シャロン・ウィルソンさん(69)は世界で最も著名なメタンハンターの一人だ。
8月下旬、全米最大級のシェールオイル・ガスの産地であるアメリカ・テキサス州西部のパーミアン盆地で、調査に同行した。
待ち合わせ場所に現れたウィルソンさんはすぐに、記者に強い言葉で告げた。
「日本はすぐにテキサスからの天然ガスの輸入をやめるべきだ」
日本が輸入する液化天然ガスの5%強はアメリカから。代表的な生産地の一つがテキサス州なのだ。ウィルソンさんは、やめるべきだという理由を直接見せると言い、SUVに乗り込んだ。
中心部から住宅地を抜けると、油井やガス井が見えてきた。5分ほど走るだけで、10カ所以上の井戸が確認できる。道路沿いにある石油施設の一つの入り口付近に車を止めると、ウィルソンさんはバッグから特殊なカメラを取り出した。
赤外線カメラだ。メタンが赤外線を吸収するという性質を利用して、肉眼では見えないメタンを撮影できる。
レンズの先には、煙突の先端で火が燃えている設備があった。採掘にともなって発生するガスを焼却する「フレアスタック」と呼ばれる装置だ。
肉眼では炎しか見えないが、カメラのモニターには、煙のようなものが出ている様子が映し出されている。
「フレアから(気体が)遠くまで流れ出ているのが見えるでしょう」
その正体は、熱を持たないメタンだ。
レンズを別の方へ向けると、石油施設のタンクの上などからも出ている。
「これはリーク(漏出)ではない。発生したガスで圧力が高まって、施設が壊れるのを防ぐために、意図的に気体を逃がしているのだ」
ウィルソンさんはもともと石油・ガス施設で働いていた。しかし、自宅の水道水がシェール開発で汚染されたのを機に環境問題に取り組むようになった。
2010年に非営利団体「アースワークス」へ。2014年から監視を始めた。昨年、イギリスであった国連気候変動枠組み条約締約国会議では、メタン関連のイベントに招待された。
映像はYouTubeで公開しているほか、地元政府や政治家、メディアに現状を訴える材料にしている。
「ここではメタンを簡単に見つけることができる。映像で見せることで、人々の意識を高め、指導者に圧力をかけ、気候変動が急速に進むのを何とか止めようとしているのです」
パーミアン盆地に、メタンハンターはほかにもいる。
環境保護団体「EDF」は大学などと協力し、2019〜2020年に「パーミアン・マップ」というプロジェクトを行った。
地上の赤外線カメラに加え、設置したタワーにつけたカメラや、飛行機、ヘリコプターからの映像、人工衛星の画像など複数の手段で排出を追った。
その結果、この地域の石油・ガス施設から、天然ガスとして産出するメタンのうち、3.5%が空気中に排出されていることを明らかにした。
大量の排出が確認された場合には、事業者にメールで伝えている。
「自分たちの場所からではない」と主張されることもあるが、多くは自社の施設からの排出だと認める。原因を知りたがり、排出量を減らすためのデータだと感謝すらされる。EDFは来年にも、自前の人工衛星を打ち上げる予定だ。
メタンは各国で大気汚染物質に指定されておらず、基本的に排出に罰則がない。だが、温暖化の主因の一つとして監視が強まっている。
アメリカ政府は、化石燃料の採掘時に漏れ出るメタンの削減を求めていて、今年8月に成立した「インフレ抑制法」は、メタン削減のために8.5億ドル(約1200億円)の補助金を盛り込んでいる。
人工衛星を使った観測技術の進歩で、監視活動は、企業や政府に情報を提供するビジネスとしても成り立つようになった。
カナダを拠点に人工衛星を使った温室効果ガスの監視データを提供する会社「GHGSat」は6月、ロシア中部のラスパドスカヤ炭鉱で1時間あたり約8万7000キロのメタン流出を発見した。同社が見つけた中で最大の流出だという。
昨年には、トルクメニスタンにある天然ガスパイプラインでの多量のメタン流出を明らかにするなど、世界各地の実態を立て続けに報告している。
EDFの科学者、デイビッド・ライオンさんは言う。「透明性のあるデータは重要だ。公開することで、企業も(炭鉱でのメタン流出が見つかった)ロシアのような国も、排出量を隠せなくなる」