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変わる「宇宙開発のゲーム」 新しい時代を開いたSpaceX

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
発射されるSpaceXの宇宙船「クルードラゴン」=2020年5月30日、米フロリダ州のケネディ宇宙センター、ロイター

5月30日、史上初の民間宇宙企業による有人宇宙飛行が見事に成功し、宇宙関係者のみならず、世界中でトップニュースとなった。この民間企業であるSpaceXはテスラ・モーターズを創設したイロン・マスクによって設立された企業であり、これまでのようにNASAやロシア、中国といった国家が主導した有人宇宙飛行ではない点に大きな注目が集まった。もちろん、初の民間企業による有人宇宙飛行は歴史的快挙ではあるが、この打ち上げはそれだけに留まらない、より重要な意味を含んだ成功である。今後の人類と宇宙の関わり方を考える上での補助線を引いてみたい。

10年前に決定された新たな宇宙開発

1981年に初めて打ち上げられ、アポロ計画に続くアメリカの有人宇宙プロジェクトとして続けられてきたスペースシャトル計画。トータルで135回打ち上げられたが、一回あたりの打ち上げコストが高く、135回のうち2回乗組員全員が亡くなる悲劇的な事故を経験している。特に2003年のコロンビア号の事故は、スペースシャトルの構造やデザインに基づく事故であり、このまま使い続けることは限界が来るとみられるようになった。

このスペースシャトルは2011年のアトランティス号の打ち上げを最後にすべてのシャトルが退役することになったが、シャトルに変わる有人宇宙船を開発プログラムとして2010年に商業乗組員計画(Commercial Crew Development:CCDev)が始まり、シャトルに変わるプログラムは民間企業によって商業的に運営されるプログラムにするという方向性が示された。

このCCDevはアメリカの宇宙開発史を考える上で決定的に重要な計画であった。というのも、2010年を境に、アメリカは「低軌道は民間、それより向こうは国」というラインを引いたからである。これは、宇宙開発が始まった当初から想定されてきた「宇宙開発は国がやるべきである」という考え方を根底から覆す決定であった。つまり、国は「宇宙開発はお金になるところは民間が行い、お金にならないものだけ国がやる」という宣言を行ったということである。

宇宙開発は1957年のスプートニク打ち上げに始まり、その後「米ソ宇宙競争」と呼ばれる超大国同士の「国家間競争」という形で展開され、日本や欧州、中国やインドなどがそれに続き、国家主導で宇宙開発を行って米ソに追いつこうとしてきた。こうした「宇宙開発ゲーム」のルールとして、宇宙開発は国家の象徴的なプロジェクトであり、宇宙開発が出来る国は「大国」としての地位を確立し、「宇宙開発クラブ」に参入出来る、という入場券を手にすることになった。日本を含め、多くの国はこの入場券を手に入れるために巨額の予算を投じて宇宙開発を進めてきたのである。

しかし、そうした「宇宙開発ゲーム」のルールを、そのルールを作り出したNASAがひっくり返し、「ビジネスは民間、それ以外は国」という新しいゲームのルールを作ったのである。事実、SpaceXを作ったイロン・マスクは南アフリカで生まれ、現在は南アフリカ、カナダ、アメリカの三つの国籍を持っている。つまり、SpaceXはアメリカに拠点を置き、アメリカの会社と言えるが、もう「国家」や「国籍」ではなく、ビジネスとして成功する企業であれば誰でも参入出来るということになった。

CCDev計画には当初、Amazonの創設者であるジェフ・ベゾスが創設したBlue Origin、伝統的な宇宙産業の雄であるBoeing、そしてBoeingと同じく宇宙産業の巨大企業であるLockheed Martinの合弁企業であるUnited Launch Allianceと宇宙ベンチャーであるSierra Nevada Corporationという会社が参入していたが、このSierra Nevadaの創業者であるファイス・オズメンはトルコ生まれの人物である(国籍は現在アメリカ)。また、CCDevのプロセスの途中からExcalibur Almaz Incという会社が参入したが、この会社はイギリス領のマン島(タックスヘイブンで知られている場所であり、実質的な事業はアメリカ)で創業しており、旧ソ連時代に開発したAlmazという宇宙船を使ってNASAの宇宙飛行士を輸送するという計画を持っていた。このように、アメリカの有人宇宙プログラムは「アメリカの栄光」を背負うような会社でなければならない、というわけではなく、安全で効率よく宇宙飛行士を輸送できる企業であれば良いという判断をしていた。つまり、宇宙に行くのに「国家」を背負う必要はなく、あくまでもビジネスとして宇宙に行く企業を選んだのである。 

