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韓国の大学で「在日コリアン映画祭」開催 大島渚から「パッチギ!」まで語り合う

現地発 韓国エンタメ事情
映画「月はどっちに出ている」から©「月はどっちに出ている」製作委員会

11月8、9日、ソウルの東国大学で「在日コリアン映画祭」が開かれた。在日コリアンにまつわる研究プロジェクトを進める東国大学日本学研究所の主催で、初めての試みだった。私自身、同研究所の所属で、企画から当日の進行まですべてに携わった。

在日コリアンの登場する日本映画4本を上映し、作品について日韓の研究者や映画プロデューサーに対談してもらった。学内の100席ほどの小劇場だったが、両日で約200人が参加した。

そもそも、昨年12月、東京で開かれた日本大学芸術学部映画学科主催の映画祭「朝鮮半島と私たち」に刺激を受け、「東国大学でもやろう!」と企画が始まった。在日コリアンへの韓国の一般の人たちの関心は決して高いとは言えない。研究所では学会も主催しているが、やはり一般の人たちの関心を引くには「映画」の力は大きい。

1日目はいずれも大島渚監督の「帰って来たヨッパライ」(1968)と「絞死刑」(1968)、2日目は井筒和幸監督の「パッチギ!」(2005)と崔洋一監督の「月はどっちに出ている」(1993)を上映した。2日目の上映後、この2本をプロデュースした李鳳宇(リ・ボンウ)さんに対談に参加してもらった。

「月はどっちに出ている」は、今年、9月東京を皮切りに日本でリバイバル上映が行われている。映画雑誌「キネマ旬報」創刊100周年特別企画で、1990年代日本映画ベスト・テンをアンケートした結果、ベスト1に「月はどっちに出ている」が選ばれたためだ。個人的にも大好きな作品だが、それほど日本で支持される作品なのだ。

ところが、李鳳宇さんと対談した、韓国の聖公会大学の趙慶喜(チョ・ギョンヒ)教授によると「韓国ではなぜかあまり受けない」そうだ。理由は定かでないが、あの90年代の東京の混沌とした多国籍な雰囲気が通用しないのだろうか。岸谷五朗演じる主人公忠男は確かに在日コリアンだが、ヒロインはフィリピン女性で、忠男の母に差別されたりもする。一方的に差別を受ける「かわいそうな」在日コリアンではない描かれ方が画期的だったが、それがむしろ多くの韓国の人が考える「日本で差別される」在日コリアン像とは程遠く、受け入れがたいのかもしれない。

李さんは「『月はどっちに出ている』の在日コリアンを見たら、『こんないい加減なチンピラみたいな在日もいるのか』と思われるかもしれない。でもそれも一つの現実」と話した。趙教授は「日本では最近、在日コリアンを正面から扱う映画が作りにくい雰囲気になっていると思う。韓国では『ウリハッキョ』をはじめ朝鮮学校のドキュメンタリーがいくつか作られてきたが、劇映画やドラマなどでもっと多様な在日を描いてほしい」と期待を込めた。

映画祭のポスター

一方、1日目の大島渚作品。なぜ今大島渚か、と思われるかもしれない。2本とも半世紀前に作られた映画だ。世界的に知られる「絞死刑」をはじめ、韓国でも大島作品についてはある程度研究されてきた。韓国や在日コリアンについて積極的に取り上げた大島について韓国ではこれまで肯定的な評価が多かったが、今回は批判的な視点も持って見直す意図があった。

対談には、名古屋大学准教授の小川翔太さんと釜山大学講師で映画監督の蔡炅勲(チェ・キョンフン)さんが登壇した。通訳を介してだが、2時間を超える長時間の対談となった。二人の共通認識は、大島は「戦後日本を映す鏡」として、韓国や在日コリアンを映画に登場させたということ。韓国や在日コリアンを通して、日本の戦争責任や植民地支配などのテーマが浮き彫りになる。

一方、女性の描写に関しては問題点が指摘された。小川さんが「米国の大学で講義した際、女性蔑視の側面があるとして学生から反発があった」と話すと、蔡さんも「韓国の大学の講義でも同じ指摘が出た。女性への暴力や女性の身体を見せることを不快に感じる学生が多かった」と、同意した。蔡さんはさらに「大島が描く男性による女性への暴力は、日本という国家による在日コリアンなど他者への暴力のアレゴリー(比喩)でもあったが、国家暴力と女性への暴力は違う。そこが大島の限界だったように思う」と指摘した。私自身、大島作品の日本国家に対する鋭い視点には共感しつつ、後味の悪さが残る理由について少し理解ができた。

映画を通して韓国で在日コリアンへの理解が深まる機会になれば、という一つの試みの映画祭。「自画自賛」のようだが、個人的にも新たな発見の多い映画祭だった。