いま世間の関心もメディアもコロナ一色ですが、ちょうどウィルス感染が日本で広まり始めた2月中旬に、著者在住のインドネシア・バリ島で、ソーシャルイノベーション業界における東南アジア最大級のカンファレンスが行われました。開催自体危ぶまれましたが、22カ国から350人以上の参加者が集結しました。
その集まりの主催者は、アジア・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワーク(AVPN)というシンガポールを拠点とするアジア最大級のネットワーク。
2010年に設立された同団体には、世界中から600団体を超える企業、NGO、中間支援団体、研究機関がメンバーとして参画しており、毎年シンガポールで開催される年次総会には40カ国以上から1,000人を超える参加者が集まります。今回のバリ島カンファレンスは、初の「東南アジア版」という位置付けで、広いアジア圏の中で、それぞれの地域の優先課題を掘り下げ、コミュニティを強化していくという背景がありました。
バリ島でのカンファレンス初日、インドネシアの観光大臣ウィシヌタマ・クスバンディオ氏が基調講演を行いました。インドネシアやアジア諸国では政府高官が大きな集まりの幕開けを担うのが定番。観光大臣は、このカンファレンスを皮切りにイノベーティブな課題解決型コラボレーションが生まれることを期待すると話しました。
余談ですが、この観光省の正式名称は、「インドネシア共和国観光クリエイティブエコノミー省」と2019年に改名されました。「クリエイティブエコノミー(創造経済)」という概念自体日本では聞きなれないですが、元々20年ほど前からイギリスで広まり、近年インドネシアで成長産業として着目され、省庁の名前になるまでポテンシャルを評価されています。
アクセレレーターのアクセレレーション
ここ最近、ソーシャルイノベーションの文脈で、新たに注目されているのが、中間支援団体の重要性。
日本、アメリカ、途上国、どの地域でも、ベンチャー企業は様々な金銭的支援、人的支援のもと成長していきます。その支援はインキュベーターやアクセレレーターと呼ばれる中間支援団体(Intermediaries)を介して提供されるケースが多いです。シリコンバレーでの有名所には、Y Combinatorや500 Startupsがあり、スタートアップに関心示す投資家が集まる舞台でもあります。
ソーシャルベンチャーの業界でも状況は似ています。途上国・新興国では、Echoing GreenやVillage Capitalという団体の支援を受け、それらのネットワークに入ると、箔が付き、支援の対象になりやすくなり、「支援の好循環」にハマる確率が高まります。
そんな「中間支援団体」は、ソーシャルイノベーションのエコシステムに欠かせない存在であり、全世界的に数が増えている一方ですが、個々の国において中間支援の特徴や質は様々です。そこで最近注目され始めたのが、「中間支援の支援」。ソーシャルアクセレレーターのアクセレレーション。たとえて言えば、医者や看護師のように誰かをケアする人たちをケアするようなものです。
話を戻すと、今回バリ島のカンファレンスで、社会的インパクトに特化したアクセレレーター用のガイドブックがリリースされました。オーストラリア政府がODAで立ち上げたFrontier Incubatorsという取り組みが発行しました。
このガイドブックのリリースは、ニッチな情報かと思われるかもしれないですが、かなり画期的なことなのです。
社会課題解決の取り組みをどのように応援・支援するべきか、団体や国境の壁を超えてベストプラクティスを追求した知識、経験、教訓の宝庫とも言えます。このリソースが今後多くの団体に使われると、情報が更に共有・更新され、中間支援のクオリティが上がり、エコシステム全体の進化につながると著者は考えています。
女性エンパワーメントの新たな波
今回のサミットで、一番注目されたトピックは「ジェンダー」。セッションの多くは女性エンパワーメント関連が多く、優先順位の高さは参加者に一目瞭然でした。
その背景には、カンファレンスのスポンサーの中に、女性エンパワーメントにフォーカスしている影響力の強い機関が3つありました。それは、笹川平和財団、ゲーツ財団、オーストラリア政府。
