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銀河英雄伝説の田中芳樹さん、民主主義を語る「しんどくて面倒な制度ですね」

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インタビューに応じる田中芳樹さん
インタビューに応じる田中芳樹さん=2012年5月、東京、安冨良弘撮影

田中芳樹さんの小説「銀河英雄伝説」は、私にとって民主主義の「入門書」とも言える存在だ。

遠い未来の宇宙を舞台に、専制政治の銀河帝国と民主共和制の自由惑星同盟の対立を描くこの作品は、両陣営の名将たちが知略を尽くして艦隊戦を繰り広げるさまが醍醐味だが、腐敗した民主主義と、善政を敷く独裁制のどちらがいいのかという究極の問いを突きつけてくる。

高校生のころ、民主主義という言葉は知っていたものの、それ以上ではなかった自分にとって、この作品は衝撃で、全10巻と外伝4巻を徹夜しながら読みふけった。

田中芳樹さんの原作をもとに製作されたアニメ「銀河英雄伝説」。主人公のラインハルト(右)とヤン・ウェンリー
田中芳樹さんの原作をもとに製作されたアニメ「銀河英雄伝説」。主人公のラインハルト(右)とヤン・ウェンリー=©田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー ©加藤直之

そして今から10年前の2012年5月。田中さんにインタビューする機会を得た。私は当時、モスクワ特派員で、プーチン氏が「ロシア式民主主義」を訴えて復帰を果たした大統領選を取材した直後だった。

プーチン氏への賛否は国民の間で割れていて、反発するデモと賛成するデモとが零下の路上で何度も開かれた。日本や欧米では「プーチン=強権」という評価が一般的だが、ロシア人に聞けばそれほど単純ではなかった。

民主主義とは何か――。もやもやしてきた私は銀河英雄伝説を思い出し、田中さんに考えを聞くべくモスクワから一時帰国した。

このときのインタビューで、田中さんは民主主義だけでなく、国際関係や歴史、作品についてなど、ファンならずとも貴重な内容を語ってくれた。

10年前の取材だが、アメリカではトランプ氏が1期4年ながら最高権力者の地位を手にし、プーチン大統領はなお現職にとどまっている今、民主主義について考える意義はより深まったと思う。そこでもう一度、当時の取材ノートを振り返りつつ、インタビューを再構成して再掲載する。

「銀河英雄伝説」と民主主義などについて語る田中芳樹さん(2012年)

「しんどくて面倒な制度ですね」

「民主主義とは何か」と私が質問したとき、田中さんは苦笑しながらこう答えた。その姿はまるで銀河英雄伝説に出てくる自由惑星同盟側の主人公、ヤン・ウェンリー提督と重なった。

ヤンは「魔術師」と称されるほどの天才戦術家だが、一方で大の戦争嫌いにして民主主義の本質を鋭く分析し、節目で考えを披露する人物だ。

民主主義の何が面倒なのか、田中さんはこう続けた。

「一人ひとりが自発的な自制心と、問題意識を抱えながら登っていかなければならない山のようなものです。他人に丸投げできたらずいぶん楽なはずですが、そうなるといつの間にか、自分のものではない荷物を押しつけられてしまうかもしれない。古今東西、いくらでも例のあることです。つまり、民主主義自体が個人レベルではいかにしんどくて面倒なものかということです」

田中さんに取材するきっかけとなったロシアでの現状についても質問した。すでに述べたとおり、プーチン氏は2期大統領を務めたあと、一時、その座を最側近のメドベージェフ氏に譲り、自分は首相に転じていた。

いよいよ後継者に権力を渡すのか、とも思われたが、4年後には大統領に復帰して3期目に入り、同時にメドベージェフ氏が首相に転じて世間を驚かせた。

2人がそれぞれの大統領職と首相職を入れ替えるという「奇策」は、チェスでキングとルークを入れ替えて防御を固める特殊な指し手「キャスリング」(ロシア語ではロキローフカ)にたとえられた。チェス大国ロシアならではの表現だ。

大統領復帰を決めた選挙戦後、涙を流しながら「勝利宣言」をするプーチン氏と最側近のメドベージェフ氏
大統領復帰を決めた選挙戦後、涙を流しながら「勝利宣言」をするプーチン氏(左)と最側近のメドベージェフ氏=2012年3月4日、モスクワ、ロイター

