1. HOME
  2. World Now
  3. ウクライナ大統領が国民に尋ねた5つの質問 見切り発車の直接民主制

ウクライナ大統領が国民に尋ねた5つの質問 見切り発車の直接民主制

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
EU・ウクライナサミットの後、欧州理事会で記者会見するウクライナのゼレンスキー大統領=2020年10月6日、ブリュッセル、代表写真、ロイター

ウクライナは安定したのか?

旧ソ連圏の中で、ロシアに次ぐ規模の国ウクライナでは、2019年にゼレンスキー氏が大統領選挙に勝利し、「公僕党」による政権が成立しました。この連載では、「ウクライナのゼレンスキー次期大統領につきまとう『一発屋』の不安」、「ゼレンスキー・ウクライナ新大統領が仕掛けた電撃戦」で報告をお届けしました。

最後にウクライナを取り上げてから1年以上が経過しましたが、その後ゼレンスキー政権下のウクライナはどうなったでしょうか? 以前のコラムで、筆者はやや悲観的な見通しを示しておきましたが、実際にはゼレンスキーは期待以上に頑張っている印象です。

2020年に隣国のベラルーシで起きた出来事を思うと、選挙による政権交代を普通に実現させているウクライナには、その点で大きな優位性があると実感します。実際、ゼレンスキー政権のウクライナは、ベラルーシ問題では、完全に欧州の一員として、ルカシェンコの暴力支配を批判する側に回っています。2014年2月までのヤヌコービッチ大統領であれば、ルカシェンコ支持の側に回ったことは疑いを容れず、今日のウクライナの立ち位置には隔世の感を覚えます。

このように、ウクライナは強権政治の罠からは脱したものの、大統領の奮闘だけで積年の諸問題が解決に向かうわけではありません。今回のコラムでは、10月の統一地方選挙に合わせて実施された全国民意識調査を手掛かりに、ウクライナの現在地を探ってみたいと思います。

意識調査の実施を唐突に表明

ウクライナでは、統一地方選挙の投票日が本年10月25日に設定されていました。ゼレンスキー/公僕党政権としては、すでに国政は完全に掌握しているので、権力基盤を地方レベルにまで浸透させ、一元的な体制を築き上げるのが課題でした。

投票が12日後に迫った10月13日、ゼレンスキー大統領は唐突に、奇抜な提案をします。国にとって重要な問題について、一般国民がどのように考えているのかを知りたいとして、25日の統一地方選の投票と同時並行で、国民の意識調査を実施すると表明したのです。

ゼレンスキー大統領は10月13日の国民向けのメッセージで、微笑みを浮かべながら、一人一人の国民に「君」と呼びかけました。そして、今回の調査で問いたいのは、政治家が執務室で、コメンテーターがテレビ番組で論じているような問題ではなく、市井の人々が街角、家庭、ネットなどで、友達や両親と話しているような事柄なのだと、その趣旨を説明しました。ただし、この時には、「5つの問題を問いたい」としつつ、具体的な設問は明らかにしませんでした。

具体的な設問は、翌日以降のゼレンスキー大統領のメッセージで、段階的に発表されました。第1問は、10月14日に発表。第2問は、10月15日に発表。そして、同じく15日にもう1本のメッセージが発信され、残りの3問が一気に公表されました。政権側としては、毎日設問をひとつずつ小出しにして国民の注目度を高めたかったのだと思いますが、途中ネットで情報が流出したりしたので、最後は3つ一気に出してしまったのかもしれません。

ゼレンスキー・アンケートの5つの質問

今回、ゼレンスキー政権が地方選挙に合わせて実施した国民の意識調査を、ここでは「ゼレンスキー・アンケート」と呼ぶことにしましょう。それでは、ゼレンスキー・アンケートで問われた5つの質問は、どんなものだったのでしょうか。

第1問は、「特に大規模な汚職に対しては、終身刑を導入するという考えを支持しますか?」というもの。汚職・腐敗は長年ウクライナの代名詞となってきた宿痾であり、ゼレンスキー政権としてもその克服を優先課題としていることから、この点が問われたことは理解できます。

