IAEAによると、対象となる核関連施設や民生用の核物質は増える一方で、2018年は182カ国の、1314施設に上った。この10年で12%増えたといい、年間の査察回数は3000回を超える。
先進国では、古い原発が老朽化などで廃炉作業に入った後も、数十年間は監視を続ける必要がある一方、中国やインドなどの新興国で新規の原発建設が進んでいるためだ。イランが核関連施設で、15年の核合意で定める濃縮度の制限を超えてウランを濃縮したときも、IAEAがすぐに確認した。
最近、関心が高まっているのが、北朝鮮への査察再開の時期。米朝首脳会談で非核化に合意すれば、IAEAはすぐに査察チームを派遣する方針だ。ところが関係者は「北朝鮮の核関連施設は、核物質の管理に不安があり、査察官が大量に被曝する危険もありうる」と心配する。リスク軽減のため、通常より査察チームを増やしてローテーションする可能性もあるが、それには、さらに多くの査察官が必要となる。
IAEAも限られた人員や予算で適切な作業ができるよう、監視カメラや無人モニターを増やすなど業務の効率化を進めてきた。査察技術を開発し、IAEAなどに提供している欧州連合(EU)の共同研究センター(JRC)では、査察官の負担を軽減しつつ、平和利用を逸脱した活動を見抜くための研究が行われている。
6月下旬、イタリア北部イスプラにあるJRCの研究室を特別に見せてもらった。3階分はありそうな吹き抜けの広い空間が仕切られ、技術開発が行われていた。開発した技術の中には、IAEAが03年、青森県六ケ所村の使用済み核燃料の再処理工場への査察で初めて導入したものもある。開発者のエリック・ウォルファート(49)が見せてくれた。
土地の測量に使われるものに似た3本足の装置。3Dスキャナーの技術を応用し、レーザー光を使って1秒間に周囲の50万地点を計測する。ソフトウェアで施設内部を忠実に再現した3D画像を作れるので、複数の地点からスキャンし、機械や設備の位置を立体的に把握しておけば、次回の査察からは、位置が変わっているものだけを自動で赤や緑に色づけして教えてくれる。
ウランの濃縮施設なら、遠心分離機の配管をひそかにつなぎ替えて濃縮度を変えていないか、劣化ウランの貯蔵施設なら、容器の置き場所が変わっていないかが瞬時に分かる。わずか1ミリのずれでも検出できるというから驚きだ。
六ケ所村の再処理工場は、約380万平方メートルの広大な敷地に30棟以上の建物があり、IAEAが保障措置を行う対象施設の中で、世界最大級という。3Dスキャナー技術で査察官の時間と労力が大幅に減らせるというのも納得だ。
この技術を応用し、15年には小型化して背負えるタイプの3Dスキャナーも開発された。
重さは7キロ。フィンランドの地下に造られた高レベル放射性廃棄物の最終処分施設「オンカロ」で実際に使われており、長さ5キロもある建設済みのトンネルに、放射性廃棄物を隠したり、流出させたりするような横穴が新たに掘られていないかなどを定期的にチェックするのに使われているという。従来の据え置き型のスキャナーでは10人の査察チームが8メートルおきに装置を移動させながら丸4日かけてスキャンする必要があった。だがバックパック型なら、査察官1人が歩きながら6時間ほどで終えることができるという。
また、査察官の負担となっている保障措置の一つが、原発の使用済み核燃料を貯蔵プールから、長期に空冷で保存する「乾式貯蔵キャスク」に移す際の封印作業だ。乾燥にかかる時間がまちまちで、査察官が封印に立ち会うために数日間、近くのホテルで待機することもあるという。作業は数十年の単位で続くため、査察官の被曝リスクも問題だった。
そこで、原発事業者みずからが、コインロッカーのような保管庫から解錠コードを使って特殊な封印ボルトを取り出し、締めたり、輸送後にはずしたりできる装備が開発された。
その様子は、乾式キャスクの近くに設置された中継カメラで遠隔で監視される。フィンランドの「オンカロ」での導入が決まっているという。