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釜山国際映画祭で「脱北者」と「朝鮮族」が目立ったわけ

現地発 韓国エンタメ事情 更新日: 公開日:
「ビューティフルデイズ」主演のイ・ナヨン(中央)と息子役のチャン・ドンユン(右)=成川彩撮影

アジア最大級の映画のお祭り、第23回釜山国際映画祭が10月4~13日、釜山市で開かれた。今年の上映作の中で目立ったのは、「脱北者」と「朝鮮族」の登場する映画だった。脱北者は、北朝鮮から逃れてきた人たち。韓国には3万人を超す脱北者が暮らしている。一方、朝鮮族は中国の少数民族で、主に中国吉林省延辺朝鮮族自治州(延辺)に住んでいるが、韓国に出稼ぎに来てそのまま暮らす人も多い。いずれも韓国内のマイノリティーだ。

まずは、4日の開幕式で上映された開幕作「ビューティフルデイズ」(ユン・ジェホ監督)。主人公は、北朝鮮から中国を経て韓国に逃げた脱北女性だ。映画は韓国の女性の勤務先に、中国から息子が訪ねてくるところから始まる。母は父と自分を捨てた裏切り者と思っていた息子は、母の日記を通し、なぜ韓国に逃げざるを得なかったのか、性的搾取など脱北者ゆえに受けた過酷な過去を知る。

ユン監督はパリにいた頃、ある朝鮮族の女性と出会ったことが、この映画を作るきっかけになったという。中国にいる息子と9年間会えないでいる事情を聞き、監督自ら中国まで息子に会いに行った。「この映画は、家族の意味、離別や再会についての問いを投げかける映画」と話す。脱北者を取り巻く現実は厳しくても、「和解」という温かいメッセージのこもった映画だ。「南北分断後に生まれた世代として、南北が今やっと対話できるようになったことを肯定的に捉えている」と、映画の母と息子の関係を南北関係に重ねた。

「ビューティフルデイズ」のポスター=成川彩撮影

脱北女性を演じたイ・ナヨンは、実生活で俳優のウォンビンと結婚し、子育て中の母の身で6年ぶりにスクリーンに復帰した。母役を演じたことについて「以前よりも共感できる部分が増えた」と言う。口数の少ないキャラクターで、主人公だがセリフは少ない。ユン監督は「多様な内面をセリフではなく、表情や雰囲気で表現してくれた」と評価する。悲劇的な状況の中でも、自分なりの方法で幸せになろうとする主人公のたくましさがまぶしかった。

注目作を紹介する「ガラ・プレゼンテーション」部門で上映された「群山:ガチョウを歌う」(チャン・リュル監督)には、役の比重は小さいが、朝鮮族が何度か登場する。監督自身が延辺出身だ。メインは、主人公ユニョン(パク・ヘイル)と、ソンヒョン(ムン・ソリ)が群山を訪れる話。ソンヒョンはユニョンの先輩の元妻という、ちょっとややこしい関係だ。この二人の演技を見ているだけでも楽しい映画ではあるが、歴史的な背景まで知るともっと楽しめる映画だ。

「群山:ガチョウを歌う」の場面写真。パク・ヘイル(左)とムン・ソリ(トリプルピクチャース提供)

映画の中でたびたび言及される詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ)は、韓国で最も愛される詩人だ。ユニョンとソンヒョンも共に尹のファンで、ソウルの「尹東柱文学館」を訪れる場面もある。尹東柱は日本留学中に治安維持法違反の疑いで逮捕され、福岡刑務所で獄死している。日本統治下で禁じられたハングルで詩を書き続け、詩集「空と風と星と詩」は彼の死後、韓国で出版されてベストセラーとなった。2016年に映画「空と風と星の詩人~尹東柱の生涯」(イ・ジュンイク監督)が公開され、再び注目を集めている。

タイトルにもなっている群山は、全羅北道の港湾都市。日本統治下では多くの日本人が暮らし、日本家屋が今も多く残る。ユニョンとソンヒョンが群山で過ごす民宿も日本家屋だ。しかも民宿の主(チョン・ジニョン)は福岡出身だという。といっても日本人ではなく、在日コリアンだ。群山の日本家屋も、在日も、日本統治が生み出した存在だ。

民宿の主の出身が福岡なのも、在日なのも、尹東柱に絡めた設定のように思う。いつかふと、尹東柱が獄死しなければ、戦後、在日として生きたかもしれないと思ったことがある。それでも韓国で最も愛される詩人になっていただろうか、と。

「群山:ガチョウを歌う」の場面写真。パク・ヘイル(左)とムン・ソリ(トリプルピクチャース提供)

一方、 尹東柱は朝鮮族でもある。韓国社会での朝鮮族に対する視線は時に差別的だ。韓国語を話すが、イントネーションの違いがあり、国籍も韓国に帰化しなければ中国籍だ。家政婦として働く女性も多く、映画の中でもユニョンの家の家政婦が朝鮮族だ。その家政婦が尹東柱の親戚にあたることが分かった瞬間、女性に対する蔑んだ視線は一気に尊敬の視線に変わる。朝鮮族として6年間韓国で暮らした監督ならではの感覚で、朝鮮族に対する韓国社会の矛盾した視線がユーモアたっぷりに描かれていた。全体に詩のようなふわっとした雰囲気ながら、裏テーマとして朝鮮族や日本統治の名残が見え隠れする、奥行きのある作品だった。

脱北者にしても、朝鮮族にしても、同じ民族ながら韓国社会での共生が課題となっている存在だ。近い将来南北の人的交流が活発化しそうな中で、釜山国際映画祭の意図的なプッシュ作品だと思う。