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「アメリカンコーラ」より「メキシカンコーラ」!? コカ・コーラが惹起する経済と社会問題

サンフランシスコ 美味しいフード&ライフスタイル 更新日: 公開日:
Hecho de Mexico のサインが「メキシカンコーラ」

先日、日本から来たガイドブック取材班とのランチミーティングをした際、ミッション地区のトレンディーなカフェで「メキシカンコーラ」$5(約550円)を注文した。

「メキシカンコーラって何ですか?」と取材班。彼らはその値段から何か特別なものをリポートできるかもしれないという期待で目を輝かせていた。が、私の答えは「メキシコ産の砂糖を使ったコーラよ」とシンプル。出てきたのも、普通のクラッシックな瓶詰めコーラだったので、がっかりさせてしまった。

このエリアのストアにはどこでもアメリカンとメキシカンのコーラがある。値段はメキシカンの方が倍くらい高い。だったら迷わずアメリカンコーラと思いきや、この地区の住人はほとんどメキシカンコーラを選ぶ。その背景には、彼らの「本物志向」のライフスタイルと、米国とメキシコの砂糖を巡る紛争があった。

一本のコーラが誘発する貿易摩擦

コーラの命とも言える主原料の甘みの成分は、実は2カ国間で異なる。砂糖生産国で有名なメキシコでは、もちろんサトウキビから作られた砂糖を原料としてコーラを製造している。一方米国では、トウモロコシから抽出した高フルクトース・コーンシロップ(HFCS)=「異性化糖」を使っている。たったそれだけの違いだけなのだが、この砂糖と異性化糖を巡って両国は長い間対立を続けている。

「Whole Foods」に陳列される「メキシカンコーラ」

「異性化糖」(日本では果糖ブドウ糖液糖などと表示される)の正体は一体何なのか? 簡単に言えば、トウモロコシのデンプン(コーンスターチ)を酵素などで分解し糖に変えた糖液「コーンシロップ」中のブドウ糖の一部を、更に甘い果糖に加工した甘味料だ。加工工程はサトウキビを収穫して精糖する労力と比べれば、人件費や作業時間が大幅にカットでき、保存期間も長い。しかも遺伝子組み換えのトウモロコシは大量生産、安定供給ができて安値なので、業者の利益は大きくなるという構図がある。米国政府は、この「稼ぎ頭」の元となるトウモロコシ農家に莫大な補助金を投じ、生産量を増加させ輸出を拡大させた。

農畜産業振興機構HPなどによると、アメリカは長く砂糖の輸入自由化を拒んでいたが、1994年に発効した北米自由貿易協定 (NAFTA)の協議で15年かけて段階的に自由化を進め、2008年には完全に自由化するはずだった。だが、メキシコ側の砂糖の輸出余力(国内生産量と国内需要量の差)と関税割当枠をリンクさせるというメキシコに不利な「付帯文書」が追加され、自由化には至らなかった。

この付帯文書では、輸出余力の算出方法は、メキシコの砂糖生産量ー砂糖の国内需要+米国産の異性化糖とされており、アメリカからの異性化糖の需要が増えれば増えるほど、「輸出余力」は小さくなり、関税割当枠が小さくなるというわけだ。ちなみに、メキシコはアメリカの異性化糖の最大の輸入国の一つとなっている。

この状況にメキシコ側は、アメリカからの異性化糖に関税をかけるなどの対抗措置を行なったが、いづれも裁判となってアメリカに賠償金を支払う結末となった。メキシコは、長年にわたって砂糖の取引先をアメリカに依存しており、世界市場での競争力強化が後手に回り、輸出先を増やせない。異性化糖がメキシコ市場に流入したことで、砂糖価格が下落。国内需要も上がらず、サトウキビ農家の貧困化を招いている。

アメリカのスーパーで売っているレギュラーコーラはペットボトル、または缶の纏め売り

このメキシコにとっては厄介者の異性化糖は、清涼飲料水をはじめ、菓子類、ジャムなど様々多品目に使用されているが、消費者にはあまり意識されていないのが現状だ。日本も残念ながら対輸出国のお得意様。多くの缶ドリンク、菓子類、菓子パンにこの異性化糖が入っている。

一方、アメリカ国内では、遺伝子組み換えのトウモロコシから加工された甘味料は「危険な食材」として使用禁止を求める運動が広がっている。これまで多くのアメリカ人はこの甘味料入りの飲料水や菓子、スナック、シリアルで育っており、それが原因で肥満大国となり、糖尿病などの障害を引き起こす原因だと専門家達は指摘している。カロリーを気にする消費者向けに「ダイエットコーラ」「カロリーゼロ」なども販売されているが、使用される人口甘味料はやはり化学合成されたもので、肥満や糖尿病を引き起こす健康障害リスクは同じと酷評する人もいる。

昔からおなじみのCoca-Colaの自販機。アメリカ人はこれを飲みながら生きてきた

世界一のコーク消費大国、肥満大国ーーメキシコ!