伝統的宇宙産業を越えた新興企業

今回のSpaceXによる打ち上げの成功は、もう一つの点で歴史的転換点であった。それは、これまでの宇宙開発と言えば、巨大宇宙企業であるBoeingやLockheed Martinが手がけ、NASAや国防総省のロケットや衛星、宇宙船を作るというのが定番であったのに対し、商業有人宇宙飛行を最初に成功させたのは新興の宇宙企業であるSpaceXだったからである。CCDevは段階的に参加する企業を絞っていき、SpaceXとBoeingが最後まで残った二社であった。これまでの実績と資金力からすればBoeingの方が先に打ち上げると考えられていたにもかかわらず、航空機においてはB737MAXシリーズでトラブルを起こしたように、Boeingは大企業病ともいえる巨大な官僚主義に支配された企業となり、効率的に開発生産出来ない状況になっていた。その点、SpaceXは若いエンジニアを中心に挑戦的なプログラムに取り組み、勢いのある企業であり、そのSpaceXが打ち上げに成功したというのは、新旧の宇宙産業の世代交代を見せつけるものであった。

言い換えれば、宇宙開発を初期から引っ張ってきた、国を中心にし「親方星条旗」のように国の予算に依存してきた企業は、新興企業の追い上げについて行けなくなり、NASAが設定した新しい「宇宙開発のゲーム」で生き残れなくなっているということを示している。実際、無人の衛星打ち上げ事業にしても、SpaceXは今回の有人打ち上げで見せたような第一段目の回収(ロケットの最下部が逆噴射して船に着陸する)をこれまで50回以上成功させており、BoeingがLockheed Martinと合弁で打ち上げているUnited Launch Allianceのデルタロケットやアトラスロケットよりもはるかに安い価格で衛星を打ち上げている。つまり宇宙産業の世界においても、かつての宇宙開発を進めてきた企業は後景に退き、新しい時代に合ったSpaceXのような新興企業が宇宙開発を担うようになってきているのである。 

国の役割はどう変わるのか

民間企業が宇宙開発を担うようになれば、国の役割も変わらざるを得ない。では、国はどのような役割を果たすのであろうか。既に述べたようにNASAは民間を「ビジネス」、つまりロケットや宇宙船を開発し、それを使って収益を上げ、投資を回収するという分野に任せようとしている。既に通信や放送は衛星放送事業などが民営化されており、民間企業がビジネスを行っている。これに加え、有人宇宙船を打ち上げ、そこに一般の旅客を乗せることで宇宙旅行を行うことを想定している。NASAは宇宙ステーションも民営化を目指しており、既に一般の旅行客が滞在する時の価格表を発表しており、ここでは旅行客一人当たり一日33,750ドル(約370万円)に加え、光熱費やインターネット使用料まで決めている。当面はNASAが宇宙ステーションを運営し、有人宇宙船の開発もNASAがCCDevなどのプログラムを通じて開発費を負担することになるが、徐々にこの役割は小さくなっていき、完全に民間に任せることになるであろう。

そんな中で国家の役割はビジネスにならない部分、すなわち月や火星、小惑星といった地球の外にある天体を探査することが第一のミッションになるだろう。これらの天体に行くにはコストが高すぎ、また何が出来るのか、どのようなビジネスが成立するのかが明らかではない。ゆえに民間のビジネスに任せるわけにはいかない。さらに、月面着陸はアメリカが「人類史上初」という栄冠を手にしたが、月の裏側(地球からは見えない地域)に「人類史上初」の探査機を送り込んだのは中国であり、今後、こうした「人類史上初」を巡る国家間の競争は激しくなるだろう。とりわけ注目されるのは火星への有人探査であるが、最短でも片道10ヶ月かかり、往復となると2−3年はかかる可能性のある有人宇宙飛行は、今までの宇宙技術では対応出来ず、さらなる研究開発を進める必要があり、それは民間の投資で賄うことは極めて難しい。SpaceXのイロン・マスクは火星への移住計画を考えているようだが、彼は米中などの国家事業と競合する位置に立っている。

