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現場にいなかったのに逮捕 投獄大国アメリカがはらむ黒人不利の司法制度

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
ホワイトハウス周辺で抗議デモに参加する男性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

投獄大国アメリカ

220万人―――米国で拘置所や刑務所などに収容されている人の数だ。世界中の収監人口の25%は米国に集中しており、アメリカの収監者数は世界で飛び抜けている。(「ワールド・プリズン・ブリーフ」のデータによる)。その40%を占めるのは黒人だ。黒人人口が米国全体の13%であることを考えれば、この「40%」がいかに大きな数字かは明白だ。

ホワイトハウスへ続く通りで抗議デモをする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

警察による「ストップ・アンド・フリスク」(警官が疑わしいと判断した人物を呼び止め、所持品を検査したり武器を持っていないかチェックしたりする行為)の対象になりやすい黒人が逮捕される率は白人に比べて極めて高い。単なる職務質問が警察による過剰な暴力や発砲に発展してしまうケースも後を絶たない。システミック・レイシズム(制度的差別)があらゆる組織に蔓延する米国で、警察の「レイシャル・プロファイリング」(人種による選別)により不当に連行された黒人を待ち受けるものは何か……

グレン・デイビス・ジュニアさん(ルイジアナ州、自営業、46歳)

「貧困のスラム街で生まれ育った」というグレン・デイビス・ジュニアさんは、ルイジアナ州アボンデール出身。黒人音楽で知られる都市、ニューオーリンズから車で30分ほどの郊外にある。ルイジアナの人口の60%以上は白人だが、グレンさんが生まれた地域で白人を見ることは稀で、小さな頃から友達は全員黒人だった。

幼少期のグレン・デイビス・ジュニアさん=本人提供

「セクション8」(貧困地域にある公共住宅)に住む母親がグレンさんを産んだのはわずか16歳の時。経済力がなかったため、グレンさんの祖母の家で子育てをすることに。「チョコレート」という愛称で呼ばれたグレンさんは、祖母の家で叔父や叔母、いとこ達とともに暮らした。小さな頃から運動が大好きで、アメフトやバスケなどの様々なスポーツをして育った。中でも野球が一番得意だった。

野球の大会で優勝した時の新聞記事。笑顔でトロフィーを持つグレンさん(前列中央)=本人提供、1989年5月

小さな頃の夢は弁護士。「正義」というものに憧れていた。貧しかったため、高収入の職業にも魅かれた。18歳の時、ガールフレンドが妊娠した。卒業したら子供のために働かなければと、初めて将来を真剣に考えた高校最後の夏、事件は起きた。

人生を狂わせた事件

1992年8月3日、グレンさんの家から車で10分ほどのウエストウィーゴという町の道端で、男性が走行車から銃撃され死亡した。それからしばらく経ったある日、警察がグレンさんの祖母の家に現れた。グレンさんたちを現場で見たという証言があるという。祖母はすぐさまグレンさんの父親に電話した。「警察が銃を構えて『チョコレート』を探しにやって来た!」と叫ぶ祖母の声は震えていた。

その時家にいなかったグレンさんはその知らせを聞き、何が起きているのかわからないまま、父親と後日警察署へ出向く。まさか自分がそのまま逮捕されるなど、予想だにしなかった。その翌日、娘が生まれた。

ホワイトハウス周辺に配備された警備隊=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

保釈金は10万ドル(約1千万円)を超える額だった。家族は土地や財産の全てを手放し、グレンさんのためにお金をかき集めた。最初から無実を訴えたグレンさんは、一旦保釈されたものの、罪を認めるかわりに刑を軽くしてもらう司法取引を拒否し、裁判で争う姿勢を見せた。だが、たった一人の目撃証言に基づき始められた裁判では、苦境が待ち受けていた。

「目撃した」という黒人男性は、犯罪歴を持つ麻薬常習者だった。この男性は、グレンさんのいとこが運転する車から、助手席にいたもう一人のいとこが発砲し、後部座席にはグレンさんがいたと主張した。おどおどした様子で出廷し、うつむいたまま証言する男性をじっと見つめながら、グレンさんは不安にかられた。「陪審員の誰かはこの証言を信じてしまうのではないか」……。それは男性が「自分のこの目で銃撃現場を見た」とはっきり言ったからだ。男性は、頭を下げたまま、誰とも目を合わせることなく法廷を後にした。

ホワイトハウス周辺に配備された警備隊の前で抗議デモをする男性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

