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ロシア・ベラルーシ肥料産業の残酷物語 カルテル崩壊で起きた値崩れ

迷宮ロシアをさまよう
見本市会場に設置されたウラルカリ社とウラルヒム社の展示(撮影:服部倫卓)

ロシアは世界一の肥料輸出国

ロシアの産業では、石油・天然ガスというエネルギー分野が有名です。しかし、実はロシアは世界最大の肥料輸出国でもあるのです。過去10年の主要国の輸出額を、下のグラフにまとめてみました。2015年だけ中国がトップでしたけど、それ以外の年はすべてロシアが1位でした。

無機肥料には、窒素肥料、リン酸肥料、カリ肥料という3種類があり、それぞれに原料および効果が異なります(それらを組み合わせた「複合肥料」という商品も流通している)。注目していただきたいのは、ロシアの場合、その3種類すべてで、世界的な大供給国になっている点です。このような国は、ロシアの他にはありません。

先日、『日本経済新聞』(2020年7月9日)で読んだ記事によると、日本の農業で利用される肥料の93%は輸入に依存しており、その約半分を中国から輸入しているということです。一方、筆者が貿易統計で確認したところ、ロシアからの肥料輸入は決して多くなく、日本の肥料輸入に占めるロシアのシェアは3%ほどでした(2019年、金額ベース)。

日本は、中国という一つの国に頼らず、供給源を多様化するためにも、もっとロシア産の肥料に目を向けてもいいかもしれないですね。そのような思いを込めて、今回のコラムでは、肥料産業のことを取り上げることにしました。

価格上昇をもたらしたカリ肥料の共同販売

無機肥料の中でも、今回特に語ってみたいのが、カリ肥料の分野です。というのも、カリ肥料は生産国および生産者の数が少ないのが特徴であり、ロシアおよびその同盟国であるベラルーシの影響力がひときわ大きな分野だからです(ロシア・ベラルーシの他にはカナダと中国が大生産国)。

カリ肥料の分野では、ロシア側ではウラルカリ社が最大手であり、ベラルーシ側ではベラルーシカリ社が独占企業です。2005年、ウラルカリとベラルーシカリは、合弁で共同販売会社「ベラルーシ・カリ会社(BKK)」を設立し、両社の生産するカリ肥料を輸出販売する機能を同社に一本化しました。その世界シェアは、実に31%。さらに、ロシア側では2011年にウラルカリが別会社のシリビニト社を吸収合併したため、これによりロシア・ベラルーシのカリ肥料産業が完全に一元化された形となり、BKKは40%以上の世界シェアを誇る巨大カリ肥料トレーダーへと躍り出たのです。

カリ肥料の国際市場では、2000年代の後半に価格が高騰しました(ロシアの輸出価格は下図参照)。需要増などいくつか原因はありましたが、ロシアとベラルーシによるBKKの創設は、間違いなくカリ肥料の価格上昇と高値安定に貢献したと言えます。

ロシアとベラルーシは、「連合国家」という枠組みでの国家統合を約束し合っている間柄ですが、現実には両国間でトラブルが絶えず、プーチン・ロシア大統領とルカシェンコ・ベラルーシ大統領の間にもすきま風が吹きがちです。そうした中で、カリ肥料の価格カルテルは、数少ない具体的な協力成果の一つでした。

価格カルテルの崩壊

しかし、BKKによるロシア・ベラルーシのカリ肥料の共同販売体制は、10年足らずで崩壊してしまいます。2012年頃から、ロシア・ベラルーシの双方が、「向こうは、BKKによる一元的な販売という約束に反し、その他のルートでもカリ肥料を輸出している」と、相手国を非難し始めたのです。実際、両国はそれぞれに抜け駆けをしていました。

ベラルーシのルカシェンコ大統領は、2011年にウラルカリがシリビニトを吸収した結果、輸出割当の配分がベラルーシに不利な形で変更されたことに、不満だったようです。また、2010年にウラルカリのオーナーが、ルカシェンコ大統領と懇意だったルィボロブレフ氏から、より野心的なケリモフ氏に交代し、「ウラルカリはベラルーシカリを吸収合併しようとしているのではないか」という疑心暗鬼が、ベラルーシ側に募ったとの指摘もあります。両国による非難の応酬がしばらく続いたあと、ウラルカリは2013年7月、ついにベラルーシ側との提携解消を決定します。

