毎年参加していた釜山国際映画祭に、今年は参加できなかった。私だけでなく、多くの海外の映画関係者、メディア関係者、映画ファンたちが新型コロナウイルス感染症の影響で韓国へ入国できず、あきらめたようだ。今年は68ヶ国192作品を上映し、オフラインの観客数は約1万8千人と、昨年の10分の1にとどまった。ただ、コロナ感染対策で座席数を大幅に減らしていたため、売り切れとなった回も多かった。
今年は例年より少し遅れて10月21~30日に開催され、私自身は韓国入国直後の隔離期間で釜山へは行けなかったが、上映後の監督や出演者のトークや、映画関係者によるフォーラムなどがユーチューブで配信されたので、一部見ることができた。
映画祭開催中に発表された「アジア・フィルム・アワード」では、「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)が作品賞、脚本賞、美術賞、編集賞の四冠に輝いたほか、イ・ビョンホンが「KCIA 南山の部長たち」(ウ・ミンホ監督)で主演男優賞を受賞した。
「南山の部長たち」は韓国内で受賞を重ねているほか、来年の「第93回アカデミー賞」国際長編映画賞の韓国代表として選出され、国際的にも注目が高まっている。日本では来年1月公開予定だ。
「南山の部長たち」でイ・ビョンホンが演じた主人公は、映画の中ではキム・ギュピョンという名前だが、モデルとなったのは1979年に朴正煕大統領(当時)を暗殺した金載圭(キム・ジェギュ)だ。海外では「KCIA」と呼ばれる韓国の情報機関、中央情報部の部長で、当時、大統領に次ぐナンバー2の権力を持っていた。中央情報部はかつてソウルの南山にあり、「南山」と言えば中央情報部だった。
原作はベストセラーのノンフィクションで、多くのKCIA部長たちが登場するが、映画では朴大統領暗殺までの40日を見せる。暗殺という結果はよく知られた歴史的事実だが、そこに至るまでのキム・ギュピョンの内面の変化がイ・ビョンホンの表情を通して迫ってくる映画だった。第二の主人公は、朴大統領(イ・ソンミン)に忠誠を尽くし、後悔する元部長パク・ヨンガク(クァク・ドウォン)。キム・ギュピョンと友達だったが、パク元部長が米国で朴大統領の不正を暴露したことで、敵対する。クーデターで始まった軍事政権の中での疑心暗鬼や嫉妬、プライド、裏切りへの怒り、理念の喪失などが絡まり合った複雑な感情がキム・ギュピョンを暗殺へと突き動かす。
韓国では今年1月に公開され、好調なスタートを切ったが、コロナの影響で観客動員数は失速し、475万人にとどまった。今回の釜山映画祭でも上映された。
コロナ禍で劇場公開をあきらめ、ネットフリックス独占配信となっていたユン・ソンヒョン監督の「狩りの時間」が釜山映画祭で上映されたことも、話題になった。「パラサイト」の半地下の長男を演じたチェ・ウシクをはじめ、イ・ジェフン、パク・ジョンミン、アン・ジェホンと、注目の若手俳優4人が主演し、ベルリン国際映画祭でも好評を得ていただけに、劇場スルーのオンライン配信を惜しむ声も多かった。観客にとってはこの作品を劇場で見られる貴重な機会となった。上映後には、ユン監督とイ・ジェフン、アン・ジェホンが観客との対話に出席した。ユーチューブ生配信となり、観客はチャットに書き込む形で質問を投げかけた。
主人公4人を追ってくる正体不明のハンター、ハンについて、「なぜジュンソクを(殺しかかって)逃がしたのか」という質問に、ジュンソクを演じたイ・ジェフンは「実際に狩りをしている人のドキュメンタリーか何かで、獲物が生きようともがくのがおもしろく、一度放してやって捕まえるというのを見た。ハンは、殺されそうになったジュンソクの目を見て、おもしろくなりそうだという期待を持って生かしたんだと思う」と話した。よく考えれば、釣りだって、ただ魚を食べるために釣るわけではない。獲物を捕まえる快感を味わっているのだ。謎の多い映画だと思っていたが、「狩り」というものが本質的に持っている世界を描いていたのだと感じた。
ユーチューブで期間限定で配信された釜山映画祭のフォーラムは、「ポストコロナ時代の映画」を聴いた。発表者たちはそれぞれ別の場所から、オンラインでの発表だった。韓国映画プロデューサー組合のチェ・ジョンファ代表の発表によると、2月から激減した劇場観客数は一時コロナの感染者数が減って回復の兆しも見えたが、再び感染者数が増えると観客数は減り、9月は昨年比84%減だった。観客たちが劇場以外で映画を見ることに慣れ、その環境が整ってきたなかでは、今後コロナ以前の水準まで劇場観客数が回復することはないと見て、企画段階からオンライン配信まで視野に入れる必要があることや、製作規模の縮小は必須であることなどを語った。他の発表者からは、コロナ禍での政府の支援が配給会社や制作会社優先で、創作者である監督が後回しになっていること、一回性の支援ではなく持続的な支援が必要なことなども指摘された。
近年製作規模が巨大化していた韓国映画にとっては、大きな転換期を迎えている。「パラサイト」アカデミー賞四冠にわいたのが遠い昔のことのように感じられる。どうやって映画や映画人を守るのか、映画ファンとしても注視していきたい。