笹川平和財団は、ジェンダーに特に注力をしていて、2017年に「アジア女性インパクト基金」という100億円の基金を立ち上げ、資産運用およびその運用益を活用し、アジア地域の女性活躍および東南アジアの女性起業家を支援しています。サミットには、財団の大野修一理事長も参加し、「エコシステム作りに取り組む団体や中間支援団体と協働で女性起業家を支援していきたい」という趣旨のプレゼンを行いました。
また、その登壇を通して、女性のエンパワーメントやジェンダー平等促進を目的とした「ジェンダーレンズ・アクセラレーション・ツールキット」を発表しました。カタカナ続きで少々分かりにくいのですが、簡単にいうと上記のアクセレレーター用ガイドブックの「女性支援版」のようなもので、よりジェンダーを考慮した支援を提供できるよう促すリソースです。
このツールキットは英語を含む4か国語でインターネット上で無料公開されていて、投資家や中間支援団体が女性支援のためのガイドブックとして、起業家の選考プロセスから支援ガイドライン・フレームワークが体系的に紹介されています。
実は、ジェンダー課題については、20年以上も前の1990年代から「ジェンダー・メインストリーミング」という名の下、国連機関や国際会議ではその重要性が謳われてきました。今、同じようなジェンダー波が、進化し、影響力を増して、アジアのソーシャルイノベーションに押し寄せているのかもしれません。
「気候ファイナンス」という商機
本サミットのもう一つのキーテーマは気候変動・危機。
ただ、セッションの数は二つ(SEED Climate Finance LabとScope of Returns on Investments in Climate Smart Solutions)にとどまり、両方ともファイナンスに重きを置いていました。今後10年、20年スパンで、気候危機の社会や環境問題に対するインパクトを考えると、セッション数も切り口も増やしていく必要性を著者は個人的に感じました。
社会的投資を促すネットワークとしてAVPNは、この二つのセッションを通して、再生可能エネルギー事業への投資などの「climate finance(気候ファイナンス)」の事例を紹介し、その需要と供給を高めるのが狙いのようでした。
その市場規模は十分大きいです。国際金融公社(IFC)によると、新興市場における「気候ファイナンス」には23兆ドルの価値があり、そのうちアジア地域が18兆ドル近くの初期投資の機会を占め、民間投資の対象として優れた領域であると勧めています。
ただ、気候危機に限らず、昨今、社会的投資の分野で、重要課題として挙げられるのが、金融機関にアクセスできないセグメント「missing middle(ミッシングミドル)」です。
厳密な定義はありませんが、一般的に中小企業が存続や成長に必要なのは500万円から5000万円と言われています。それ以下の投資はリスクが少ないのでマイクロファイナンスなどの金融機関が支援しやすく、それ以上であると銀行や投資家がリターンを求めて、まとまった額を出資しやすいレベルになります。その中間はリスクが高い割にリターンを求められないの「ミッシングミドル」となるわけです。
いま気候ファイナンスの分野では、いかにこのミッシングミドルの穴を、銀行、開発金融機関、インパクト投資家、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル、政府機関といったプレーヤーが埋めていくかが鍵となっています。
東南アジア市場の成熟度と魅力
今回のバリ島サミットでは、中間支援、ジェンダー、気候危機という三つのトピックが光りましたが、業界全体では農業や漁業といった第一次産業でもイノベーションが強く求められています(ブルーエコノミー・海洋経済についてはこちらの記事)。
サミットの感想として、AVPNの東アジア地域統括の伊藤健氏は、市場の成熟度に着目し、次のように話していました。
「これまでの会議では、『社会的投資とはなにか、どのようにエントリーできるか』というような事例紹介が多かった印象ですが、今回の会議では、社会的インパクト投資のデュー・ディリジェンス等、具体的な手法についてのセッションがいくつか見られ、市場の成熟の進展を感じました」
東南アジア市場は、成熟の進展を遂げるとともに、多様性も増しています。アプリやITプラットフォームを駆使した先進的な教育やヘルスケアのベンチャー事業も数多く出てきています。社会課題も、それに対するソリューションも多いのが、東南アジアにおけるソーシャルイノベーションの魅力かもしれません。
調査協力:島田颯