが実現した瞬間だった。
ベトナムはどの国とも等距離の関係を保つ「全方位外交」を掲げているが、最も重要な外交の相手は中国だ。1979年には中越紛争があり、今も南シナ海の領有権をめぐって対立する。ベトナムにとっては隣の大国を抑えながらいかに良い関係を築くかが焦点になる。
安全保障の面で中国は「脅威」であっても、それぞれの国を一党支配する両国の共産党同士の結びつきは強い。ベトナム政府に近い関係者は「国の外交ルートだけでなく、党同士のチャンネルで常に対話をしている」と話す。
中国はベトナムにとって最大の貿易相手国でもあり、その動向は、市民の生活に直結する。
米朝会談から3年。ドンダンを7月下旬に訪れると、街は静まりかえっていた。新型コロナ対策で中国が国境の往来を厳しく制限しているためだ。
駅の正面の入り口は閉鎖され、近くで働く女性たちが屋根の陰で昼寝をしていた。脇の扉から中に入ると、金正恩氏の特別列車が到着した時に使った赤じゅうたんの特設スロープがほこりをかぶっていた。駅員によると、中国行きの列車は現在、貨物だけで1日の運行本数もコロナ前の6本から半減しているという。
駅前でベトナムの居酒屋「ビアホイ」を営むチュー・ティ・ヒエンさん(34)は「ここ2年はほとんど客が来ない」と嘆く。
6年前に店を始めてからコロナが広がる前の2019年までは客が年々増えていたという。ほとんどが中国とベトナムの貿易に携わる人たちだった。ヒエンは専門学校で中国語を学んだ元通訳で、中国人の客も多かった。「早く中国がコロナの規制を緩めてほしい」と訴える。
もう一つ、ベトナムと良好な関係を保っている国がある。日本だ。近年の中国の動きをみれば、戦略的な要衝である南シナ海に長い海岸線を持つベトナムは、地政学的に重要だ。近年の首相では第2次政権の時の安倍晋三氏、菅義偉氏はいずれも最初の外国訪問がベトナムだった。
昨年10月に就任した岸田文雄首相は、ベトナムのチン首相と昨年11月からすでに3回の会談を重ねた。日本政府の関係者によると、二人の結びつきは強く、互いの国を訪れた時の夕食会は予定時間を大幅に越えて続いた。
岸田氏が今年5月にハノイを訪れた時には、チン氏が、ロシアとの歴史的な関係から慎重だったウクライナへの支援について、50万ドル(約7400万円)の拠出を表明する「サプライズ」もあった。
ベトナムは、中国をにらんで接近する米国とも近年は良好な関係を保つ。ただ、国内の人権問題に厳しい目を向ける米国との間には、緊張もはらむ。
日本が、米国や欧州との関係の窓口になっている面もある。ベトナムを中心に大国が綱引きをする構図だ。「ベトナムは中国と距離を置いて日米の方に近づいてきている」。日本側の複数の関係者からはそんな手応えを何度も聞いた。
ただ、ベトナムはもっとしたたかではないか。中国、フランス、日本、米国という大国に対峙し、渡り合ってきた長い歴史がある。常にバランスを取りながら、国の発展に必要なものを得る。綱引きをする大国のどちらか一方に容易に軍配を上げるとは思えない。