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映画が現実を動かした~『ドリーム』

シネマニア・リポート
ガーヴィー・マッキントッシュNASAアジア担当代表や前田真紀JAXAこうのとりフライトディレクタ、ジーン・K・アイゼンハット米空軍大佐と臨んだ『ドリーム』試写トークイベント=飯塚晋一撮影

『ドリーム』は米ソ宇宙開発競争が激しさを増す東西冷戦下、1960年代の米国が舞台。人工衛星スプートニク打ち上げ、ガガーリンの有人宇宙飛行と、宇宙分野での「人類初」をソ連に相次ぎ先んじられて焦る米政府は、南部バージニア州のNASAラングレー研究所にはっぱをかける。だが有人宇宙飛行に必須の軌道計算がなかなかうまくいかず、白人の男性研究者たちは頭を抱える。そこで優秀な黒人女性たちが集まる「西計算グループ」から、数学の天才キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン、47)が黒人女性として初めて、アル・ハリソン(ケヴィン・コスナー、62)率いる宇宙特別研究本部へ抜擢される。だが白人同僚からは計算に必要なデータも共有してもらえず、トイレも白人専用しかなく、コーヒーポットも共用できない。それでも、IBMのコンピュター導入以前の時期にあって、複雑な計算や解析を手書きで成し遂げ、宇宙飛行士ジョン・グレン(グレン・パウエル、28)やハリソンらに認められてゆく。その傍ら、管理職への昇進を希望しながら黒人ゆえに認められない西計算グループのリーダー格ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー、47)や、エンジニアを志すも肌の色ゆえに道を閉ざされてきたメアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ、31)も、それぞれ道を切り開いてゆく。

『ドリーム』より ⓒ 2016 Twentieth Century Fox

超優秀な彼女たちの物語に対しておこがましいが、自分のこれまでと重ねながら私は今作に見入った。懸命に作った書類に名前を入れてもらえなかったり、情報を共有してもらえなかったり、前例がないと言われたり。しかも、それが一応はルールや常識だったりする。女性に限って語るのも今やナンセンスではあるが、ジェンダーギャップ指数が世界で111位の日本の女性たちが、多くの場面で共感を覚えるのではないだろうか。

私が最も心にグッときたセリフがある。エンジニアをめざしたメアリーの「私たちが成功しそうになると、ゴールをずらされる(Every time we have a chance to get ahead, they move the finish line.)」。膝を打ちまくって痛くなったほどだ。

それでも彼女たちは、実力でもってゴールをものにした。繰り返し言うが、舞台はバージニア州。最近も白人至上主義者が集まり、彼らに抗議する人たちと衝突、死傷者が出たシャーロッツビルのある南部の州だ。公民権法以前のこの地域が、非白人の女性にとってどんなに厳しい環境であったか。

『ドリーム』より ⓒ 2016 Twentieth Century Fox

米国で昨年末に公開されると、全米での興行収入は2週連続で首位、11週連続でトップ10入りの大ヒット。アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演女優賞の3部門にノミネートされ、授賞式には現在99歳のキャサリンが今作のキャストとともに車椅子で登場し、スタンディングオベーションを受けた。これを機に非白人女性たちへのSTEM(科学・技術・工学・数学)教育を盛り上げようと、全米で無料チャリティー上映も相次いだ。在日アメリカ大使館によると世界80カ国以上のアメリカ大使館が、現地で上映したいとの要望を本国に寄せた。

その一環として日本では9月15日、東京の有楽町朝日ホールで今作の試写トークイベントが開かれた。配給の20世紀フォックス映画が主催、在日アメリカ大使館とNASA、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が協賛し、科学や数学などを学ぶ日本の学生たちが招かれる中、私が司会を務めた。登壇したのはアフリカ系米国人と日系米国人、そして日本人。1960年代の南部にいればジム・クロウ法のもと、白人のトイレを使わせてもらえなかったであろう面々だ(同じ非白人でも当時のアジア系の扱いは場合によって違ったりするものの)。

『ドリーム』試写トークイベントの冒頭、スピーチする在日アメリカ大使館のサマンサ・ユレット安全保障政策担当書記官=飯塚晋一撮影

冒頭のあいさつに立ったのはアメリカ大使館の政治部で安全保障政策を担当するサマンサ・ユレット書記官。米国務省に外交官として入省、ベトナム・ホーチミンやシンガポールを経て東京に赴任、平和維持活動や対テロ、サイバーセキュリティー問題などを担当している。ユレット書記官は、原題が「隠された人物、あるいは図式・データ」を意味するHidden Figuresであることに触れ、「これは1960年代の女性や有色人種の闘いを表している。女性、そしてアフリカ系米国人は陰に隠れていなくてはならない、人目についてはならない、声を上げてはならない、かつそれを守らなくてはならないと思われてきた」と語り、拍手を浴びた。