第2問は、「ドネツク州とルハンスク州の領域に自由経済区を創設することを支持しますか?」というもの。ウクライナ南東部のドネツク州とルハンスク州は、ドンバス地方と総称されますが、2014年以来、その一部がロシアの支援を受けた分離主義勢力によって占領されていることは、周知のとおりです。今回の提案は、分離派の占領地域ではなく、ウクライナ中央政府が実効支配している地域を特区にして、経済を活性化させるというものです。

第3問は、「議員定数を300にまで削減することを支持しますか?」というもの。ウクライナの国会に当たる最高会議は、現在450議席で、これを減らすのがゼレンスキーの持論です。ちなみに、ウクライナでは独立後に一度だけ、2000年に国民投票が実施されたことがあり、その時にも同じように300議席への削減が問われて、89.9%もの賛成票が得られたのですが、議員たちの抵抗で今に至るまで定数削減は実現していません。

第4問は、「重症患者の痛みを軽減するために、大麻の医療目的での使用合法化を、支持しますか?」というもの。大麻の合法化は、世界的に論争になっている問題でもあり、それを問うものです。

第5問は、「ウクライナの国家主権と領土的一体性を回復するため、ウクライナがブダペスト覚書に規定された安全保障措置を利用する権利を支持しますか?」というもの。これが一番難解な問題ですが、1994年に調印されたブダペスト覚書によれば、ウクライナから核兵器を撤去することと引き換えに、米・露・英の核保有3ヵ国はウクライナに安全保障を提供するとされていました。ロシアによる2014年のクリミア併合はこれを反故にするものでしたので、ゼレンスキー政権としてはブダペスト覚書の規定を援用しながら、この問題の解決を改めてロシアに迫ろうという意味合いです。

見切り発車の直接民主主義

10月25日の統一地方選挙に合わせて、ゼレンスキー・アンケートが実施されることになったのには、それなりの背景があります。

ゼレンスキーが2019年の大統領選で掲げた標語の一つに、「人民権力」というものがありました。なるべく議員や役人などを介さず、国民の声を直接吸い上げ、大統領がそれをトップダウンで実行に移すといったイメージであり、ある種、直接民主主義を目指すものとも言えます。そして、2019年7月の総選挙の結果、ゼレンスキー率いる公僕党が議会も内閣も掌握することとなり、人民権力を実現するための法制度作りに真っ先に取り組むはずでした。

しかし、その準備作業は大幅に遅れました。ようやく2020年に入って一連の関連法案が整い、その第一弾として国民投票に関する法案の審議がこの秋に始まったところでした。今回ゼレンスキー大統領は、まるで国民投票についての法律が成立するのが待ち切れず、見切り発車するかのように、疑似国民投票を思わせるゼレンスキー・アンケートに打って出たことになります。

しかし、法的根拠が曖昧なゼレンスキー・アンケートに対して、専門家や野党からは批判、疑問の声が挙がりました。正式な国民投票でない以上、選挙管理委員会はタッチできず、投票所に部外者が入り込んでアンケートを行うことなど法律で想定されていないのに、どうやってそれを組織しようというのか? 実施の費用はどうやって捻出するのか? そして、国民投票ではなく、あくまでも意識調査である以上、法的拘束力がないことは明白だが、それではアンケートの結果はどのような意味を持つのか?

また、ゼレンスキーが出した5つの質問についても、当然のことながら異論がありました。確かに、1の汚職厳罰化や、3の議員定数削減などについては、ゼレンスキー政権が改革を断行する上で、民意の後押しが欲しいのは理解できます。しかし、4の大麻合法化などは、果たして喫緊の問題なのかというのは、誰もが疑問に感じるところです。また、5のブダペスト覚書は、一般庶民が問題を理解しているかは微妙で、たとえ国民の賛意が得られたとしても、ウクライナとして打つ手があるわけではありません。

このように、疑問や批判の声が多く挙がる中、10月25日の統一地方選挙当日を迎え、ゼレンスキー・アンケートはなし崩し的に実施されたのでした。

アンケートの結果は?

