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ニューカレドニアの旅行商品やミシュランガイド奈良に足りないもの 顧客目線の本質

桃野泰徳の「話は変わるが」~歴史と経験に学ぶリーダー論 更新日: 公開日:
ニューカレドニアのリフー
ニューカレドニアのリフー島=gettyimages

もうずいぶん昔の話だが、大きな仕事をやり遂げた記念に、思い切って贅沢な海外旅行をしたことがある。

40代以上の人にはおなじみかも知れないが、原田知世さん主演の映画で一躍有名になった「天国にいちばん近い島」(1984年)、ニューカレドニアだ。

現地で実際に目にした光景は、「天国」それ以上だった。

真っ白な砂にどこまでも広がる碧い海、澄み切った果てしない空…。

この世にこんな楽園があるのかと、ただそこにいるだけで心身の疲れが霧散し、本当に来てよかったと心から満足した旅になった。

しかしその後、インターネットでの旅行レビューが当たり前の時代になると、おかしなものを見かけるようになる。

「心からがっかりしました。行く価値はありません」
「天国にいちばん近い島なんかではありません。あれはありふれた観光地です」

全てが全てではないが、概ね批判的なレビューばかりが目につく。

不思議に思いプランまで細かく見ると、一つのことに気がつき、そして理解できた。

「そりゃそうだわ…これはひどすぎる」と。

「天国にいちばん近い島」に出演していた頃の原田知世さん(左)。この作品をプロデュースした角川春樹さん(右)から、別の映画「愛情物語」のロケに臨んでいた
「天国にいちばん近い島」に出演した頃の原田知世さん(左)。この作品をプロデュースした角川春樹さん(右)から、別の映画「愛情物語」のロケに臨んでいた=1984年、愛媛県松山市

「もてなしは評価の対象外」

話は変わるが、私は奈良県生駒市という人口10万人余りの小さな街に住んでいる。

清々しいまでに大阪のベッドタウンで、奈良県も生駒市も共に県外就業率日本一に輝く、完全に「寝に帰るだけ」の住人が多い地方都市だ。

一般に大手資本の居酒屋や飲食チェーン店は、人口15万人規模の街から出店の候補に上がると聞いたことがある。

そのため、それ以下の生駒市には悪い意味で「ありふれた居酒屋」すらない。

数年前、駅前に鳥貴族が出店したときには「3週間先まで予約でいっぱいです」と電話で断られ、驚いたほどの田舎である。

しかしそんな奈良県に2017年、初めてミシュランガイドが調査に入った。

田舎のことなので、さすがに星三つこそ数えるほどではあったが、ビブグルマン(安くてコスパのいいお勧めの店)には多数の店が選出され盛り上がる。

そのためワクワクしながら冊子を手に取ったのだが、ページをめくるほどに違和感ばかりが積み上がり、最後には心の底からがっかりしてしまった。

ありていに言うと「クソみたいな店」が多く選ばれており、一体これは何の冗談なんだというのが、素直な感想であった。

中でも驚いたのは、ある和食系の店だっただろうか。

その店では店主がデニムにラフなシャツで付け場に立ち、頻繁に店を出入りしながら調理をする。

さらに若い店員に「おいバイト、イオンに行って生姜買ってこい!」と指示を出すなど、もはや味や接客以前の店であった。

他にも「イスを使用する場合、3歳から大人用の丼一つ以上の注文が必須」の、すぐに潰れた定食店。夫婦で経営しながら、客の前で大げんかをはじめるイタリアンのお店など、なかなかの顔ぶれが揃う。

いくら「料理が基準」であり、サービスやもてなしは評価の対象外であるとしても、限度というものがあるだろう。

そんなある日、やはりビブグルマンで掲載された馴染みの店主にその疑問をそのまま、ぶつけたことがあった。

「店主、あのミシュランの格付けどうも納得いかないんですよ。店主のところにも来たんですよね?」

「はい。お一人で来られて、そこの席に座ってましたよ。常連さんではないですし言葉も東京弁ですから、すぐに気が付きました」

「へー、調査員さんって、どの辺りで自分のことを名乗るんですか?」

「最後の会計の時ですね。掲載するかもしれない話やその際の確認事項など、簡単な会話だけでした」

もちろんこれはその店主の話であり、一般的にそうと断言できるものではない。

奈良の田舎に限った調査方法なのかも知れないなど、推測の域を出ない話だ。

その前提で恐縮ではあるが、他の店でお聞きした時にも、「すぐに気がついた」「一人で来た」と教えてくれた店主が多かった。

なるほどミシュランでは、遠くから来た地元のことを知らない人が、格付けをしているのか…。

公式サイトにも、「評価対象は料理」「もてなしは評価の対象外」と明記されているが、そう思うといろいろなことが納得できた。

「ミシュランガイド奈良2022特別版」の発売を記念し、出版元の日本ミシュランタイヤ役員の訪問を受ける荒井正吾知事
「ミシュランガイド奈良2022特別版」の発売を記念し、出版元の日本ミシュランタイヤ役員(左から2人目)の訪問を受ける荒井正吾知事(右から2人目)=2021年11月、奈良県庁、平田瑛美撮影

