UAEにある日本食を扱う料理店の関係者が明かす。
「4月ごろ、日本人男性から、新鮮なウニ500グラムが手に入らないか、と問い合わせがあった」
この関係者によると、日本人男性はロシアのトップ10に入る資産を持つオリガルヒ(新興財閥)であるロシア人富豪の専属料理人を名乗ったという。「ウクライナ侵攻が始まってから、富豪は複数のスタッフを引き連れてUAEに滞在している」という話だった。
料理人は、富豪本人は「2日に一度は食べる」ほどの大の和食好きだと説明し、新鮮な魚介を探していると話した。「経済制裁から逃れて、UAEに滞在していると批判されるので、料理人の男性も情報漏れには相当気をつけているようだった」と関係者は話す。
この富豪は海外メディアの取材にロシア経済への影響を懸念を表明し、早期の停戦を呼びかけていた。だが一方で、欧州連合(EU)の制裁対象のリストに名前が載り、所有する船舶を制裁から逃れるためインド洋の島国に移したと一部で報じられていた。
同じく著名オリガルヒで、英プレミアリーグ・チェルシーの元オーナー、ロマン・アブラモビッチ氏も所有する旅客機をUAE国内に駐機していると報じられた。制裁違反だとして、米司法当局が6月に押収令状を出したが、UAE国内のため、実際の押収は難しい見通しだ。
オリガルヒがUAEに進出する動きは以前からあったが、経済制裁の発動で、資産を移転させる「制裁回避地」としてさらに注目されている。
米ワシントンの非営利組織・高等防衛研究センターの調査によると、プーチン大統領と関係する少なくとも38人のロシア人経営者や官僚がドバイに数十の不動産を所有し、その時価総額は3億1400万ドル(約430億円)以上に上る。
なぜUAEなのか。
UAEは人口約1千万人にうち9割近くを外国人が占める。特に商都ドバイは首都アブダビと違って石油資源が乏しく、1980年代から海外からヒトや投資を呼び込み、脱石油依存の都市づくりを進めてきた。旧ソ連のロシア人商人もその頃からドバイに進出し、貿易を拡大させてきた歴史がある。
UAEは伝統的な親米国だ。安全保障などでは西側諸国と歩調を合わせる。だが、石油輸出国機構(OPEC)プラスではロシアとの協調姿勢を守り、ロシアとの経済的な結びつきは近年いっそう強まっている。
ウクライナ侵攻後も、UAEは欧米の経済制裁に追従しなかった。ロシアとUAE間は現在も直行便が往来し、銀行間取引もできる。そのため、ロシア人富裕層は、UAEでの不動産購入や暗号資産(仮想通貨)の外貨へ換金、没収されかねない船舶の移転などを進めていると言われる。
侵攻翌日の2月25日の国連安全保障理事会では、UAEは中国、インドとともに、ロシアを非難する決議案の採決を棄権。3月2日の国連総会緊急特別会合でのロシア非難決議では賛成に回ってバランスをとったものの、ロシアへの配慮を明らかに示した。
ロシア企業の移転も急増している。
UAEでの会社設立を支援する企業バーチュゾーンによると、侵攻前は毎月設立支援をしていた平均約150企業のうちロシア系企業は7~8企業だったが、侵攻後は約40企業に急増。「ほとんどがIT企業」という。
経済制裁によってロシア国内にハイテク機器が輸入できなくなったこともあり、IT人材もUAEやトルコなどに流出している。ロシアメディアは3月下旬時点で5~7万人のIT技術者が出国し、4月にはさらに7万~10万人が出国するとの予測を報じた。
モスクワに本社を持つ、数百人規模のIT企業も近くドバイに本社機能を移転させることに決めた。マネジャーのロシア人男性(33)は取材に、「ウクライナ侵攻前からドバイへの企業移転を検討していたが、侵攻受けて最適な選択となった」と話す。
元々はロシア国内の拠点でも欧米企業とも契約を交わす可能性がある海外事業を展開するはずだったという。それがウクライナ侵攻で一転して凍結せざるをえなくなったが、「ドバイに拠点を移せば、欧米企業も含めた世界中の企業と契約を交わせる。すべてが解決する」と話す。UAEは所得税が0%で、フリーゾーンと呼ばれる経済特区であれば法人税も0%とタックスヘイブン(租税回避地)でもあり、進出企業には魅力的だ。
在UAEのロシア系企業が加盟する商工会によると、UAEには現在、約4万人のロシア人が暮らし、約3千社のロシア系企業がある。
「移転の準備で訪れたドバイで15社以上の企業と会合を持ったが、どの企業にもロシア人社員がいた。それだけで心強く感じたよ」