さて、こんなプーチン氏の動きについて、田中さんはこう評した。

「プーチンさんって、不思議な人だと思う。大統領を2期終えたときに、『連続3期やるのは憲法違反だ』といったん退いた。なぜ、最高権力者の時に憲法を変えなかったのか。強権的と言われますが、実はまだ本当にそうなのか、わからないと思う。というのも、まだ大きな試練を受けていない気がします。表面は強固に見えても、実はもろかったり。厳しい状況の時、黙って耐えて国を引っ張っていけるのか。あとどれだけ周囲の人の意見に耳を貸すのか。どんな体制であってもトップに立つ人にとっては重要なことだから」

プーチン氏が主張するロシア式の民主主義についても触れた。

「まだ全貌(ぜんぼう)をつかみかねていて観察中です。過渡期なのか、最終形態なのか。判断しにくいですね。いずれにせよ、リーダーの個人的な資質が大きな部分を占めるので、プーチンさんの動向には興味を持っています。どう変化するのか、しないのか」

プーチン氏は当選したとはいえ、かつてないほどの逆風に見舞われていた。この前年の2011年12月にあった下院選で、与党「統一ロシア」の不正疑惑が発覚し、怒りを爆発させた市民たちが路上に繰り出して連日「反プーチン集会」を開いていたからだ。

プーチン大統領や政治家らの顔写真入りプラカードを掲げる「反プーチンデモ」の参加者たち
プーチン大統領や政治家らの顔写真入りプラカードを掲げる「反プーチンデモ」の参加者たち。プラカードには「恥」と書かれている=2013年1月、モスクワ、関根和弘撮影

市民らの反発を受け、プーチン氏やメドベージェフ氏は政治改革を進める動きも見せていた。だからこそ、田中さんも「観察中」と言ったのだと思う。

今となっては、プーチン政権による国内の締め付けは強化され、対外的にもクリミア併合に代表されるような国際法に反する行動に出た。田中さんならどう分析するのか、興味深い。

銀河英雄伝説の中では、民主主義の皮肉が描かれている。それは、銀河帝国を作った独裁者は元々、民衆自身が民主的な選挙で選んだという皮肉だ。

田中さんは現実にも同様の事例はあったと指摘した。

「有名なのがヒトラーでしょう。彼は政権を取るときには不正をしていない。一番危ないのは、英雄待望論です。社会に閉塞(へいそく)感や将来への不安が蔓延(まんえん)しているところに、超人的な指導者が現れ、方向性を示してくれる。『こうしろ、ああしろ』と命令される方がむしろ安心するという弱さが人間にはあると思います」

取材に答える田中芳樹さん
取材に答える田中芳樹さん=2012年5月、東京、安冨良弘撮影

作品では民主制の同盟が政治腐敗の揚げ句、専制の帝国にほとんど滅ぼされ、かろうじて共和政府が残るという形で終わる。そこには、どんなに善政を敷く名君であっても、独裁者にすべてをゆだねることは危険だ、という田中さんの考えがにじんでいる。

「人間はもともと、権力の重さに耐えられるようにはできていないと思うんです。アメリカ大統領の列伝を読んでも、すごく功績や人望があって大統領になったはずなのに、就任後はろくなことをしない人もしばしばいます。巨大な権力に飲み込まれることがあるのだと思います。そして、自分が変わってしまったことに自らも気づかない。一番怖いことです」

民主主義と関連して、作品ではしばしば戦争批判も描かれる。そのシンボル的な存在がヤンで、彼は名将、つまり戦争の「天才」でありながら自責の念を抱えつつ、戦争批判をよく口にする。ヤンの考えは田中さん自身の考えでもある。

「主に同盟側の主人公ヤンに語らせていますが、私自身、安全なところにいて主戦論を唱える人は気に入らない。また、民主的な社会では、一番被害を受ける人たちが、実は一番好戦的になるという皮肉がある気がします。メディアも関係しているのかもしれません。国民が自分たちで政治家を選び、メディアが世論をつくり、戦争という方向に国や国民を追いつめていく」

田中さんはそう語った上で、歴史をひもといた。

「近代に入り、国民国家ができたのも人類史の悔やまれるところだと思います。国民国家ができてから、戦争での死者が飛躍的に増えた。それまでは国家に対する忠誠はなかったから、戦争で負けそうだと思ったらみんなさっさと逃げ出していた。ところが、国民国家ができたら、誰もが国家に忠誠を誓い、命を捧げなければならなくなった。その最初の例としてはナポレオン戦争。『完成』したのは第1次世界大戦でしょう。もちろん素人考えで、軍事専門家がどうお考えか分かりませんが」

