原子炉の上に青い作業台が帽子のように載っていた。周囲を取り囲む分厚いコンクリート製の壁にも足場が組まれている。1986年、「夢の原子炉」への期待とともに運転を始めたフランスの高速増殖炉スーパーフェニックス(SPX)を7月半ばに訪ねると、原子炉の解体作業が進んでいた。
複雑に張り巡らされていた配管や配線は撤去され、人影もまばら。世界の科学者が最先端の技術を見ようと訪れた当時の華やかな雰囲気はもはやない。「来週から原子炉内の圧力容器を開ける」と所長のダミアン・ビルボー。解体作業は2006年から始まり、30年ごろまで続くという。
ただ廃炉作業も簡単ではない。冷却用のナトリウムは空気や水に触れると激しく燃えたり発熱したりする扱いが難しい物質。放射性物質でも汚染されている。それを抜き出す特別なロボットを開発するなど、新技術の模索が続く。16年に高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」を廃炉にすると決めた日本からは昨年、約100人が視察に来ており、今も核燃料サイクルで歩調を合わせる日本との連携に意欲をみせる。
SPXは、実用化の一歩手前にあたる実証炉だったが、ナトリウムの漏洩事故や機器の故障などのトラブルが相次ぎ、仏政府は1998年に廃止を決めた。将来に向け、フランスと日本は新たな高速増殖炉の計画も進めているが、実現したとしても今世紀の後半。文字どおり「夢」のような存在になってしまった。
先進国では、すでに米国や英国、ドイツなどが高速増殖炉を断念。日仏は完成までのつなぎとして、既存の原発でウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料を使う「プルサーマル」で核燃料サイクルをする考えだが、コストの壁が立ちはだかる。
米サウスカロライナ州のサバンナリバー。初夏の新緑がまぶしいこの土地に、7割が造られたまま工事が止まった建物がある。07年に米政府が建設を始めたMOX燃料の工場だ。00年に米国とロシアが核軍縮に向け、それぞれ34トンの余剰プルトニウムの削減で合意。フランスから技術を導入し、プルトニウムを原発の燃料に加工するアイデアだった。
ところが、運転費用などを含めた総事業費は494億ドル(約5兆4000億円)に膨れ上がり、完成も30年以上遅れる見通しになった。余剰プルトニウムを廃棄する場合の費用は半分以下の200億ドル(約2兆2000億円)で済むため、オバマ政権は計画を断念。トランプ政権は再び核兵器に転用しようとしている。
MOX燃料のコストが高くなるのは米国だけの問題ではなく、日仏以外ではプルサーマルの動きはあまりない。核燃料サイクルに詳しい韓国の核アナリストの姜政敏(カン・ジョンミン)も「プルトニウムの分離と使用は経済的でない」と指摘する。
もっとも核燃料サイクルを放棄するのも簡単ではない。まず、すでにあるプルトニウムの処分が問題となる。米英は別の物質と混ぜて地中に深く埋める技術を開発中だが、核兵器の製造にも使われる物質だけに厳重な管理が必要で、まだ確立していない。ドイツは原発で使用してゼロにする計画だが、多くの国では引き取り手のない「悩みの種」となっている。
日本の場合、核燃料サイクルの中止を決めると、運転中の原発が停止になる可能性も出てくる。使用済み核燃料の行き場が無くなりかねないからだ。
青森県六ケ所村で建設している再処理工場のプールには、すでに全国の原発から集まった約3000トンの使用済み燃料が保管されている。21年の稼働後、プルトニウムを取り出す再処理をされる予定だ。
政府は地元と「最終処分地にはしない」と約束しており、核燃料サイクルをやめて再処理しないなら、燃料は運転中の原発に戻される。すでに全国の原発の貯蔵プールは約8割が埋まっており、プールがあふれれば運転停止に追い込まれることになる。12年ごろ、当時の民主党政権は核燃料サイクルの見直しを検討したが、結果的に最終処分場になることを警戒する青森県の反発を受け、見送った経緯がある。
一度始めたらなかなかやめられない──。燃料でほぼ満杯になったプールは、かつて見た夢の「つけ」になるのだろうか。