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北朝鮮から贈られたマツタケと父

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今年の南北首脳会談後、北朝鮮が贈ってきたマツタケ=韓国大統領府提供

私の父は1929年1月、北朝鮮の開城(ケソン)で生まれた。かつて918年に韓半島の統一を果たした高麗の首都だった。高麗ニンジンで有名も有名だし、「開城商人」という言葉があるほどの商都でもあった。白菜を入れたマンドゥ(ギョーザ)でも有名だ。2016年4月に北朝鮮の4回目の核実験で中断してしまった開城工業団地もある。

北朝鮮が今年、インドネシアで開いた展示会で販売していた高麗ニンジンを使った各種製品=崔在雄撮影

父は韓国(朝鮮)戦争直前の1949年、当時は韓国領だった開城から更に南にやってきたが、戦争で戻れなくなった。開城には父の母、私の祖母が住んでいた。父は常々、「一目会いたい」と訴え、秋夕(チュソク・旧盆)や旧正月の名節には亡くなった祖父の祭事はしても、祖母の祭事は決してしようとしなかった。

2000年6月の南北首脳会談後、離散家族の面会が始まった。父も申し込んだが、当時は70代で、「比較的若い世代」という理由で選ばれなかった。

06年、当時は許可されていた開城観光に両親らと共に参加した。父にとって約60年ぶりの故郷訪問だったが、間もなく観光は中断した。父は「開城には行ったが、故郷の消息を尋ねる雰囲気はなく、母の行方もわからずじまいだった」と話す。「何とかもう一度、死ぬ前に故郷を訪れたい」というのが父の最後の望みだ。

2014年当時、韓国赤十字が記録用に撮影した両親の映像

今年9月、平壌では3回目となる南北首脳会談が行われた。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は文在寅(ムンジェイン)韓国大統領に2トンのマツタケを贈った。青瓦台(チョンワデ・韓国大統領府)は「離散家族の皆さんを慰労したい」として、4千人に500グラムずつマツタケを贈った。

韓国メディアによれば、このマツタケは北朝鮮の名産地、七宝山(チルボサン)で採れたもので、500グラムの価格は45万~70万ウォン(約4万5千~7万円)もするという。

私も淡い期待を抱いた。父が抱く「離散の恨(ハン)」をマツタケが少しでも和らげてくれるかもしれないと思ったからだ。統一省に尋ねると、1928年以前に生まれた人だけに支給したということだった。淡い期待はそのまま消え去った。

2007年の南北首脳会談当時、北朝鮮のマツタケを贈られた盧武鉉大統領(中央)=韓国大統領府提供

今、韓半島では30代の若い指導者、金正恩氏と老練なトランプ米大統領による「非核化ゲーム」が進行している。韓国政府は仲裁者の役割を演じるのに忙しい。彼らが唱える「戦争のない韓半島」「再統一」が実現する日はいつ来るのだろうか。

9月24日、今年の秋夕の日、父の自宅に親族が集まった。私は父に、マツタケの話をした。「わずか1歳の差で、残念でした」と語りかけたが、最近、健康の優れない父は、ほろ苦い笑顔を浮かべた。この日は、祖母のことを思い浮かべたようだった。「お袋が作ってくれる温かいマンドゥクッ(ギョーザ汁)を一杯、食べられたら」と漏らした。