この間、紛争の解決を図るため、ベラルーシ首相の招聘に応じて、ウラルカリのバウムゲルトネル社長がベラルーシを訪問する場面もありました。しかし、あろうことか2012年8月に、ベラルーシ当局は同社長を職権乱用の容疑で逮捕してしまいます。本件は、両国の外交問題にまで発展しました。

一説によると、ルカシェンコ大統領はバウムゲルトネル社長の釈放とカリ肥料紛争解決の条件として、オーナーのケリモフ氏がウラルカリを手放すことを要求したそうです。実際、ケリモフは2013年12月に持ち株を売却し、マゼピン氏という別のオリガルヒがウラルカリを引き継ぎました。

マゼピンは実はベラルーシ出身者であり(現在の国籍はロシアですが)、ルカシェンコ大統領の海外隠し口座の運用を指南しているなどとも言われていました。マゼピンとともにウラルカリを保有・経営することになった盟友のロビャク氏もやはりベラルーシ出身で(現在の国籍はロシア)、両者はミンスクの軍事アカデミーでともに学んだ仲ということです。なお、マゼピンとロビャクは、ウラルカリだけでなく、窒素肥料を主力とするウラルヒム社も支配下に置いています。

「量」を競い合う時代に

このように、ベラルーシと縁の深いマゼピンとロビャクがウラルカリを掌中に収めたことにより、ロシアとベラルーシのカリ肥料連合は復活するかにも思われました。しかし、マゼピンはその後、ルカシェンコ大統領と距離を置くようになった模様です。現実には、ウラルカリとベラルーシカリは、熾烈なライバル同士となっていきます。2014年11月にウラルカリのソリカムスク第2鉱山で大事故が発生し同社が苦境に陥った時も、ベラルーシカリはこれ幸いとばかりに中国市場などで攻勢をかけ、販売増のためには値崩れも辞さない構えを見せました。

ロシアの『エクスペルト』という経済誌が、ロシア・ベラルーシのカリ肥料連合消滅の代償について、次のように論じています。カルテル崩壊を受け、ベラルーシ側は輸出の量を重視する方針に転換した。過去5年間で、ベラルーシカリの生産能力は年間1,000万トンから1,300万トンへと急増している。輸出量は、2012年は610万トンだったが、現在は1,000万トン規模である。ところが、価格の下落により、輸出収入はカルテル解消前と同じレベルとなっている。ベラルーシは2013~2018年にカリ肥料輸出で143億ドルを稼いだが、もしもカルテルが健在なら、年間610万トンのままでも、150億ドルを稼げただろう。

そうした中で、ベラルーシ側はさらに生産能力を拡充しようとしている。ベラルーシカリは年産150万トンの鉱山を建設中だし、ロシアのオリガルヒのグツェリエフ氏がベラルーシで設立したスラブカリ社は2022年に年産200万トンの鉱山を稼働させる予定である。ロシア側も、EuroChem社が2018年にウソリエ鉱山を稼働させ、ボルガカリも含め2024年までに年産800万トンを達成する計画である。ウラルカリも、2024年までには1,400万トンを、2025年以降には1,700万トンを達成したいとしている。専門家によれば、全世界のカリ肥料メーカーの生産能力は2031年までに1億900万トンに達し、その一方で需要は9,600万トンに留まる。世銀は、カリ肥料の価格は継続的に低下すると予測している(『エクスペルト』2019年9月30日~10月6日号)。

価格が低迷する中で、ウラルカリは2015年から無配の状態が続いており、企業利潤税もわずかしか収めていません。巨額の有利子負債に圧迫されており、2019年秋には債務がリスケされなければ破産する可能性があるとの情報も流れました。もっとも、ウラルカリは移転価格を用いて利益を税金の安いラトビアに設立した販売会社に移しているという指摘があり、本当に苦しいのかどうかは良く分かりませんが。

こうした中、ベラルーシカリと中国の需要家(Sinochem、CNAMPGC、CNOOC)は4月30日、新たな供給契約に調印しました。単価は1トン当たり220ドルであり、従来の契約よりも70ドルも安い条件となっています。中国やインドとの契約は国際市場のベンチマークとなるので、今回の契約は国際価格の一層の軟化に繋がると見られています。

このように、カリ肥料産業は、いわば「豊作貧乏」のような状況に陥りつつあるわけです。ロシアとベラルーシにとって、お互いへの疑心暗鬼から共同販売を打ち切ってしまったことの代償は、まことに大きかったと言わざるをえません。