想像してみよう。草間彌生があなたの家の装飾を引き受けてくれる。きゃりーぱみゅぱみゅが結婚式で歌ってくれる。同じようなことが食の世界で起きた。今年5月、ミシュラン二つ星店で、世界のベストレストランに3年連続で選ばれたコペンハーゲンの「ノーマ」のシェフ、レネ・レゼピがハンバーガーをつくってくれたのだ。
ノーマでの食事は通常、飲み物も含め1人6万円以上もするが、ハンバーガーは「たったの」2000円。計画を聞きつけ、実際に出向くことにした。
「私が一番待ち遠しいことは何だろう。(新型コロナ感染防止による)ロックダウンの間、自問していました」。バーガー店として営業再開する前日、レゼピは私に話した。「それは10品のコースではない。一緒にいることを楽しむ、人々のにぎわいでした」
彼は正しかったと思う。ロックダウンが終わると、人々はこの特異な状況下で何を経験し、どんな機会を失ったかを語り合い、ただ楽しみを求め、ともに過ごす時間に没頭した。料理がどうだといった、ノーマのようなレストランで普段聞かれる話に時間を費やす者はいなかった。
ノーマ・バーガーの特徴は、調理の仕方や肉自体のクオリティー、そして発酵させた牛肉にあると教えてくれた。日本特有の麹を、切り落とした肉に混ぜ込み、6カ月間発酵させる。2015年、東京にノーマが期間限定で出店したときに学んだという。もう一つの秘密は、バーガー用のパンが、じゃがいもでできていること。生地に肉汁が溶け出すのを防ぐとされる。
■団らんと、生きている実感と
コロナウイルスによるロックダウンは、レゼピにとっても特に金銭面において「神経に障る」ことだった。政府が大規模な銀行融資を保証し、スタッフの削減は免れたが、それでも今年の売り上げは半減するとレゼピは予想する。22年まで元に戻りそうにないとみるが、こうも言った。「それでも楽しい時間を過ごすことはできるし、創造的になれる。人との団らんを楽しむことができる」。他の高級店の店主たちには「柔軟に、流れに身をまかせること。自分の名誉で自分の首を絞めることがないように」とアドバイスする。
デンマークで経済活動が再開された当初、私は人々が救出された野生動物が野に帰される時のように目をしばたたかせ、恐る恐る姿を見せるのだろうかと思っていた。実際には冬の牛舎生活から解放され、鳴いたり跳ねたりして喜ぶ乳牛に近かった。飲食店の売り上げもたちまち回復。デンマーク人は申し分なく立ち振る舞った。ある警察署長は新聞社の取材に「コロナ危機の間そうだったように、人々は言われた通りのことを実践した」と語っている。日本のみなさんもそうだろうがデンマーク人もまた、法に縛られずともお上が求めたことをやる傾向にある。
ノーマでの食事は、真に人生を変える。何年とはいかずとも何カ月かはずっと考えることになるが、最後には必ず前衛的な残像を残すのだ。私が最後に食事したときに出てきたのは松ぼっくりだった。調理されているとはいえ、まぎれもなく、松ぼっくりだった。ベジタリアンバーガーは、私にとってはそれほどでもなかったが、今回の(バーガーの)牛肉は特別だった。レアで、ジューシーで、くせは強いがうまみのある味わい深いものだった。
「ピクルスを添えてみては」などといった私の些末なあらさがしにもレゼピは根気よく耳を傾け、熟考してから声に出した。「多くのお客さんから『来月にでもミシュランの審査員が来店したらどうする』と聞かれて、『いや、それはよくないな。うちが今出しているのはバーガーなんだから!』と答えました。ただ、星が全てではないでしょう。ここで大切なのは、生きている、安心できるという実感なのです」
ノーマは今月にも通常メニューを再開する。バーガーは奇妙な思い出となるだろう。それでも、販売初日に1200個も売れたのである。初めてにしては、悪くない。(訳・菴原みなと)