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歴史的リアリティショーだった米朝首脳会談

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:

終始固い表情だったトランプ大統領と金正恩委員長。史上初めての米朝首脳会談は世界中の注目を集め、これまで実現出来なかった北朝鮮ないしは朝鮮半島の非核化が実現するかもしれないという熱い視線が注がれた。というのも、前日まで予備交渉の実務を担っていた米国のポンペオ国務長官は「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」を実現すると公言し、トランプ大統領は「準備万端」と豪語していたからだ。多くの人に「もしかしたら」、今度こそ北朝鮮の核兵器が廃棄され、北東アジアの秩序が大きく変容するかもしれないという期待が高まった。しかし、結果を見るとその期待とはほど遠いものになった。今回の首脳会談の結果は、これからの世界にどのような意味を持つのだろうか。

 「朝鮮半島の非核化」の意味

共同宣言で最も重要なのは「朝鮮半島の完全な非核化」という表現が使われた点である。

元々「朝鮮半島の非核化」は1990年代に北朝鮮が使い始めた用語で、これは北朝鮮が核兵器を持たない時期に、当時韓国に配備されていた戦術核の撤去とグローバルな核廃絶を求める用語であった。北朝鮮にとってこの用語は、北朝鮮に対するいかなる核兵器による威嚇も認めないという意味となる。トランプ大統領も米韓合同軍事演習の縮小や将来的な在韓米軍(在日米軍も含みうる)の撤退を記者会見で述べるなど、「北朝鮮が求める朝鮮半島の非核化=北朝鮮の体制保証」を具体的に示したといえよう。言い換えれば、北朝鮮が現在持つ核兵器や核開発能力の廃棄という「アメリカが求める朝鮮半島の非核化=北朝鮮の非核化」に関しては具体的な措置は何一つ明らかにされず、トランプ大統領の記者会見でも「金正恩委員長は共同宣言を実行すると信じる」「我々は信頼を築き上げた」と両首脳の人間関係が築けたから合意は実行されると位置づけ、検証可能性や不可逆性については置き去りにした。

トランプ大統領が過去の北朝鮮との非核化交渉からどの程度教訓を得ているか不明だが、検証も査察もないまま、北朝鮮の言葉を信じて非核化を進めることは現実的とは言えない。金正恩委員長がトランプ大統領の言うとおり合意を実行する可能性はゼロではないが限りなく低い。

 共同宣言に書かれなかったこと

米朝首脳会談前は、アメリカにとって第一に重要なのはアメリカ本土に到達しうる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄であると考えられていた。北朝鮮が核兵器を多数持っていたとしても、それを運搬する手段のうち、戦略爆撃機、潜水艦はアメリカ本土に到達する能力がないため、ミサイルさえなければアメリカは脅威に感じる必要がない。しかし、今回の共同宣言ではミサイルの問題が一切触れられていない。また、トランプ大統領の記者会見でも、核・ミサイルの実験を行っていない、ミサイル発射台を破壊した、ミサイルエンジン実験場の閉鎖も約束したという3点のみに言及し、既にあるICBMや日本も射程に入る短・中距離ミサイルの解体・破棄については触れていない。

また、アメリカ国内で共和・民主両党が求めている北朝鮮の人権問題についても触れられていない。今年の一般教書演説では脱北者や北朝鮮で拘束され、帰国後すぐに亡くなったオットー・ワームビア氏に触れたこともあり、議会での関心も高いが、共同宣言では一切触れられず、記者会見やその後のテレビインタビューでもほとんど触れていない。日本が強い関心を持つ拉致問題も一般教書演説で触れたにも関わらず、首脳会談での話題では取り上げたが、共同宣言では触れられていない。

さらに重要なのは制裁解除についても触れられていない点だ。記者会見では制裁は維持され、北朝鮮には圧力をかけ続けると表明したが、北朝鮮が経済的に依存する中国は既に制裁を緩めており(前回の記事参照)さらに米朝首脳会談の直後には国連制裁の緩和を目指しているという報道もある。これでは、北朝鮮が合意を履行するインセンティブはなく、いつ合意を離脱しても失うものがない、という状態である。

 事実上の核保有国への道

米朝首脳会談の結果から見えてくるのは、北朝鮮は体制保証のための「朝鮮半島の非核化」のほか、米韓合同軍事演習の縮小と将来的な在韓米軍の撤退、漸進的な制裁の緩和、核兵器とミサイルの維持、国際社会による認知という全ての項目を獲得したのに対し、アメリカは、歴史的な首脳会談を開き、世界中の注目を浴び、「インスタ映え」する動画を撮るという、リアリティショー出身の大統領のエゴを満足させるという目的を達成する以外、ほとんど何も得ていない。結果として、北朝鮮は事実上の核保有国への道を歩み、アメリカも、そして日本もそれを既成事実として受け入れなければならない時が来るのかもしれない。そうなったとしたら、史上初の米朝首脳会談は歴史的リアリティショーでしかなかったと言わざるを得ない。