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「全米一恐ろしい刑務所」に入れられて 明かされた衝撃の真実

ホワイトハウスへ猛ダッシュ 更新日: 公開日:
ホワイトハウス周辺で行われた抗議デモに娘を連れて参加する男性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

グレン・デイビス・ジュニアさん(ルイジアナ州、自営業、46歳)

前回 黒人として生きるとは⑦「現場にいなかったのに逮捕」はこちらから

終身刑を宣告されたグレンさんが送られた先は、かつてプランテーションだった土地に建設された全米最大級のマキシマム・セキュリティ(重警備)の刑務所だった。

祖母の家からは車で数時間も離れていた。黒人奴隷の故郷、アフリカの国の名前から「アンゴラ」と呼ばれるこの施設は、「全米で最も残忍な刑務所」としても知られる。その理由は、所内での暴力や殺人、拷問、看守による職権乱用、適切な医療サービスの欠如などに加え、農場での肉体労働があげられる。

ホワイトハウス前に配備された警備隊=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月1日

入所してすぐにグレンさんも農場での仕事を課せられた。馬に乗った看守が銃を手に監視する傍ら、多くの黒人囚人が農場で働く光景は、奴隷制時代そのものだった。看守の大きな銃はいつも自分たちに向けられていた。家族から離れていることもそうだが、真夏の太陽の下、綿やオクラの収穫をしたことが何よりも一番辛く、過酷だった。

炎天下、作業する畑までくわを持って何キロも歩かされることもあった。疲れても、喉がカラカラになっても、休憩など許されない。常に完璧な作業を強いられ、綿の収穫漏れがないか、むしった草の根が地面に残ってないかなど、厳しくチェックされた。少しでも従わなければ、すぐにトラックが呼ばれ、その先には隔離された地下牢が待っていた。人を動物のように扱う看守たちの、心の奥底にあるとてつもない「憎悪」をいつも感じた。奴隷とその所有者の関係がそこにはあった。黒人の看守からは、さらに酷い扱いを受けた。同じ黒人でありながらも、人は権力を与えられるとこうなってしまうのか……

ホワイトハウス周辺に並ぶ警備隊の前で抗議デモをする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

精神的に追い詰められたこともあった。父親は、娘と翌年生まれた息子を連れて数時間運転をし、できる限り会いに来てくれた。でも面会後の別れは毎回耐えられないほど悲しく、みんなが帰った後はきまって割れんばかりの頭痛に苦しんだ。子供の誕生日を祝ってあげられなかった。初めて歩いた瞬間をこの目で見守ってあげられなかった。学校の卒業式にも出られなかった。胸が張り裂ける思いだった。

ルイジアナ州立刑務所に収容されたグレンさん(右から2番目)に面会にきたグレンさんの父親(左)と娘(左から2番目)と息子(右)=本人提供

でも希望を捨てることだけは決してしなかった。「どうすれば無実を証明できるか」、それだけを考え、毎日仕事の合間に本を読み法律の勉強をした。規律を守り、勉強と仕事に没頭した。毎年12月31日には、「来年こそは家に帰れる」と自分に言い聞かせた。そうでもしなければ頭がおかしくなりそうだった。

3ストライクの法則

アンゴラの受刑者の多くが死刑や終身刑などを受けているものの、その多くが凶悪犯罪者というわけではない。中には14ドル(約1500円)相当の盗みや、20ドル(約2100円)相当の麻薬販売で終身刑を受けた人もいる。そんなことがなぜ起きるのか?

その理由は、米国にある「スリー・ストライクス・ルール」(三振法)が関係しているとみられる。「スリー・ストライクス・ルール」とは、重罪の前科を持つ人が3度目に有罪判決を受けた場合、最後に犯した罪の内容に関わらず終身刑を受けるという法律で、米国では多くの州で取り入れられている。ルイジアナの三振法は他州に比べて極めて厳しいため、軽犯罪にもこのルールが適用される。例えば、過去に2度万引きをした人が、その何年後かに偽札20ドルを使ったとする。その場合、有罪判決が出れば自動的に終身刑になってしまうのだ。

「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)と書かれたプラカードを掲げて抗議デモをする女性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月4日