現在、コカ・コーラの消費量は世界の200以上の国や地域を合計すると、1日約19億杯というデータがある。皮肉な事に、世界でコカ・コーラが一番飲まれている国はアメリカではなくメキシコだ。Business Insider によれば年間平均の消費量はグラス700杯分とアメリカ人に比べなんと2倍!ほとんどの家庭ではマグナムサイズのコーラを家族で飲むが一般的らしい。ストアや自販のドリンクの種類はコカ・コーラが半分以上占めている。

メキシコは世界一の肥満大国となり、3人に1人は肥満状態にある。各国のコラムニストやコメンテーターは口を揃えて「コーラ、ソーダの過剰摂取だ」と言っているが、何故そんなに飲んでしまうんだろう? メキシコにはそもそも安全な水道水が乏しく、暑い国なのでボトル詰めソーダ飲料が手っ取り早い。加えて、タコスや香辛料が効いた辛いものに合わせて甘いコーラを飲むのが生活習慣となっている。この肥満問題を受けてメキシコ政府は、砂糖、甘味料を含む飲料に課税したが、一時的なもので効果はあまりみられなかった。

一方アメリカでは、肥満児対策として、自治体や教育機関が立ち上がった。カリフォルニアでは、この10年、学校に甘味料、砂糖入りソーダを置く事は禁止されている。今年に入って公立高校にもその禁止措置が広がった。ソーダだけではなくトランス脂肪酸を含む不健康なスナックも排除されている。子供の頃のドリンクや食べ物の経験は大人になってからも影響を与える為、肥満児を作らない健全な食生活を推進し、より良い社会作りがここでは実現されている。

なぜ「メキシカンコーラ」はサンフランシスコ で人気なのか?

ここ、サンフランシスコの肥満人口は極端に低い。それでもやっぱりアメリカ。コーラファンは多い。「メキシカンコーラ」を好む層は、環境意識が高いミレニアル世代が多い。彼らに話に聞いてみると、本当の砂糖を使った美味しさがあるという意見がほとんど。次に砂糖を巡る紛争を知っている人が意外にも多かったのには驚いた。サンフランシスコの消費者は常に商品の成分表を見て買う人が多いので、少しでも危険と言われる成分には手を出さないようだ。

サンフランシスコのメキシコ街。輸入品のメキシカンコーラは高いのでアメリカンコーラを買う人が多い

 サンフランシスコは街としてもいち早くレジ袋やプラスチック製パッケージの廃止をしており、今年はペットボトル容器の廃止、プラスチックストローの廃止が実行されている。メキシカンコーラのボトルは、ノスタルジックな瓶詰めで再利用できるエコボトル。サステイナブルな社会を牽引するサンフランシスコ社会を象徴している。また、「生産者のバックグラウンドを知る事」も消費行動に結びついている。

 メキシカンコーラは、一般スーパーの「Safeway」や「Costco」でもレギュラーのコカ・コーラと並んで販売されている。ただ、やはり値段は約2倍「Safeway」では、プラスチックやアルミ缶に入ったアメリカンコーラの大量セット売りに比べ、1957年にデザインされたレトロな瓶ボトルの「メキシカンコーラ」の方が、プレミアム感があった

アメリカンコーラはアルミ缶、箱詰めでまとめ買い用がほとんど

健康的食品スーパーで知られる「Whole Foods」には、アメリカンコークは販売していない。代りに、サステイナブル生産と自然原料をアピールした「Cola」という商品が棚に並び、「人口的な甘味料非使用」「遺伝子組み換え原料は非使用」と表示されてた。

サンフランシスコの環境意識が高い消費者の食品選びは、「リアルフード」(宣伝や科学的なごまかしのない食)がキーワード。小規模農家を支援する倫理的消費思想を持つ人が多い。 コーラの場合、「きび砂糖」が「リアルフード」となり、「メキシカンコーラ」が支持される理由と繋がる。ここでは何を食べるか何を買うか、消費者の選択が社会を動かしていくパワーとなっている。

いずれにせよ、 砂糖でも工業的甘味料でも甘いものの取りすぎは健康に良くない。アメリカでは砂糖(または甘味料)入りの炭酸水よりマリファナの方が自然ハーブでマシだというジョークもあるくらいだ。

それにしてもスパイシーなピザと久しぶりに飲んだコーラの味は最高だった。たまに飲むからこそ美味しさを感じ、倫理的消費を考えると一杯$5の価値は充分あった。

 参考文献:DIAMOND online  diamond.jp 「天然間医療でも要注意!英国で使用制限広がる「異性化糖(果糖ブドウ糖液糖」が溢れる日本」/「On Food and Cooking 」by Harold McGee