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電気自動車(EV)バッテリー、低コストで急速充電と長距離走行を実現?開発にしのぎ

ニューヨークタイムズ 世界の話題
クリーンルームで作業する技術者たち
クリーンルームで作業する技術者たち=Jason Henry/©The New York Times

電気自動車(EV)の充電が数分で可能になり、再充電まで何百マイルも走行できる。さらにそのバッテリーは現在手に入るものよりもずっと低コスト――。

米カリフォルニア州シリコンバレーからボストンまで、研究所の科学者たちは何年にもわたり、それを可能にする化学物質や鉱物、金属を探し求めてきた。

現在、数人の科学者と彼らが設立した企業はその実現に向けた節目の段階に近づいている。彼らは次世代のバッテリーセルを生産する工場を建設中だ。自動車メーカーが路上テストを開始し、安全で信頼し得るかどうかを判断できるようにするためである。

この工場の稼働規模には制約がある。製造技術が完璧になるよう設計されているからだ。高性能バッテリーを搭載した車がショールームに並ぶのは数年先だろう。手ごろな価格の車で、そのバッテリーが使えるようになるのはさらに先のことだ。

それでも、組み立て生産ラインの稼働開始はEV革命への期待を抱かせてくれる。

このテクノロジーで高性能バッテリーの大量生産が実現すれば、EVは利便性の点で化石燃料を使う車に対抗できるし、価格もより安くなる可能性がある。

自動車が排出する有害物質の量は大幅に削減し得る。このテクノロジーの発明者は容易に億万長者になれるかもしれない。もっとも、まだ億万長者になっていなければのことだが。

新しい種類の電池や電池の素材づくりに取り組んでいる数十社の新興企業にとって、浮世離れした研究所から厳しい現実世界への参入が正念場になる。

工場で何百万個もの電池を生産するのは、汚染物質を極小化するよう設計されたクリーンルームで数百個を生産するよりずっと難しい。

「使える素材を持っているからというだけで、実際に使えるわけではない」とジャグディープ・シンは指摘する。

A test of battery technology in QuantumScapeユs clean room in San Jose, Calif., on June 15, 2022. Makers of batteries that could charge in a few minutes are setting up assembly lines, bringing the technology a big step closer to auto showrooms. (Jason Henry/The New York Times)
クリーンルームでは、高性能電池の製造技術テストが行われている=Jason Henry/©The New York Times

シリコンバレー中心部のカリフォルニア州サンノゼにあるバッテリーメーカー「QuantumScape(クアンタムスケープ)」の創設者で最高経営責任者(CEO)でもあるシンは「欠陥が無く、(品質の)十分な均一性を保てる製造手段を考案する必要がある」と言っている。

Jagdeep Singh, chief executive of QuantumScape, holds a ceramic separator for electric vehicle batteries at the companyユs facility in San Jose, Calif., on June 15, 2022.  Makers of batteries that could charge in a few minutes are setting up assembly lines, bringing the technology a big step closer to auto showrooms. (Jason Henry/The New York Times)
CEOのジャグディープ・シン=Jason Henry/©The New York Times

さらに、ハイテク株の低迷で、株式が公開されているバッテリーメーカーは数十億ドルの損失を出した。生産工程を構築し、スタッフに報酬を支払うために必要な現金を調達するのは簡単なことではないのだ。

大半の企業はまだ製品の販売を始めていないから、収益がほとんどないか、無収益である。クアンタムスケープの時価総額は、2020年に上場した直後は540億ドルだった。それが、最近(訳注=7月中旬時点)では約40億ドルになった。

それでも、同社はサンノゼの工場の稼働を止めなかった。うまくいけば、2024年までに10分以内で充電が可能な車のバッテリーセルを数十万個生産できるようになる。

自動車メーカーは、そのバッテリーが悪路や寒波、熱波、洗車に耐えられるかどうかのテストをする。蓄電能力を失わずに何百回も充電できるか、衝突しても炎上しないで使い続けられるのか、安価に生産できるか。自動車メーカーは、そうしたことについても知りたいのだ。

新しいテクノロジーが発明者の期待に沿うかどうか定かではない。

テスラの元幹部で現在は電池素材のコンサルタントをしているデビッド・ディークによると、充電時間の短縮と走行距離の延長はバッテリーの寿命を犠牲にするかもしれない。「そうした新しい素材は、ほとんどが高度な性能測定基準を満たすだろうが、他の点では妥協することになる」とディークは言う。

それでもクアンタムスケープは、フォルクスワーゲンやビル・ゲイツ、シリコンバレーの著名人たちの支援を得ている。このことは、こうした要件をすべて満たせると主張する企業にはどれだけの信頼と資金が集まるのかを示している。

以前、通信機器の製造会社を立ち上げたことがあるシンは、テスラが最初に生産したロードスターを購入した後、10年にクアンタムスケープを創設した。ロードスターには信頼度が低いという悪評があったが、シンはEVの未来を確信したのだ。

「何が可能かを嗅ぎ取るには十分だった」とシンは振り返る。彼が気づいた点は、より多くのエネルギーを蓄えられる電池の必要性であり、「その唯一の方法は新しい化学とその突破口を見つける」ことだった。

シンは、スタンフォード大学の教授フリッツ・プリンツと同大の研究者ティム・ホームと手を組んだ。

グーグルやアマゾンに最初に投資した一人として名高いジョン・ドーアがシードマネー(事業の立ち上げ資金)を提供した。テスラの共同創業者J・B・ストラウベルも初期の支援者で、クアンタムスケープの取締役になった。

何年かにわたる実験を経て、同社はセラミック素材を開発した。その正確な組成は企業秘密だが、電池の正極と負極の端を分離し、ショートするのを避けつつエレクトロン(電子)が流れるようにするのだ。