また、麻薬犯罪に関しては、白人と黒人の薬物使用の割合はほとんど同じであるにも関わらず、冤罪で逮捕される黒人の割合は、白人の12倍にも及ぶ(「ナショナル・レジストリー・オブ・エグゾネレーション」の調査結果による)。これも警察による、黒人に偏った取り調べや連行が関係しているという。「プリズン・ポリシー・イニシアチブ」のデータによれば、白人や他の人種に比べ、黒人は運転中や道端で警察から職務質問を受ける割合が高い。その際、警官から脅されたり、暴力を振るわれたりした経験があると答えた黒人は、白人の2倍に及んだ。例えば、昨年ニューヨークで行われた職務質問の対象を人種別に見ると、白人が9%、黒人が約60%だった。さらに全体の66%は無罪だったという。ルイジアナ州の黒人人口は約30%だが、受刑者の約70%が黒人という(司法統計局による)データの裏には、似たような背景がある。

ホワイトハウスに向かって両手をあげ、「撃たないで」と叫ぶ抗議デモの参加者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月1日

ついに暴かれた証拠

大晦日に「来年こそは家に帰る」と自分に言い聞かせ始めてから、9年が過ぎていた。そんなグレンさんに2002年、希望の光が差し込む。「イノセンス・プロジェクト・ニューオーリンズ」という冤罪被害者を支援する非営利団体がグレンさんの事例に関わることとなった。だが、これは8年間に渡る新たな戦いの始まりを意味した。

「イノセンス・プロジェクト・ニューオーリンズ」のキャット・フォレスターさんは、「グレンさんのケースは他の人と比べて早く進んだ方だ」と説明する。解決までにもっと長い時間がかかる事例はたくさんあり、無罪まで14年かかったケースもあったという。

ホワイトハウス周辺で抗議デモをする女性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

調査の結果、驚きの事実が発覚する−−−1)警察は真犯人に関する多くの情報をにぎっていた。2)事件現場を目撃したという男性は、偽証していた。3)グレンさんの弁護士が、この事件の真犯人とされた男性を別の裁判で同時に弁護していた(利益の衝突が生じることを避けなければならないルールに反する行為)。

「目撃者」とされていた男性はなんと、事件当日、現場にすらいなかったことも判明した。他の犯罪容疑で捕まり、自分の刑を軽くするために偽証し、警察と取引を交わしていたのだ。よって、真犯人の情報は隠蔽され、法廷で名前が言及されることは一度もなかった。

ホワイトハウス周辺に並ぶ警備隊の前で抗議デモをする人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

キャットさんはグレンさんの事例について、「珍しいケースのように見えるが、警察や検察官が、(事実を究明することよりも)とにかく早く被告を有罪にして裁判を終わらせることばかりに力を注ぐといういつものパターンであり、よくあるケースといえる。若い黒人男性を捕まえどんどんアンゴラへ送ることで、農場のただ働きにも繋がる」と説明する。こうした対応が、全米でも上位に入るルイジアナの収監人口及び冤罪被害者数を拡大させているという。

ホワイトハウスに向かって抗議運動する人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年5月31日

オブライエン教授は「現在収監されている人の中に冤罪被害者が実際何人いるのか、知る余地はない」と、ため息をつく。たとえ無実でも様々な理由から刑期を務める人がたくさんいる。いい弁護士を雇えないために裁判で不利な状況に置かれたり、無実でありながらも、裏付けのない証言によって有罪判決を受けたりする人が多いからだ。

そもそも冤罪を晴らすのは決して簡単なことではない。無実を証明される人はほんの一握りに過ぎない。「その過程では、『運』に左右される場合がほとんどだ。例えば物的証拠の保管状況が劣悪なためにDNA鑑定が不可能なケース、証人がすでに亡くなっているケースがある。証拠が洪水で損傷してしまうことも。一方で弁護側が警察による不正行為を暴くのは、当然のことだが、至難の技だ」とオブライエン教授。 このような状況から、220万人という収監人口の中には、グレンさんのような多くの冤罪被害者が含まれていると推測される。

グレン・デイビス・ジュニアさん=ルイジアナ州、ショーン・マティソン氏撮影、2018年11月

新事実が浮上したことで、グレンさんの有罪判決が翻されたのは2007年のことだった。このニュースを家族が電話で知らせてくれた時、まるで野球バットで頭を殴られたような衝撃を受けた。次の瞬間、言葉を失い、ただただ泣いた。バケツの水に頭を突っ込んだかのように顔中が涙で濡れた。気づくと隣にいた受刑者も、一緒に泣いてくれていた。18歳で逮捕され、19歳で終身刑を受けたグレンさんは、その時すでに34歳になっていた。

だが、自由を勝ちとったグレンさんのたたかいは、これで終わらなかった。

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