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史上最大のウラン移送作戦 国際原子力機関(IAEA)、おとり使って密かにロシアへ

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ヴィンチャ核科学研究所内にある放射性廃棄物の保管倉庫
ヴィンチャ核科学研究所内にある放射性廃棄物の保管倉庫=ベオグラード郊外ヴィンチャ、朝日新聞社

首都ベオグラードから車で東に約30分。ドナウ川に近い丘陵地に、同国最大の核科学研究機関「ヴィンチャ研究所」がある。コテージのような古びた一戸建てが森の中に並び、一見別荘地のようなたたずまいだ。

ベオグラード郊外にアルヴィンチャ研究所
ベオグラード郊外にあるヴィンチャ研究所=同研究所50年史から

ここにはかつて原子炉が2基あり、そのまま核兵器に転用可能な大量の高濃縮ウランや使用済み核燃料が劣悪な状況で保管されていた。これらの核物質を9年がかりで秘密裏にロシアに移送する「ヴィンチャ作戦」を米ロなどとともに指揮したのがIAEAだ。

冷戦時代、ソ連は旧東欧諸国や旧共産圏に原子炉の燃料として大量の高濃縮ウランを引き渡していた。ヴィンチャにあったのもその一部で、核兵器2.5個分といわれる約48キロに達していた。

警備体制も不備が目立つ。盗まれてテロリストや核開発疑惑国の手に渡るのを心配する米国は1990年代に回収を試みたが、ユーゴのミロシェヴィッチ政権が世界から孤立していたこともあり、折り合いがつかなかった。

IAEAの研究炉部門の責任者パブロ・アデルファング(62)は、1990年代末のヴィンチャの状況を「その荒廃ぶりはあっけにとられるほどだった」と説明する。

使用済み燃料を入れたプールの水循環システムが故障し、核燃料を覆うアルミが腐食して白濁した水は透明度ゼロ。放射能漏れ検知器には電源が入っておらず、廃棄物保管倉庫からも放射能が漏れていた。

ヴィンチャ核科学研究所の研究炉。内部に高濃縮ウランが保管されている
ヴィンチャ核科学研究所の研究炉。内部に高濃縮ウランが保管されている=ベオグラード郊外ヴィンチャ、朝日新聞社

ミロシェヴィッチ政権が崩壊した翌年の2001年、移送計画が動き出した。

核不拡散問題に取り組む米NGO「核脅威削減イニシアチブ」(NTI)の働きかけにより、高濃縮ウランをロシアに移送して低濃縮ウランに転換することで、米ロとユーゴ政府がおおむね合意。しかし、核物質をどう扱ったらいいか、移送経路の各国とどのような協定を結んだらいいか、ノウハウがない。NTIが頼ったのがIAEAだった。

IAEAは専門家を現地に派遣。技術面で協力した。まず2002年に高濃縮ウランのロシアへの空輸作戦を実行。途中でテロリストに奪われることを警戒し、高濃縮ウランを積んだトラック隊以外におとりの2隊も走らせる警備ぶりだった。

無事輸送機に積み込まれ、ユーゴ戦闘機2機の護衛でロシアに運ばれ、低濃縮ウランに転換された。

使用済み核燃料の場合、問題はさらに複雑だった。燃料を覆うアルミの腐食で触ると粉々になる恐れがあり、輸送は技術的に困難を極めた。各国間の調整も難航。ロシアとの間に位置するウクライナが核燃料の通過に合意せず、ハンガリー経由でスロベニアの港に運び、船で地中海、大西洋を経て北極海からロシアに搬入する大迂回(うかい)を強いられた。

ユーゴ(2006年以降はセルビア)には原子力を規制する法律も、担当の当局も存在せず、「プロジェクトを進めるには、ややこしすぎた」とアデルファング。IAEAは、ユーゴ政府に原子力当局を設立する支援もした。

2010年11月、IAEAの査察チームが封印した使用済み核燃料のコンテナがヴィンチャを出発。1カ月かけてロシアに到着し、作戦は終了した。

IAEA核燃料サイクル・廃棄物技術部顧問のシャンドル・ドザー(64)は「技術の面でも予算面でも、ヴィンチャ作戦はまさに、IAEA史上最大のプロジェクトだった」と振り返る。

ヴィンチャ研究所長のヨヴァン・ネデリコヴィッチ(47)は「IAEAとの協力は大成功だった。互いに非常に密接な関係を保つことができた」と作戦を評価する。

IAEAの助言に従って現在は警備体制も強化された。ヴィンチャ研究所を取り囲む延長4.2キロのフェンスには、今でもところどころに穴が開いているものの「24時間の監視で、セキュリティーに問題はない」という。

ヴィンチャ作戦以降、旧東欧圏を中心に世界中で回収された高濃縮ウランは600キロあまり、使用済み核燃料は1000キロ近くに及ぶ。ただ、どの国も、簡単に回収に応じるわけではない。そうした国々との交渉の支援も、IAEAの重要な任務になっている。