ユレット書記官は、米国務省が発表した「Hidden No More(もう誰も陰に隠れない)」にも触れた。数学や科学の分野で働く50カ国の「知られざる才能」の女性たち50人を米国に3週間招き、首都ワシントンなどで米国のリーダーたちと交流してもらうプロジェクトだ。米誌ハリウッド・リポーターによると、映画を機に国務省が予算をつけて事業を立ち上げるのは初めてだという。トランプ政権下、こうした地道な取り組みが生まれるのは心強くもある。

『ドリーム』試写トークイベントで語るガーヴィー・マッキントッシュNASAアジア担当代表、ジーン・K・アイゼンハット米空軍大佐、前田真紀JAXAこうのとりフライトディレクタ(左から)=飯塚晋一撮影

トークイベントには、8月に東京に着任したばかりのガーヴィー・マッキントッシュNASAアジア担当代表と、JAXAの前田真紀HTV(こうのとり)フライトディレクタ、ジーン・K・アイゼンハット米空軍大佐が登壇した。アイゼンハット大佐は日系4世で、ミドルネームのKは「喜恵子」なのだと教えてくれた。

JAXAで人工衛星の追跡管制・軌道計算を担う立場から、今作をどう見たか。前田フライトディレクタは「コンピューターのない時代を想像するのも難しい。膨大な計算を正確にやらなければ宇宙飛行士の生命にかかわるというものすごいプレッシャーの中で、自信をもって『これで大丈夫です』と伝えるのはものすごいこと」と語った。

『ドリーム』より ⓒ 2016 Twentieth Century Fox

マッキントッシュNASA代表は「それも彼女が性別を超えて、知的で大きく信頼されたから。学生やみなさんに知ってほしいのは、勉学に励めば人々は目をとめるということです」と参加者に呼びかけた。ちなみにマッキントッシュ代表はNASAに入る前に長崎で4年間、英語を教えたことがあり、壇上では日本語で語った。

アイゼンハット大佐は米空軍で、軍事衛星通信システムの運用など宇宙分野に25年以上携わり、2015年から横田基地で第5空軍司令官首席補佐官を務める。その彼女も、今作の3人の女性たちについてはこれまで知らなかったという。彼女は米空軍の女性登用について、「1993年から戦闘機パイロットの職について、2016年からは全分野が女性に開かれるようになった。今は女性が2割近くを占める」と説明した。前田フライトディレクタは「JAXAも女性職員は約2割いる。ただ、技術系に限ると1割ちょっと。まだまだ女性が活躍する余地は大きい」と話を継いだ。

『ドリーム』試写トークイベントを無事終え、登壇者のみなさんと=飯塚晋一撮影

今作の舞台になったNASAの人たちとよく仕事をしてきた前田フライトディレクタによると、「NASAは非常に女性が多い。そして、強い」のだそうだ。それでも、NASAに約15年身を置くマッキントッシュ代表に言わせれば、「確かにNASAの女性の地位は良くなったけれど、会議に出るとほとんど男性ばかり、ということがよくある。道のりはまだ長い」とのことだ。

これを受けて私は壇上でも話したが、マッキントッシュ代表の言葉は、だからこそ一緒にさらに切り開いていこうよ、という私たちへの呼びかけでもある。会場には、先進的な理数教育を実施する「スーパーサイエンスハイスクール」の指定校、文京学院大学女子高校(東京)の2年生たちも招かれていた。観客席で取材したGLOBEの市川美亜子記者によると、生徒のひとりは「少し前の時代にここまでの人種差別があったなんて。乗り越えるものがたくさんあって大変だっただろうな」と語った。物理に興味があるという別の生徒は「女性たちがこんなにも強くて、すごいな。かっこいい。自分もがんばらなくちゃ、と思った」と話した。彼女たちは終了後も熱心に登壇者の元に集まり、英語での話にも耳を傾けていた。「外交官になりたい」という女子生徒もいて、ユレット書記官と記念撮影していた。

『ドリーム』試写トークイベントに参加した日本の学生たちも、登壇者たちとともに記念撮影=飯塚晋一撮影

「日本はもう男女平等でしょ」「男性差別もある」と言う人も多いこの頃。あるいは、「ジェンダー問題は聞き飽きた」という声も、悲しいながらよく聞く。だけど、乗り越えるべきものがやっぱり今もあることを無視はできないな、と大人の責任として感じる。将来に目を輝かせていた女子学生さんたちのためにも。