事件当日、現場付近にすらいなかったグレンさん達の言い分は全く聞き入れてもらえなかった。まるで最初から自分が犯人と決められていたかのように……。当時の心境を、グレンさんは「いくら思いっきり叫んでも、声が全く出ないような感覚だった」と振り返る。次第に拒絶されることに慣れていった。裁判所の前で鉢合わせになった被害者家族に殴りかかられ、目を腫らして出廷したこともあった。

特別なルール

裁判の最終段階で、グレンさんはルイジアナ特有のルールに大きく左右されることになる。通常、米国の陪審員制度は、12人全員の揃った意見が必要とされる。一人でも反対すれば評決不能裁判となり、有罪は免れる。

だが、ルイジアナ州は違った。満場一致でなくとも、12人中10人の票さえ取れれば有罪を確定できた。この法律は「10対2ルール」と呼ばれる。陪審員の選出には人種構成比が反映されるため、白人が大多数を占めるこの州でこのようなルールが適用されるということは、黒人の被告にとって不利な状況が生じたり、黒人陪審員の意見が無効にされたりすることを意味した。

キング牧師記念碑の前で拳を挙げる抗議運動の参加者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月19日

その起源は、1898年の州憲法改正にさかのぼる。奴隷解放後、米国憲法改正により陪審員になる権利が与えられた黒人から、表面上は違憲にならない範囲でどのように権利を剥奪するかということが綿密に議論されたという。州憲法会議の記録には「ルイジアナにおいてアングロサクソン人種が至上という主義を永続させる目的で」この法律を作ると明言されている。以来、まさに黒人差別を法律に落とし込んだようなこのシステムは、「ジム・クロウ法(1960年代まで米南部にあった人種差別的な法律)の残像」と呼ばれ、ルイジアナに根強く残った。

グレンさんの裁判では、陪審員12人中、白人が9名、黒人は3名だった。評議段階では最初から完全に人種で分かれていたが、評決で一人の黒人が意見を変えてしまう。このことで「10対2ルール」が適用され、グレンさんの無罪が阻まれてしまった。

カーネーションの花を手に、ホワイトハウス周辺での抗議デモに参加する女性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

グレンさんは、その時をこう振り返る。「『有罪』という言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け、何も見えなくなった。耳に入ったのは家族が泣き叫ぶ声だけ。自分の人生が終わったと思った。その後は何一つ覚えていない」

司法制度に潜む人種差別

「白人に比べ、無実の黒人が不当に有罪判決を受ける確率が高い」。そう説明するのは、ミシガン州立大学のバーバラ・オブライエン教授。全米の冤罪被害者のデータを蓄積し研究する「ナショナル・レジストリー・オブ・エグゾネレーション」(全米冤罪被害者登録)というプロジェクトに関わるオブライエン教授によると、1989年から現在まで、無罪が証明された冤罪被害者の合計は約2万4千人で、その半数は黒人だ。それは、黒人が刑事司法制度の中で不当に扱われていることを意味するという。例えば、殺人罪で有罪判決を受け、後に無実だったことが判明する割合は、黒人の場合は白人の7倍にも及ぶ。なぜこれだけの差があるのか。

ホワイトハウス周辺で拳をあげ、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」と叫ぶ抗議デモの参加者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

その理由について、「黒人にとって不利な要素が刑事司法制度のあらゆるステップに潜んでいるからだ」とオブライエン教授は説明する。その多くは、経済格差と人種差別的要素に関係している。

人種偏見から黒人は警察の「ターゲット」になりやすく、不当に連行される割合も高い。なるべく早く自由の身にしてもらおうと、やってもいない罪を認めて司法取引に応じる人も多い。この場合、たとえ自由が得られても、「犯罪者」という汚名が付くことで、就職やその後の人生に大きく影響する。警察からはさらなる「ターゲット」としてマークされることにも繋がる。一方で、裁判でたたかおうとしても、いい弁護士を雇えず、不利な状況に陥ることもある。また、保釈金が払えない人は、無実でありながらも裁判まで長期間拘留されるケースが多い。

ホワイトハウス周辺で両手をあげ、「撃たないで」と叫び、抗議デモをする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

警察では、証拠隠蔽や紛失、目撃証言の改ざんなど、不正行為も横行しており、それによって有罪判決を言い渡される黒人の割合も白人に比べて多いという。目撃者が黒人の容疑者を識別する際に誤認するケースも多く、やはり冤罪を生む大きな原因になるという。さらに、黒人の被告に対し、陪審員の選任手続きで白人ばかりが選ばれることで被告に不利な判決が出されてしまう例も多数ある。

有罪判決を受けたグレンさんが収監された先は、「全米で最も恐ろしい刑務所」だった。

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