A conveyor and robotic arms handle ceramic separators for electric vehicle batteries at QuantumScape in San Jose, Calif., on June 15, 2022.  Makers of batteries that could charge in a few minutes are setting up assembly lines, bringing the technology a big step closer to auto showrooms. (Jason Henry/The New York Times)
ベルトコンベヤーとロボットアームによって運ばれるセラミックセパレーター=Jason Henry/©The New York Times

このテクノロジーで、正と負の間でエネルギーを運ぶ液体電解質の代わりに個体素材が使えるようになり、より多くのエネルギーの貯蔵を可能にした。

A technician tests ceramic separators for electric vehicle batteries in a lab at QuantumScape in San Jose, Calif., on June 15, 2022.  Makers of batteries that could charge in a few minutes are setting up assembly lines, bringing the technology a big step closer to auto showrooms. (Jason Henry/The New York Times)
研究室でEV用電池のセラミックセパレーターをテストする技術者=Jason Henry/©The New York Times(写真はいずれも2022年6月15日、カリフォルニア州サンノゼのクアンタムスケープ社で撮影)

もう一つの有力企業が「SES AI」だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)で開発されたテクノロジーを基にして、2012年に創設された。

SESはゼネラルモーターズ、ヒョンデ(現代自動車)、ホンダ、中国の自動車メーカーのジーリー(吉利汽車)、SAIC(上海汽車集団)、韓国の電池メーカーのSKイノベーションといった企業の支援を受けている。

マサチューセッツ州ウーバンに本社を置くSESは今年3月、上海に電池製造工場を開設し、試作を始めた。2025年には自動車メーカーにバッテリーの大量提供を開始する計画だ。

SESも株価が下落したが、CEOで共同創業者のチーチャオ・フーは心配していないと言っている。「いいことだ」とフー。「市場が悪いときは、良いモノだけが生き残る。業界のリセットに役立つだろう」と言うのだ。

SESやその他のバッテリー企業は、より安全でより安く、より強力な電池の製造に必要な基本的な科学の壁を乗り越えたと言っている。今は、何百万個もの大量生産が可能な方法を考案することが課題である。

「残っている問題は工学的なものと確信している」とダグ・キャンベルは言う。フォードモーターズとBMWに支援された電池メーカーのSolid Power(ソリッドパワー)のCEOだ。

コロラド州ルイスビルに拠点を置く同社は6月、提携している自動車メーカーに対し、今年末までにテスト用セルの供給を始めるため、その試作生産ラインを設置したとしている。

テスラは間接的にではあるが、シリコンバレーのスタートアップ企業を数多く創出してきた。同社はバッテリー専門家の世代を育てた。その多くは同社を離れて他社に転職した。

カリフォルニア州アラメダにある企業Sila(シラ)のCEOで共同創業者のジーン・ベルディチェフスキーは、テスラの出身だ。旧ソ連で生まれ、9歳の時に、核物理学者の両親と共に米国に移り住んだ。

スタンフォード大学で学士号と修士号を取得し、テスラの7番目の従業員になり、ロードスターのバッテリー開発に貢献した。

ベルディチェフスキーの話によると、テスラは人々がEVを買うことを証明し、既存の自動車メーカーにこのテクノロジーへの取り組みを意識させることで、EV電池産業を巧みに創り出した。「それが世の中を電動化へと導く」と彼は言い、「みんながより優れたEVづくりを競い合うようになった」と付け加えた。

Silaは従来の電池の性能を大幅に改善し、持続時間を20%以上増やしてきたスタートアップ企業群のひとつだ。

その他には、ワシントン州シアトル近郊ウッディンビルのGroup14テクノロジーズやカリフォルニア州パロアルトのOneD Battery Sciencesといった企業がある。Group14はポルシェの支援を得ている。

この3社はいずれも、既存の設計で普及しているグラファイト(黒鉛)ではなく、シリコンを使ってバッテリー内部に電気を蓄える方法を見つけた。

シリコンはグラファイトよりずっと多くのエネルギーを保持でき、電池をより軽く、より安く、そしてより速く充電できるようにした。

また、シリコンを使うことで、中国製グラファイトに対する米国の依存度を低減させることもできるだろう。

シリコンの欠点は、充電すると3倍に膨れあがり、(構成)部品に過度の圧力がかかって不具合を起こす可能性があることだ。

OneDの最高技術責任者イーミン・チューらは、この欠点を克服する方法を見いだすため、機器がずらりと並んだ研究所で10年間にもわたってさまざまな実験を重ねてきた。

現在、Sila、OneD、Group14の3社は、ワシントン州の工場でさまざまな生産段階にある。

Silaは5月、ワシントン州のモーゼスレイクにある工場からメルセデス・ベンツにシリコン素材を供給する事業契約を発表した。メルセデスは2025年からこの素材を高級スポーツ用多目的車に使う予定だという。

ポルシェは台数を限定し、Group14のシリコン素材を2024年までに使用する計画を明らかにした。Group14のCEOリック・リューベの話によると、大手メーカーが来年、同社のテクノロジーを導入する。そのテクノロジーで、10分で再充電できるようになると言っている。

「その時には、いかなる不都合もなしにEVの利点をすべて利用できるようになる」とリューベは言う。

高性能バッテリーの需要は非常に大きいから、多くの企業がうまくやっていく余地は十分にある。新車がすべてEVになれば市場は1兆ドルが見込まれるからだ。

しかし、数百社といわないまでも数十社がその市場に参入すれば、確実に失敗するところが出てくるだろう。

「新たな変革期を迎えた産業には、多くのプレーヤーが参入し、やがてそれは絞り込まれていくものだ」とリューベは言い、「ここでもそうなるだろう」とみている。(抄訳)

(Jack Ewing)©2022 The New York Times

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