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【田中均】「叫ぶだけでは解決しない」 日本に足りない、対北朝鮮外交に必要なもの

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
元外交官の田中均氏=長島一浩撮影

インタビューシリーズ「金丸訪朝30年 日朝外交これまで、これから」

  1. 金丸信吾氏(金丸信・元副総理次男)
  2. 田中均氏(元外務審議官)
  3. 石破茂氏(衆院議員)
  4. 佐々江賢一郎氏(元駐米大使)
  5. ジェームズ・ケリー氏(元米国務次官補)=10月1日配信予定

■日本と北朝鮮、関係改善の目的が違う

――なぜ、30年間、日朝関係は進展しなかったのでしょうか。

日朝関係が大きく進展しなかったのは理由あってのことだ。その系譜をきちんと振り返ってみることが今後のためにも重要だ。

日本や北朝鮮にとって、日朝関係を改善しようとする目的は何なのか。日本にとって北朝鮮との国交の正常化は戦後処理であり、拉致や核開発などの懸案を解決して正常の関係を作ることは地域の平和にも資する。

一方、北朝鮮の最大の目標は体制の存続だ。生存確保のために核やミサイルを開発しているし、自国の生存に資する限りにおいて日朝関係を進めようとする。

そういう意味で北朝鮮にとって日朝関係は、大きな戦略の一部でしかない。北朝鮮は生存のため圧倒的な影響力を持つ米国との関係をまず考えるし、中国や韓国との関係も考慮している。日本にとっても、拉致問題を解決するためには北朝鮮が生存のために望む経済協力も考える必要があるが、核問題の解決なくして援助を提供できるわけではない。

したがって我々も、関係国と協力して核問題解決の包括的な戦略を立てる必要があった。2002年の小泉純一郎首相の訪朝はそういう意味で、米国やその他の関係国を巻き込んで北朝鮮問題の包括的解決を図る出発点だった。小泉訪朝後に米国を巻き込み、核問題の話し合いのために6者協議を実現した。(北朝鮮が核兵器と核計画の放棄を約束した)2005年9月の6者協議共同声明は、関係国それぞれの関心事項を盛り込んだ包括的な合意事項だった。まさに日朝関係の進展を包括的な枠組みに組み込んで進めようとしたものだった。

2005年9月に北京で開かれた6者協議。会議を前に握手する(左から)ロシアのアレクセーエフ外務次官、日本の佐々江賢一郎・外務省アジア大洋州局長、中国の武大偉・外務次官、米国のヒル国務次官補、北朝鮮の金桂寛(キムゲグァン)・外務次官、韓国の宋旻淳(ソンミンスン)・外交通商次官補=北京の釣魚台国賓館で、代表撮影

ただ、この共同声明の後、北朝鮮によるマネーロンダリングや米国による(マカオにある、北朝鮮が口座を置いていた)バンコデルタアジアへの金融制裁などが続き、米朝間の信頼関係が築けなかった。北朝鮮は核実験に加えミサイル実験を繰り返し、日本との関係だけではなく北朝鮮と国際社会の関係は緊張し、北朝鮮は国連安保理の強い制裁を受けることとなった。

米国のトランプ政権は北朝鮮に対して最大の圧力をかけるアプローチをとり、結果的には2018年平昌冬季五輪を契機に南北、米朝両首脳会談に結びついた。しかし、これも19年2月のハノイ米朝首脳会談で、双方の思惑の違いが浮き彫りになってしまった。

日朝関係が進展してこなかった理由は、とりもなおさず北朝鮮が核・ミサイル開発を進め、国際社会との対立関係を作ってきたからだ。日本が北朝鮮の核ミサイルに脅かされる状況の中では、日朝関係を進展させたいと思っても進展できるものではない。北朝鮮との関係を進めるためには核問題・ミサイル問題の解決が不可欠となる。

■内政に使われた北朝鮮問題

――6者協議共同声明という大きな戦略を、なぜ生かせなかったのでしょうか。

もちろん、北朝鮮が現実に検証できる形での核放棄に至らなかったことが最大の理由だが、その間、関係国もみな、北朝鮮問題を内政の道具にしてしまった。

米国の場合、トランプ大統領が前任のオバマ大統領との差異を示し、大統領選再選に向けての実績にするため、北朝鮮を対話に引き込んだ。韓国でも、文在寅(ムン・ジェイン)政権が国内の革新と保守の政治の駆け引きに南北関係を使っている。中国の優先事項は明らかに米中関係。中国は米国と正面衝突したくないと考えているが、北朝鮮を米中関係に役立たせる材料の一つと考えている。

そして日本の安倍政権にとっても北朝鮮問題は国内支持を固める材料となった。日本人が被害者となった拉致問題は、戦後続いたとする「自虐史観」を振り払う材料となり、北朝鮮を厳しく批判し、強硬策に出ることが国内支持を高めることにつながった。