繰り返しになるが、奈良県は日本一のベッドタウンである。

加えて宿泊施設の客室数・宿泊人数が全国最下位の、「日本一、誰も宿泊しない都道府県」でもある。住人は県外に働きに出て、夜は寝に帰るだけ。

観光客は昼に奈良公園や神社仏閣を周るだけで、夜には京都や大阪のホテルに移動して宿泊する。

そうなると必然的に、この地にはランチ文化に偏った外食産業が育つ。

子ども連れでも行きやすいいわゆる「ママ友」向けの店や、観光地ではランチメニューが充実するということだ。

そんな奈良県で、夜に大人一人で来店し、酒を飲みながら美味いマズイと評価して何になるのか。土地柄に最適化しているお店の調査方法として、ナンセンスというものである。

この時に選出されなかった寿司店に、地元で愛されるこんなお店がある。

小さな子どもが注文したお寿司は、年齢に応じて握った後に二つにカットしてくれる。

さらに成長に応じシャリ玉を小さく握ったり、またネタに隠し包丁を入れ小さな子でも咀嚼しやすいようにするなど、いつも食べる相手のことを思い、もてなしてくれる店主だ。

ミシュランでは、これも評価の対象外ということになるのだろう。

しかし食べログやグーグルの口コミを見ても明らかだが、私たちは店主のもてなしの心にこそ、

「美味しい!」「最高のお店です!」

と賛辞を送る。

逆にどれだけ良い素材を使った一流シェフの店でも、

「態度が悪い!」「無愛想で感じ悪いです!」

と、店の全てが悪いかのようにコメントを付けてしまう人も多い。

つまりミシュランの調査基準は、一般消費者の考える評価とはかけ離れている可能性があるということだ。

私たちは外で食事をいただく時、料理だけで店を評価することは決してない。

店主のもてなしの心、楽しんでもらおうという心遣い、幸せな時間を含めてお店を評価しているのだから、違和感を覚えたのも当然だったのだろう。

「評価対象は料理」と明記しているミシュランに、罪はない。

しかし、一般消費者は「専門家のお墨付きなのだから、全てが良いはずだ」と信じて足を運ぶのだから、このすれ違いは永遠に無くならないのではないだろうか。

時代に合わせて、ミシュランがさらに愛され多くの人にアテにされるガイドブックになるためには、ミシュランにこそ改革が必要なのではないのか。

そんなことを感じる、ミシュランガイド奈良県版だった。

”テクニック”に走ると本質を見失う

話は冒頭の、ニューカレドニアを巡る評価についてだ。

なぜ私が心から満足したはずの旅行が、インターネット上ではボロボロに叩かれていたのか。

実はその有名旅行サイトで「天国にいちばん近い島 ニューカレドニア5日間の旅」と称して販売していたのは、首都・ヌメアにのみ滞在するプランであった。

しかし実際には、「天国にいちばん近い島」のロケの舞台になったのはニューカレドニア本島ではなく、首都・ヌメアでもない。

そこからさらにローカル線で40分ほど飛行機を乗り継いだ先にある、ウベア島である。

ニューカレドニアのウベア島
ニューカレドニアのウベア島=gettyimages

観光客の1日の立ち入り数も厳しく制限されており、部族長の事前許可を得なければ自由に移動もできないほどの、いい意味で「何もない、何もできない島」だ。

だからこそ、手つかずの白砂に碧い海、誰もいないビーチ、現地の人が日常を過ごす南の島の生活にお邪魔させていただきながらの、“本物の旅”を堪能できる。

文字通り「天国にいちばん近い島」であり、“何もない時間”が待っている楽園である。

にも関わらず、「天国にいちばん近い島、ニューカレドニア5日間の旅」と称して首都・ヌメアに連れて行かれたら、どうなるだろう。

「小笠原諸島・ボニンブルーを楽しむ5日間の旅」と称して五反田あたりのホテルに押し込められ、晴海ふ頭公園に連れて行かれるようなものではないか。

「心からがっかりしました。行く価値はありません」

「天国にいちばん近い島なんかではありません。あれはありふれた観光地です」

と書かれるだけで済むのが、不思議なくらいである。

先のミシュランガイドもそうだが、私たちは「自分たちに期待されていること」を正しく理解せず、しかも期待値とのズレに無自覚であり続けていることが、多過ぎるのではないだろうか。

今回、ミシュランガイドと旅行代理店の話を例に挙げたが、これは決して特殊な事例ではないだろう。

「謝ったら死ぬ病」に罹っているマスメディアや、「生娘シャブ漬け」と口走る“マーケティングの専門家”など、きっとルーティンワークに慣れているビジネスパーソン全てが多かれ少なかれ、陥っている罠だ。

私たちは本当に、顧客の期待に応えられているのか。応えようと努力をしているのか。

その応え方は本質的であり、時々立ち止まりながらそれを確認できているのか。

ぜひ、意識してチェックして欲しい。