それ以外にも国家の役割はなくならないだろう。それは、宇宙が公的なサービスを支えるインフラとなっているからである。我々がよく知るのは気象衛星による天気予報である。現在は民間の気象情報提供サービスがあるが、これらの事業は国が気象衛星データを無償で提供していることで成り立っている。また、我々がスマートフォンなどで使っているGPS信号というのも、アメリカが公的資金(軍事予算)で運用している衛星から発信している信号を使っている。これは海で言えば灯台に当たる公的なサービスであり、民間が代替することは難しい。加えて、安全保障の目的で宇宙を利用する場合は、国が自らの予算を用いて衛星を開発し、それを打ち上げるロケットを保持することになるだろう。国は民間からもデータや通信サービスを調達することは出来るが(現在もそうしているが)、自らが自由に使える宇宙インフラを保持することで、情報の機密性を担保し、他国や民間企業への依存を減らし、行動の自由を獲得するということを目的に、宇宙開発を続けるだろう。

言い換えれば、これまでの宇宙開発のように、何もかもが国家の予算で行われるような時代は終わり、これからは、国が自らの政策を実行する上で必要な技術や能力を得るために宇宙開発を行うようになる。場合によってはそうした技術を民間にアウトソースし、民間企業に開発費を与えてより効率的で廉価に宇宙インフラへのアクセスや能力を得ようとするだろう。現在でも、日本の防衛省は民間企業が開発した通信衛星を独占的に使用する権利を持ち、民間企業に使用料を払うことで、他国に依存することなく自らの通信能力を保持しているが、民間企業に委託することでより効率的に、またより安い値段でそのインフラを使う権利を買っているのである。

日本の宇宙開発はどうなっていくのか

SpaceXによる民間有人宇宙事業の成功は、「宇宙開発のゲーム」を組み替え、新しい時代を開くこととなった。こうした中で、日本の宇宙開発のあり方も大きく変わらざるを得ない。第一に、日本もこの新たな「宇宙開発のゲーム」から逃れることは出来ない。航空機がそうであるように、今後は「ビジネス」となる部分は民間企業の競争が優先されることになり、国が介入することは競争を歪める「不正な補助金」と見なされる可能性がある。もちろん現時点では、アメリカもCCDevのように民間企業に補助金を与えているところだが、この役割は次第になくなっていき、民間企業が完全に独力で宇宙機を開発するようになれば、WTOの航空機協定のようなものが結ばれる可能性もある。そのことを見越して、今から「ビジネス」となる分野で競争出来るよう、民間企業の競争力を高めていくことが重要である。そのためには、民間ベンチャー企業の育成と共に、既存の宇宙産業である、三菱重工や三菱電機、IHIやNECといった企業の競争力強化を目指した政策をとっていくべきであろう。

第二に、そうした競争力を強化するためにも、「ビジネス」にならない宇宙分野において積極的に投資し、国が宇宙利用を推進していくことが必要であろう。例えば、農水省が行っている作付け調査などは、現在、地上にいる調査員が行っているが、これを衛星データを使って調査するようになれば、より効率的に行うことが出来る。こうした公的目的のために宇宙を利用することを踏まえ、それに向けた衛星やロケットを開発していく必要があるだろう。

第三に、今後宇宙ステーションやそこに行く手段が民間の「ビジネス」となっていくならば、これまで巨額の予算をかけて行ってきた宇宙ステーションの運用から、月や小惑星の探査にJAXAの活動をシフトしていくべきであろう。日本が「人類史上初」の栄冠を手にしたのは、小惑星からのサンプルリターンを行った「はやぶさ」である。こうした日本が他国に先駆けて成功し、競争力を持つ技術分野をさらに強化することで、日本が世界をリードする宇宙開発を行っていくことが求められる。

SpaceXによる民間有人宇宙事業が始まった事で、「宇宙開発のゲーム」は変わり、全く新しい時代に入ったことは間違いない。そうした中で、国際政治における優位性を保つためにも、国が何をすべきかを再検討し、JAXAや各省庁が何をすべきか、また民間にどこまで任せるのか、そしてその民間を道育て、鍛えていくかを考え直していかなければならないであろう。今年発表されることになる、新しい「宇宙基本計画」は、新しい「宇宙開発のゲーム」に合致したものとは言い難いところではあるが、それでも、新しい「宇宙開発のゲーム」に繋がる様々な要素は含んでいる。新しい「宇宙開発のゲーム」で勝ち残るためには、これまで開発してきた技術や強みを活かしつつ、新たなゲームなのだということを良く理解し、頭を切り換えてそのゲームに適合した政策、予算、プログラムを作っていくことが不可欠である。