私が勤める朝日新聞もまた、先の大戦では軍部批判から翼賛政治の擁護に転じ、世論をあおった。田中さんの指摘は耳が痛いけども、決して目を背けてはならない話だ。

アニメ「銀河英雄伝説」に登場するヤン・ウェンリー。自由惑星同盟側の主人公だ
アニメ「銀河英雄伝説」に登場するヤン・ウェンリー。自由惑星同盟側の主人公だ=©田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー ©加藤直之

それにしても、多くの人を魅了してやまない銀河英雄伝説。田中さんがこの作品を書こうと思ったきっかけは何だったのだろう。取材にこう説明してくれた。

「この作品はスペースオペラ(宇宙活劇)ですが、善の共和国と悪の帝国というのが定番の世界観です。こういう設定は特にアメリカの作品に多い。それを反面教師にしてやろうと思ったんです。単純に善悪を決めずに。ハリウッド映画でもCIA(アメリカ中央情報局)とKGB(旧ソ連国家保安委員会)が戦うと、当然のようにCIAが善玉になりますね。でも、僕はKGBの方にだって言い分があるんじゃないかと思ったりする。その言い分が客観的に正しいかどうかは別にして。三国志がいい例です。どこの国が正義で、どこの国が悪かということはなく、みんなそれぞれの立場で最善を尽くしている」

言葉を慎重に選びながら答える田中芳樹さん=
言葉を慎重に選びながら答える田中芳樹さん=2012年5月、東京、安冨良弘撮影

田中さんは歴史に詳しく、それが作品にも影響している。

「小学校2年生で児童向け世界史の8巻本を読破するぐらい読書が好きでした。今まで乱読してきた本が、星雲状になって私の思考をつくったんだと思います。例えば、古代ローマでカエサルがブルータスに殺される。カエサルが善政を敷いても、彼が独裁者である以上、許せない人たちがいた。不幸な衝突だったと思います。こうした例はいくらでもあって、いつの時代、どこの場所でもありうる状況を書いただけだと思っています」

田中さんが愛読した世界史の本は偕成社の『少年少女世界史談』だった。これを読むことで旧約聖書の時代から第2次世界大戦までの世界の歴史がぼんやりと頭の中に入っていったという。

また、SFものも大好きだそうで、小松左京さん、星新一さん、豊田有恒さんらの小説を読んでいた。中でも印象深いのは、アイザック・アシモフの『暗黒星雲のかなたに』だったという。宇宙を舞台に銀河系諸国と帝国が戦うのだが、主人公の善玉よりも、「自分たちが全面的に正しいと思っているわけではなく、上官と部下の間で苦悩する「中間管理職」的な敵のキャラクターに魅力を感じたという。

アイザック・アシモフ
アイザック・アシモフ=Wikimedia Commons

中学時代には断片的ながらも小説を書き始め、学習院大学に在学中、作品として完成させるようになった。かつては白樺派の人たちの交流の場となっていた校内誌「輔仁会雑誌」に応募し、入選。田中さんは「賞金1万円が目当てだったが、金がないからと8千円しかもらえなかった」と笑った。

大学院に進学し、論文を書く合間に小説も執筆した。SF短編作品『緑の草原に…』が雑誌「幻影城」の新人賞を受賞し、小説家としてデビューを果たした。

銀河英雄伝説は外伝の最終巻が出てから30年以上もたつ。だが、その人気は今なお健在で、2018年には再アニメ化も始まった。

田中さんにいくつか気になっていた作品の「裏話」も聞いた。まずは数多くの個性的な登場人物をどう思いついたのか。なにせ名前がある人物は全部で600人以上にもなる。田中さんはこう明かす。

「性格の違いを出すため、基本的には2人1組で人物を考えます。乱暴な例で恐縮ですが、100発殴られたら100発殴り返すやつ、99発でやめるやつ、101発殴るやつ。これで3通りの性格ができます」

登場人物の中ではまず、帝国、同盟双方の主人公であるラインハルトとヤンが決まり、「彼らが軍を指揮するとなると、どんなメンバーが必要かを次に考えました。野球チームみたいなもので、ここでバントができるやつがいないと困るなとか、そういった感じでほかの人物も生まれました」という。

