2月に日本で公開予定の韓国映画「金子文子と朴烈」(イ・ジュンイク監督)には、「どこかで見たような…」という俳優が何人か登場する。舞台は、関東大震災(1923年)前後の東京。日本人役として、日本人や在日コリアンの俳優がたくさん出演している。そのうちの一人は、金子文子と朴烈の弁護を担当する、布施辰治弁護士役を務めた、山野内扶(やまのうち・たすく)さんだ。
韓国で活動する日本出身の俳優ということで、ソウルでお会いした。2003年に韓国へ来るまでは日本で劇団に所属し、舞台を中心に映画やテレビにも出演していたそうだ。私が「どこかで見た」と思ったのは、2003年放送のNHKの「ハングル講座」に出演していたからだった。2003年と言えば、韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で放映され、韓流ブームに火が付いた年だ。「ハングル講座」も視聴者が一気に増えたという。山野内さんは、番組の中のミニドラマに日本人留学生「吉田くん」の役で登場した。実際の撮影は2002年で、放送時の2003年は、吉田くんを演じた山野内さんは、本当にソウルの延世大学に語学留学していた。「吉田くんに会いに来ました」と、ソウルに訪ねてくるファンも多かったという。
山野内さんと韓国との縁は、2001年に始まる。出演した映画「L'Ilya イリヤ」(佐藤智也監督)が、富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭で上映されることになり、来韓した。その時、映画祭で出会った韓国人女性と、2003年秋に結婚することになる。遠距離恋愛を経て、2003年に山野内さんが韓国語を学ぶために来韓し、そのまま15年間韓国で暮らしている。
韓国映画界に関わるようになったのは、2003年に撮影された韓国映画「風のファイター」の日本語指導を務めたのがきっかけだった。極真空手の創始者で在日コリアンの大山倍達をモデルにした漫画が原作の映画だ。近年は日本人役で韓国映画に出演する機会が増え、「金子文子と朴烈」の他にも、「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」「ハー・ストーリー」などにも出ている。
中でも、「金子文子と朴烈」の布施弁護士役が印象的だった。この映画は、金子文子や朴烈はもちろん、布施弁護士を含む主な登場人物はそれぞれ実在の人物がモデルになっている。山野内さんは、役作りのために布施弁護士について調べるうち、心から尊敬するようになったという。「一貫して民衆の側に立った弁護士だった。挫折するようなことがあっても、這いつくばってでも前に進もうとする人」
関東大震災後、朝鮮人が放火したり、井戸に毒を入れたりしているというデマが流れ、多くの朝鮮人が殺された。そんな混乱の中、アナーキストの金子文子と、その相方である朝鮮人の朴烈が逮捕され、天皇暗殺を図ったという大逆罪がでっち上げられていく。布施弁護士はこの裁判で二人を弁護した。布施弁護士は、この事件以外にも多くの朝鮮人や共産党員らの弁護活動に邁進し、戦前・戦中に弁護士資格を2度剥奪され、自身も獄中生活を送った。韓国政府は2004年、朝鮮独立運動に寄与した人物に与える「建国勲章」を、日本人で初めて布施に授与した。
「金子文子と朴烈」は、布施弁護士のほかにも日本人役が多いが、金子文子は、韓国の女優、チェ・ヒソが演じ、韓国内の新人賞を多数受賞した。小学生の頃日本で暮らした経験があり、日本語はネイティブレベルだ。その他、朝鮮人虐殺を誘導し、その隠ぺいのために金子文子と朴烈の大逆罪でっち上げを画策した水野錬太郎内務大臣役は、韓国映画の日本人役として大活躍中の在日コリアンの俳優、キム・インウ、裁判長役は、東京の劇団「新宿梁山泊」代表で在日コリアンの金守珍(キム・スジン)が演じた。山野内さんは、「東京で演劇をやっていた頃から憧れの存在だった金守珍さんと共演できたのも感激でした」と話す。
山野内さんは、今後も韓国映画への出演が続く。現在撮影中の「國之語音」には、お坊さんの役で出演する。ソン・ガンホが主演し、ハングルを作った世宗大王を描いた映画だ。自ら「何でも屋」と言うほど、日本語教材の声優や、K-POPアイドルの日本語指導、通訳翻訳など、日韓に関わる色んな仕事に従事している山野内さんだが、映画ファンとしては、スクリーンで会える機会が増えてきたのがうれしい。