結局、ゼレンスキー・アンケートは、公僕党に近い広告代理店のような会社が組織したようですが、予算面などは明らかになっていません。動画などで当日の様子を見る限り、アンケートは投票所の外で、出口調査のような形で行われたようです。公僕党の活動家なのか、ボランティア(日当が支払われたという話はある)のような人たちが投票所の出入り口付近に「5つの質問」というビブスを身に着けて待機しており、投票者にアンケートへの協力をお願いする形でした。

記入後のアンケート用紙を入れる箱は、簡素な段ボール箱であり、手作り感満載。草の根民主主義の雰囲気を感じさせる一方、これでは投票の正確性・厳密性などは望むべくもないでしょう。

どの国でも地方選挙の投票率は低いものですが、今回のウクライナ統一地方選挙では投票率が全国平均で35~37%程度だったということです。そして、ゼレンスキー・アンケートに参加した人はさらに少なく、選挙参加者の半分程度だったと伝えられています。ウクライナの有権者総数3,000万人あまりのうち、500万人ほどがゼレンスキー・アンケートに答えたということになります。

残念ながら、本稿を執筆している12月初頭時点では、ゼレンスキー・アンケートの最終的な集計結果が発表されていません。11月上旬には、「統一地方選挙の最終結果と合わせて、アンケート調査結果も後日正式に発表する」とアナウンスされていたのですが、それから1ヵ月近く経った現在もまだ発表されていません。

ですので、ここでは直後に発表されたアンケート結果の速報値を参照することにします。それをまとめたのが、上図になります。5つの設問のうち、2を除いて、ゼレンスキー政権の提案がはっきりと支持された形となりました。

やはり、1の汚職厳罰化や、3の議員定数削減は、国民自身も望んでいる分かりやすい争点ですので、賛成の声が多かったのでしょう。他方、2の設問で賛否が真っ二つに分かれたのは、ドンバスでの特区創設が、ウクライナの領土的一体性にとってリスクになってしまうと受け取った回答者が少なくなかったからではないでしょうか。

上述のとおり、ゼレンスキー・アンケートの結果には、法的拘束力がありません。そもそも、しかるべく組織された投票などではないので、効力がないのは当然でしょう。それでも与党幹部は、国民の賛意がはっきりした項目については、議会で法制化していきたいという考えを示しています。また、今回のアンケートを「予行演習」と位置付けており、近く国民投票に関する法律を成立させた上で、重要問題についての判断は今後、直接民意を問う形で決定していく方針です。

ポピュリズムと紙一重

2019年5月の大統領就任時には、国民から圧倒的な支持を受けていたゼレンスキーでしたが、その後、国民からの支持は低下しつつあります。世論調査結果によると、上図に見るように、直近の2020年11月の調査で、ついに「信頼しない」という回答者が、「信頼する」を上回ってしまいました。

現時点でも、すべての政治家の中で、ゼレンスキーが最も大きな信頼を集めていることは事実です。今すぐに政権が揺らぐ状況ではありません。しかし、政党の支持率では、与党の公僕党が、「野党プラットフォーム:生活のために」や、ポロシェンコ前大統領の欧州団結党に追い上げられています。

結局のところ、ゼレンスキーが10月25日の統一地方選挙に合わせて、国民の意識調査を実施すると唐突に決定したのには、選挙戦で与党・公僕党への注目度を高めるのとともに、若者の有権者を動員することに主眼があったと考えられています。

ゼレンスキー/公僕党の主たる支持層は十代から三十代くらいまでの青年層であり、彼らは地味な行事である地方選挙の投票にはなかなか出向いてくれません。そこで政権側は、若者が関心を持つようなテーマのアンケートを実施することで、彼らにアピールしようとした、というわけです。そう考えると、アンケートの中に麻薬合法化についての設問が含まれていたことも、合点が行きます(ただし、若者が関心を持つのは医療用ではなく嗜好品としてでしょうけれど)。

結果的には、ゼレンスキー・アンケートによって若者を動員し、地方選挙での得票を高めようという公僕党の試みは、上手く行きませんでした。アンケート自体が不発気味でしたし、地方選挙の結果も公僕党にとって厳しいものでした。

ちなみに、ゼレンスキーはもともとは、自分は大統領を1期しかやるつもりがないと明言していました。国民が望むような変革を短期集中的に実行し、しかる後に、すぐに権力の座を明け渡すという立場だったのです。しかし、2020年5月になって、「もしも高い支持率が続くならば、2期目についても検討する」と、軌道修正しています。

ゼレンスキーが政権の長期化を見据えるとすれば、今回のアンケートこそ空回りだったものの、今後は国民投票などの手法により本格的に依拠することが考えられます。しかし、それはポピュリズムと紙一重でもあり、危うさもあります。