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銀河英雄伝説の田中芳樹さん「ナンバー2は綱渡り」 オーベルシュタインの不要論語る

People 更新日: 公開日:
インタビューに応じる田中芳樹さん
インタビューに応じる田中芳樹さん=1月、東京、関根和弘撮影

「銀河英雄伝説」のオーベルシュタインが唱える「ナンバー2不要論」を語る田中芳樹さん

銀英伝は、銀河帝国のラインハルト、自由惑星同盟のヤンという2人の若い戦略家の攻防を軸に描かれた壮大な歴史・群像劇です。

「ナンバー2不要論」は、軍事で頭角を現し帝国元帥・宇宙艦隊司令長官になったラインハルトに対して、「ドライアイスの剣」などと評される宇宙艦隊総参謀長オーベルシュタインが語ります。

ラインハルトが子ども時代からの腹心の友である副司令長官キルヒアイスを重用し、特別扱いすることをいさめた言葉です。銀英伝ファンの間では「オーベルシュタインのナンバー2不要論」として有名で、この場面以外にも、形を変えてたびたび登場します。原作者の田中さんに聞きました。

――あの発言にはどのような背景があったのでしょうか。

執筆にあたって世界史で覇業に挑んだ人物をずっと見ていったのですが、ナンバー2というのはいない方がむしろ多いんですよ。日本に限っても、信長にも、家康にも、今NHKの大河ドラマでやっている源頼朝にもいませんでした。秀吉だけは弟秀長がナンバー2だったという意見がありますが、ほかに千利休もいたし先に亡くしました。

世界でもナポレオン、アレクサンドロス、カエサル(シーザー)と、ナンバー2はいません。中国の項羽と劉邦もそうです。ではどうしていたかというと、だいたい、ほぼ同程度の能力を持った部下集団を作って、そのグループ全体がまあナンバー2であると。

あえて言えば、その中にチームのキャプテンみたいな役割をした人はいますけれども、むしろブレーンやスタッフの集団を率いて天下を取った人というのが多いのです。ヒトラーの下では、ゲッベルスとゲーリングがどちらも自分がナンバー2と考えていました。

アニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』の「ナンバー1」キャラクター、ラインハルト
アニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』の「ナンバー1」キャラクター、ラインハルト=© 田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

――明確なナンバー2がいないことの方が多いということですか。

一応、歴史に出てくるナンバー2には大きく分けると、二つのタイプがあるかなと考えているんです。

第一は要するに後継者タイプですね。後継者タイプ、皇太子タイプです。第二は軍師や宰相とかの重役タイプです。

それでナンバー2をつくる弊害というのは、後継者タイプの場合ですと「もう将来はこっちだ」というわけでナンバー2の方に権力が集まっていってナンバー1がないがしろにされる。それで、ナンバー1がナンバー2を粛清するか、あるいはナンバー2の方が反旗を翻してナンバー1を駆逐するという形で終わることが多いのです。

唐の太宗は名君と言われていますけれども皇太子・皇太子候補を2度も替えています。清朝ではもう皇太子を立てることはやめて、皇帝が一人で決めたのを箱の中に密封しておいて、皇帝が死んだらその箱を開けて、書いてあった名前の人を新しい皇帝にするというようなシステムにしました。この方法は比較的うまくいったようです。

――そんなこともしていたのですね。

でまあ、僕もちょっと意地になって成功したナンバー2の例というのをいろいろ探してみたんです。世界史上最高のナンバー2は私の見る限り、古代ローマ帝国のアグリッパという人です。

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの腹心だった人ですね。これはカエサルがアウグストゥスを養子にしたときに、誰か友だちが要るだろうと選んだ人で、年も同じなんですけども。かの人は政治的にも軍事的にも忠誠心から言っても、ほとんど完璧なナンバー2でした。

特にアウグストゥスは政治家としては非常に優秀でしたけども、軍事方面についてはもう大した才能がなかったので、軍事方面についてはアグリッパに任すと、任せっきりだったんです。

それでゲルマン民族と戦って勝ち、黒海の先まで行って勝ち、最後にはアントニウスとクレオパトラの連合軍を今度は陸上ではなく海戦で破って、ローマ帝国の統一を成し遂げたわけです。

それでもアグリッパは控えめに振る舞い、皇帝の位を狙おうなどと思わず、アウグストゥスの方もアグリッパを信頼して生涯その友情は続きました。これがスケール的に言っても、世界史上の最高の例ですね。

――でも、それはやはり極めてまれな例外であるということをオーベルシュタインに語らせたということでしょうか。

そうですね。実際、もう失敗する方が多いんだというようなことまでは言わないのがオーベルシュタインですけども。

――アグリッパのような理想のナンバー2であり続ける難しさはどこにあるのでしょう?