拉致問題の国民大集会で、拉致被害者家族会の横であいさつする安倍晋三首相=2019年5月19日、東京都千代田区、長島一浩撮影

安倍首相は8月28日の辞任の弁で「拉致問題をこの手で解決できなかったことは痛恨の極み」と述べたが、果たして問題解決の戦略を持っていたのだろうか。

外交には相手がある。本当に問題を解決したいのなら、内政を前面に出してはいけない。

■北朝鮮の権力とつながる糸口

――拉致問題解決のため、連絡事務所の設置が必要だと主張されています。

「拉致」と叫んでいるだけでは、問題は解決しない。これまでの事実がそれを厳然と物語っている。

相手と話し合う枠組みなしで、問題が解決するだろうか。米国も国交はないが、ニューヨークの北朝鮮国連代表部を通じて意思疎通している。中国やロシアは大使館があるし、韓国も独自の南北ルートを持っている。

お互いに権力や権限のある人物と交渉しない限り、解決には導けない。北朝鮮外務省や日本の朝鮮総連には力がない。日本の政治家は過去、こうした機関を窓口にコメ支援などを行ったが、対話は進まなかった。

私たちは2002年の日朝首脳会談を目指した際、権力の中核にあった国防委員会の関係者と交渉した。北朝鮮は当時、あらゆる事項で軍が優先する「先軍体制」を敷いていた。権力は軍関係に集中していたから、協議が進んだ。

「連絡事務所を作れば、北朝鮮の思うつぼだ」という批判もある。しかし、北朝鮮の権力とつながる糸口を作らなければ、何も進まない。拉致被害者の調査も、日本が現地で北朝鮮と共同で行うべきだ。

そのなかで、安全保障や経済協力も議論し、北朝鮮が最も望む生存の問題を含めた解決への枠組みを作るしかない。

――実際に交渉した北朝鮮の担当者は日本をどう見ていましたか。

北朝鮮は日本のことを新聞やテレビなどの公開情報で判断しているため、過去、植民地支配を行った大国日本への恐怖心を持っている。彼らは「日本は自分たちをだまそうとしている」という猜疑心のかたまりだった。

私は日朝首脳会談に至るまで1年ほど北朝鮮と交渉して、信頼関係を築くことに努めた。お互い、自分の国のトップにつながる人間であるかどうかも、確認し合った。

――金丸訪朝団は政治家が主導した外交でしたが、政治はどうあるべきでしょうか。

外交官は解決に向けた枠組みは作れるが、政治がこれを承認し、役割を分担して結果を作っていかなければならない。ただ、責任は政治家しか取ることはできない。国民を説得できるのは、選挙で選ばれた政治家だけだ。逆に国民の世論を利用して外交をすべきではない。

金丸訪朝団は北朝鮮との関係を築いた点で評価もできるが、過剰な譲歩で北朝鮮外交をやりにくいものにもした。冷戦直後の当時の世論が、現在よりももっとリベラルだったことも影響しただろう。

政治の役割は、世論の望む方向と、現実とのギャップを埋め、世論を説得することだ。

■官邸をうかがう官僚、責任を取らない政治家

――30年前と比べ、外交官を取り巻く環境も変わりました。

平壌で2002年9月、初の首脳会談を前に握手する小泉純一郎首相と金正日総書記(代表撮影)

私が日朝首脳会談に向けて準備を進めていたときは、小泉純一郎首相の指示は「北朝鮮との交渉を進めてもよい」ということだけだった。その後、交渉途中で情報をできるだけ共有して、最終的な判断してもらうようにした。政治家には明快な哲学が必要だ。

30年前に比べ、外交官が活動できる余地が少なくなっている。内閣人事局などが幹部人事を差配し、官僚は権力者に忖度するようになっている。今の政治家と官僚の関係をみていると、官僚はプロフェッショナルに徹した役割を果たすことができず、とにかく官邸の意向に従う存在となり、政治家は責任を取っていない。国会で官僚が虚偽答弁をしているという批判を浴びてまで、政治家の尻ぬぐいをしている。

――今後の国際社会のなかで、日本はどう行動すべきでしょうか。

米中の対立はどんどん厳しくなるが、経済が複雑に絡み合い、冷戦時代のように関係を断絶するわけにもいかない。関係を維持しつつ、覇権を握ろうとする中国の行動を抑えるしかない。日本も、自分の利益だけを考えて行動することはできない。日米安保体制を維持しつつ、韓国や東南アジア諸国などと連携していく必要がある。

だが、今の日本政府は視野狭窄に陥っている。北朝鮮なら日本人拉致問題、韓国なら徴用工問題など、一つの問題に集中し、国内政治にどう影響するかということばかり考えている。日本を取り巻く環境や日本の将来についての大きな絵が欠けている。

複雑な利害関係を組み合わせ、日本の利益を追求する創造的な姿を模索すべきだろう。そのような大局観と複眼的思考を菅義偉首相に期待したいと思う。

■次回は、拉致議連の会長も務めた石破茂衆院議員に、政治と世論のあるべき関係について聞きます。(9月29日配信予定です)