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「北極で軍事紛争が起きかねない」アメリカ専門家が懸念 ロシアの進出に危機感

World Now 更新日: 公開日:
北極圏での具時演習に参加するロシア海軍北方艦隊所属の兵士ら
北極圏での具時演習に参加するロシア海軍北方艦隊所属の兵士ら=2022年1月、ムルマンスク地方、ロイター

北緯38度53分、米国ワシントン。

「カナダは大規模な軍事演習を行い、(北極圏の)北西航路の主権を主張していますね。どう思いますか」

インタビューでそう尋ねると、ジョージ・ニュートン退役米海軍大佐の表情が真剣になった。眉間(みけん)にしわをよせ、突然、身ぶり手ぶりが大きくなる。

「極めて難しい質問だ。カナダの友人を刺激したくない」

冷戦時代は、原子力潜水艦の艦長を務め、北極の氷の下も通ってきた。退役後は、大統領の諮問機関である北極研究委員会委員長に任命されるなど、北極政策に深くかかわる。

カナダの動きは気になる。さりとて、友邦カナダとの関係を傷つけたくはないという思いが伝わってくる。

カナダが「北西航路」についての主権を強調し、通過する船舶に対しても事前の届け出などを求めているのに対し、米国は航路はオープンだと言い続けてきた。米国は、「海の憲法」とされる国連海洋法条約も批准していない。一部の保守系議員が「海洋の自由」をたてに反対しているからだ。

「米国は議会や大統領の指導力が欠如しており、他国に後れを取った。目を覚まさなくてはいけない」

危機感をあらわにするのは、有力シンクタンク、米外交問題評議会のスコット・ボーガーソン客員研究員だ。元沿岸警備隊員で、軍事にも詳しい。3月に発表した雑誌論文で「米国が多国間の枠組みで外交解決に向けて主導権を発揮しないと、北極では軍事紛争が起きかねない」と警告。米国が国連海洋法条約を批准するよう求めてもいる。

もう一歩進めて、各国の領有権を凍結した南極条約のような仕組みを北極にも作れないのか。英国のベケット元外相らは、そう提案している。ボーガーソン研究員に水を向けてみた。

「北極と南極は全く違う。北極の海底には、世界の未開発の石油や天然ガスの22%が埋まっている。ロシアに開発をやめて何兆ドルもの資源をあきらめろと言うのは不可能だ」

米政府も「包括的な条約は適切でもないし必要でもない」(マクマレー国務次官補)という立場だ。

米国が北極圏で何もしていないわけではない。英国とともに潜水艦の共同訓練をほぼ毎年続けているのは、北極圏での存在感を示すためだ。ただ、大陸棚の調査を手助けし、海難事故の救助のためにも欠かせない砕氷船は、ロシアの18隻、カナダの6隻に対し、米国は沿岸警備隊所有の4隻。しかも、常に北極海域で活動できるのは1隻しかない。共和党の副大統領候補となったペイリン・アラスカ州知事らも砕氷船の増強を支持しているが、イラク戦争の戦費もかさみ、要求が通るような状況ではない。

原子力砕氷船「シビーリ」号。サンクトペテルブルクから母港のムルマンスクに帰投した=2022年1月、ロイター
原子力砕氷船「シビーリ」号。サンクトペテルブルクから母港のムルマンスクに帰投した=2022年1月、ロイター

それでも遅ればせながら、北極への関心は強まりつつある。ワシントンでは会議が相次ぎ、昨秋に出された海軍の「海洋戦略」には初めて北極海の重要性を指摘する記述が盛り込まれた。

具体的な「危機」として政府や海軍で議論され始めたのは、ロシアの原子力砕氷船の遭難、原油掘削施設へのテロ、大規模な環境汚染への対応などだ。「中国が南シナ海で軍事行動を起こした」という想定で、北西航路を使って大西洋から米空母部隊を回す案も検討されている。

5月にワシントンの国防大学で行われた会議では、ロシアの砕氷船が武装したとの最新情報が報告され、国防総省のある高官は「米国も武装しなければならない」と発言した。

将来の軍事紛争の可能性に触れたボーガーソン研究員の警告が的はずれ、と片づけられない雰囲気が漂い始めている。