ナンバー1の補佐役、あるいは留守番役に徹しようとしても、権力はそれ相応のものを持っているので、それをあてにして多くの人が集まってくる。そうするとナンバー1の嫉妬や疑心を招いたり、ナンバー2の野心に火をつけたりする。

周囲がナンバー2を担ごうとすることもあります。ほとんど方程式かと思われるような状況が世界史の至るところに見られます。「あいつは俺の地位を狙っている」と思わせたら、もうそこで粛清の対象になってしまいますね。

かといって、能力が足りなければ、せっかく抜擢(ばってき)してやったのに、お前は何だというようなことになるのですから。

無能ではダメですが、有能でも危ない。ナンバー2は綱渡りなのです。

――現代政治でも、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席にもナンバー2は見当たりません。それが強権的な、しかし外見上は安定したように見える政治体制を維持していることと結びついているのでしょうか。

それはあると思いますね。大体において、民衆の側から見ても、権力者に対しては恐れ入るけれど、ナンバー2に対してはどう接したらいいのかみたいな迷いというか、そういうものはあると思うんですよ。

ですから、ナンバー2もどちらを向いてどうすればいいのか綱渡りです。ナンバー1の言うがままにしていたら、自分の存在感がなくなる。といって、自分の好きなようにしたら、今度はナンバー1の怒りを買うでしょう。

アメリカの副大統領なんていう地位は難しいだろうなと思います。オバマ大統領とバイデン副大統領のコンビはまあうまくいった方ですけども、どううまくいったかというとまあ波風を立たなかっただけという程度のことですし。

――銀河英雄伝説の中で、オーベルシュタインは非常に官僚的なことで力を発揮し続け、軍務尚書(軍事行政の責任者)に就くわけですが、彼は最終的に一種のナンバー2になったんでしょうか。

彼はナンバー2不要論を唱えた以上、自分がナンバー2になる気はなかったと思います。まあ、同僚からの人望がないことはよく承知していたわけですし、むしろナンバー2になろうとのし上がってきそうなやつはナンバー1に代わってたたくと、そういう使命を自分に課していたんだろうなと思っています。

――オーベルシュタインのナンバー2不要論からの展開は、かなり最初から構想に入れていたのですか。

そうですね。全10巻というのが決まるより先に、キルヒアイスと対比するというか、それを相対化するキャラクターが必要だなというような感じで、オーベルシュタインはもう割と早く決まった人物です。

アニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』の「ナンバー2」キャラクター、キルヒアイス
アニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』の「ナンバー2」キャラクター、キルヒアイス=© 田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

できあがったところからキャラクターって勝手に成長していくもんでして、ある状況ができたときに、このキャラクターは性格やこれまでの言動からいって、こういう行動をとるはずだというのを積み重ねていくと、まあ結果的にはオーベルシュタインは官僚的な業績の方では、もう事実上のナンバー2だったというような結論が出てくるのかなと思います。

『銀河英雄伝説 Die Neue These』で「ナンバー2不要論」を主張するオーベルシュタイン
『銀河英雄伝説 Die Neue These』で「ナンバー2不要論」を主張するオーベルシュタイン=© 田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

――オーベルシュタインは特異なキャラだけに人気もありますね。

そうなんです。それと、オーベルシュタインの犬ですね。私は何げなしに出したんですけど、あんなに受けるとは。冷たく見えるけど、本当は犬を拾うような優しい人なんだといったお手紙をいただきます。やっぱり読者というのは侮りがたい。この年になっても読者を作者がコントロールしようなっていうのは、もうとんでもない思い上がりだなと思います。

――最後に理想の生き方をうかがえますか。ナンバー1かナンバー2か……。

まあ僕自身としては、だいたい人の下で仕えるというのがそもそも苦手なもんで。僕の人生、何が幸せだったかというと、上役のいない人生だったことなんです。

なるべく、そういうのからは距離を置いて、まあ与えられた仕事はこなすけれど、あんまり目立つのは嫌だし。そうですね、そこそこ仕事をこなして適当なところで辞めて年金をもらって、というところでしょうか。

『銀河英雄伝説 Die Neue These』で「ナンバー2不要論」を主張するオーベルシュタイン
『銀河英雄伝説 Die Neue These』で「ナンバー2不要論」を主張するオーベルシュタイン= © 田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

――それって、ヤンの口癖ですよね。やはりヤンは一種の理想なのですね。

あ、はい。そうですね。もう才能の質や量は全然違いますが。(笑)

「銀河英雄伝説 Die Neue These 激突」の予告動画