各人物も特徴的だ。これについては、両陣営とも無国籍だと区別が付きにくいので、帝国側はドイツ風、同盟側は無国籍にした。ラインハルトという名前はドイツの作家シュトルムの小説『みずうみ』の主人公から名付けた。

アニメ「銀河英雄伝説」に登場する銀河帝国側の主人公ラインハルト
アニメ「銀河英雄伝説」に登場する銀河帝国側の主人公ラインハルト=©田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー ©加藤直之

一方、ヤンは中国系の名前で、「今でも多い名前だし、将来も多いだろうと思ったから」だという。ほかの名前は図書館で「国際年鑑」を閲覧し、受賞者や大臣たちの名前を片っ端からメモして、姓名をばらして組み合わせたそうだ。

帝国側の猛将で知られるビッテンフェルトは、1950年ごろの西ドイツの文部大臣から名付けた。また、日系の名前は同盟側のムライ、ロシア系は同じく同盟側のコーネフだという。

はるか未来の設定にもかかわらず、戦略や戦術などがリアルだ。例えば電波戦の発展に伴って妨害技術も進歩し、ばかばかしいけど地上戦では伝書鳩や犬を伝令に使うようになったという説明がある。

「僕は機械が苦手で、時代に取り残されている気がして、作中でも嫌がらせしてやろうと思ったんです」と田中さんは打ち明ける。

笑顔を見せる田中芳樹さん
笑顔を見せる田中芳樹さん=2012年5月、東京、安冨良弘撮影

宇宙戦艦同士の戦いについては、当時スターウォーズが出始めたころで、宇宙戦争の考証本を読んで参考にした。また、惑星を占領していくという戦い方は、チンギス・ハーンが中央アジアを征服した際、砂漠のオアシス都市を攻略していったことにヒントを得た。「面として宇宙空間を占拠してもしょうがないなと思ったんです」と田中さんは言う。

田中さんが強調したのは、作品は書いて出版した時点では完成してないということだ。

「読者が読んでそれぞれが解釈、消化してくれて初めて作品として完結すると思います」

読者自身が、自分にとっての主人公を決めればいいという。その意味で、しばしば予想外の反響もある。例えば冷徹な性格で知られる帝国の参謀役オーベルシュタインの犬がファンの間でひそかに人気になったことだ。田中さんはこう苦笑する。

冷酷非情なやつとだけ思われるのもかわいそうだから、何か相手をつくってやろうと思ったんですね。ただ、人間には好かれそうにないから犬にしたら、まさかこんなに人気が爆発するとは。作者がこざかしい計算をしても、読者がそれに乗ってくれるわけではないと痛感しました」

アニメ「銀河英雄伝説」に登場するオーベルシュタイン
アニメ「銀河英雄伝説」に登場するオーベルシュタイン=©田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー ©加藤直之

原稿はいまだに手書きだ。

「ワープロが出始めたころ、編集者から『能率が3割あがりますよ』と薦められました。でも、柄にもなくその時ばかりは『能率を上げてまで仕事したくない』ときっぱり言いました。その結果、色々と罰が当たってますけどね。でも、書いていて指が痛くなってくると、ああ、書いてるんだなという実感がわきます」

ファンから「続編は書かないのか」としばしば問い合わせを受けるそうだが、この作品はアイデアを使い果たしたという。ただ、もし今書くとしたら、「『やられる側』をもっときっちりと書きたい」と打ち明けた。

「たとえ間違った言い分でも書いてやりたいですね。例えば、ラインハルトは姉を皇帝に取られ、皇帝と父親を憎みますが、そんな彼の肩をポンとたたいて、『坊や、大人には大人の事情があるんだよ』というような内容です。そう思うのは年を取ったからでしょうね」

そう語る田中さんのまなざしには、寛容さと謙虚さがあふれていた。ソーシャルメディアが登場して以降、人間の非寛容さと自己顕示欲が目に付くようになったが、田中さんはその真逆のような存在だ。

田中芳樹さんの仕事場には歴史関連の本が並ぶ
田中芳樹さんの仕事場には歴史関連の本が並ぶ。執筆アイデアの源泉にもなっている=2012年5月、東京、安冨良弘撮影