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「全米一住みたい街」ポートランドには何がある 街づくりの秘訣を日本にも

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カフェでコーヒーを入れるバリスタ

ポートランドの大きな特徴は、住民自治やまちづくりの活動が非常に活発だということだ。日本の自治会町内会にあたるネイバーフッドアソシエーションに多くの人が参加し、市も、政策を決める際には住民の声を取り入れることを条例で定めている。むやみに都市開発をするのではなくて、住民参加のうえで進めていく。人々は議論をするのが大好きで、NPOなどの活動もさかんだ。

ポートランドでは街角にバラがよく咲いている

そのポートランドのまちづくりに着目したポートランド州立大学行政学部長の西芝雅美教授は2004年から、「まちづくり人材育成プログラム」を行っている。もともとは東京のシンクタンクに声をかけられての共催で、自治体職員が対象だった。2017年からは州立大の独自プログラムとなり、誰でも参加できるようになった。17年以降は毎年20数人が参加。今年のプログラムは8月上旬に行われるが、自治体職員や議員、会社員、変わったところでは高校生も参加するという。

一週間のプログラムでは、現場視察に重点を置く。市内の各地を訪れて、住民に直接インタビュー。住民参加で都市開発を行ったモデル地区を視察し、市民活動家とも意見交換。ボランティア活動やNPOも訪問。ビジネス関係者とも行政職員とも議論をし、枠を超えてまちづくりに協力し合い、住みよい街をめざす全体像と具体的な手法、ノウハウについて学ぶ。

まちづくりの根本となる哲学や、合意形成のためのコミュニケーションの方法なども盛り込まれている。

ポートランド市議会で質問する人たち。普通の市民もこうやって質問できる

「これによって、日本の現場でも応用できるまちづくりの概念とやり方を学びます」と西芝教授は言う。

「ポートランドは住民が主体的に自分たちの住みたいまちを追求、主張している。葛藤はありながらも行政が住民の声に応えながらまちづくりを進めていくのが特徴です。日本と行政の仕組みは違っても、形式や立場にとらわれず、とことん、『自分たちのまちをどのようにしたいか』を対話する姿勢も学べるのではないでしょうか」。夜には「ビアストーミング」と称して、ポートランド名物のビールを片手にリラックスしながらさまざまなトピックについて議論を行う。

そう、ポートランドはこだわりの街。そのこだわりをまちづくりにどう生かしているかを学ぶのが、このプログラムといえよう。

プログラムを主宰するポートランド州立大の西芝雅美教授

■ポートランドで人生が変わった

このプログラムに参加して、その後の人生ががらっと変わった人がいる。高澤千絵さんだ。

高澤千絵さん。志賀町で、町のゆるきゃら「西能登あかり」ちゃんと

高澤さんは東京でマーケティングなどの仕事をしながら2015年から立教大学の大学院に社会人入学。その大学院でプログラムのことを知り、地域やまちづくりに少し関心があったため、2018年に夏休みがてら参加してみた。といっても、何か具体的な興味があったわけではない。ただ、石川県の志賀町に自分の母の実家が空き家となっていて、今は町内に住む叔父が管理をしているものの、そのうちどうなるのだろう、古い旧家だが立派でしっかりとしたつくりで、人が集まったり、学んだりする拠点に使えたらいいのに……と、漠然と思っていた。

ずっと民間企業で仕事をしていたため、プログラムの中身は非常に新鮮だったという。「自分たちのまちに誇りや責任感があって。普段の仕事では効率や合理性を追求しますが、時間や手間がかかっても、いい地域にしようという熱意や情熱がすごかった。行政と住民の間で合意形成をする人の話などを聞いて、こういう仕事もあるのだと勉強になりました」

夜のビアストーミングの時に、自分のやりたいことの話になり、高澤さんは思い切って志賀町の家の話をしてみた。「日本だったら、そういうことは口に出来ないと思うんですが、ポートランドでは、チャレンジや失敗にこそ価値がある、ということを多くの人が話していたので、私も話してみたんです」すると、その場のみんなが「すごくいいじゃないか」と賛同してくれ、「小さいことを始めることにこそ価値がある。ぜひやってみたら」と後押ししてくれたのだという。「みんな本気でそう言ってくれているのが感じられて。私の中でマインドセットが変わりました」

まちづくり人材育成プログラムの卒業セレモニーで。左端が高澤さん

帰国した高澤さんは、秋になって、たまたま知った能登の移住フェアに行ってみた。すると、まさに志賀町の地域おこし協力隊が観光のスペシャリストを募集しているのだという。(マーケティングのスキルが活かせるかもしれない)と、高澤さんの中でむくむくと何かがわきおこってきた。その後とんとん拍子に話が進み、今年の3月から志賀町に移住、地域おこし協力隊員として活躍している。まさに1年前のプログラムへの参加がきっかけとなって、仕事も住まいも変わったわけだ。

「プログラムに参加しなかったら、こんなことになっていなかったと思います。ポートランドのまちづくりにかかわっている人たちが本当に生き生きとしていて、いいなあと思っていたら背中を押してもらえた。東京の忙しい日々は充実していたけれど、本当にやりたいことがこれなのか、あきらめのような気持ちもありました。今はとても楽しいです」

ほかにも、日本で再開発の仕事に携わり、住民説明会の運営で悩んでいた参加者が、プログラムの中で説明会の手法を学び、日本に帰って実践した例もある。それまでは怒号や反対意見が飛び交うことも多かったのが、建設的な意見が出てくる会に変えることができたのだという。こういったノウハウやスキルももちろん、ポートランドの空気にふれて、人々と言葉を交わし、過ごすことで、高澤さんの言うように心や気持ちといったエモーショナルな部分で学んだり発見したりする、その両方がここでは得られるのだろう。