今年6月初めに全3巻が刊行されるや、そろってベストセラーとなった『千年の質問』。75歳の趙廷来(チョ・ジョンネ)は歴史小説から現代物まで、数多くのヒット作を持つ小説家だ。「あなたにとって大韓民国とは何か」というキャッチコピーが目を引く。
主人公は時事週刊誌の記者チャン。痩せた長髪の男の描写は、実在のジャーナリストとだぶる。脅しや誘惑に屈せず、社会の暗部を暴く反骨者だ。
30年にわたる軍事独裁が終結し、金泳三(キム・ヨンサム)の「文民政権」が誕生したのは1993年。チャンが大学生の時だった。社会に暗躍した軍閥組織を解体した新政権に、人々は歓喜した。しかし97年、韓国は「朝鮮戦争以来の最大の国難」と言われた「IMF(国際通貨基金)危機」に見舞われた。
20年余りたった現在。非正規雇用の拡大や高学歴低賃金の実態、マスコミと企業のなれ合い、法曹界や教育界の不正……。かつて子供たちの将来の夢と言えば大統領や判事、検事、医者、弁護士が定番だった。最近、上位に躍り出たのが「ビルのオーナー」だ。家賃収入で楽に暮らしたいというわけだ。「10億ウォン(約1億円)もらえるなら、監獄に1、2年入ってもいい」と答えた中高生が9割もいるという調査結果もある。若い世代にまで、拝金主義は蔓延している。
まさに実話をなぞったフィクション。財閥企業が不正蓄財に励む手法や、汚職事件の全容がつまびらかにされてゆく。いくつもの実際のニュースを、ダイジェストでおさらいした気分になる。
そして読者は、自らの体験に照らして共感する。私とて韓国に住みながら、国民の上に君臨するかのような公務員の権威主義に歯ぎしりする一市民だ。ただし、そんな公務員の体質を「日帝残滓(ざんし)」と決めつけられては、納得がいかないのだが。
冒頭に「国民にとって国家とは何か。数千年にわたり繰り返されてきた質問」とある。しかし作家が本著で語っている国家とは、近代以降の概念だろう。書中に出てくる、財閥企業が入手した1200年前の新羅の仏像と結びつくかと期待して読み進んだが、その行方には触れられないままだった。第3巻の末尾で思わず、「それはないでしょ」と声をあげてしまった私だ。
■キム・ヨンハ 『여행의 이유(旅の理由)』
バカンスシーズンにぴったりなタイトルのエッセー、『旅の理由』が売れている。著者キム・ヨンハは、映画化もされた『殺人者の記憶法』(クオン)を初め、多くのベストセラーを持つ小説家だ。
「旅は私の人生」と言い切る。日常のしがらみを断ち切った場所に、著者はなぜ足しげく出かけるのか。
幼い頃は職業軍人だった父の転勤で、引っ越しを繰り返した。少年時代はいつも家で、冒険小説や旅行記を読みふけった。
初めての国外旅行は中国。1989年6月の天安門事件の半年後で、韓国では兵役前の男子の海外渡航が制限されていた時代だ。財閥企業が出資して、「運動圏」の学生たちに社会主義国家の実態を見せるための、無料の団体旅行だった。
エドガー・スノーの『中国の赤い星』を読み、社会主義中国という大きな幻想を抱いていた。北京大学の寄宿舎を訪ね、若き中国のエリートたちがアメリカを羨望(せんぼう)する現実に仰天した。
「そこは、共産党が支配する開発独裁国家だった」。
この旅から戻って学生運動をやめ、大学院への進学を決意し、作家として生きる道を選んだ。
国外で自著の翻訳版が出て、出版記念会に招待されることもある。2013年の米ニューヨークでは巨大なハリケーンの襲来で、出版記念会が中止になった。宿にこもり、ゲーム機のコントローラーを握りしめて戦闘もののゲームに没頭した。それ以前にも著者は、歴史ものや宇宙戦争もののゲームに溺れた時期があったという。
「あの時の自分は、単にゲームに溺れていたのではなく、軽いうつ状態だったことに気づいた。人生が思い通り進まない時、私はすぐ何かの中毒になり、我を忘れる癖がある」
母国語の中で日々苦悶する著者は、しばし母国語の海を離れるために旅に出るのだ。
「作家として、旅に触発されることはほとんどない。ひらめきがあるとしたら、いつも母国語で、主に家で寝ているときだ。旅はむしろ、そういうことから遠ざかるためのものだ」と語る。
著者の心に寄り添いながら、読者もまた、自分なりの旅へ心ときめかせる。
「私たちは皆、旅人であり、他者の信頼と歓待を切実に望んでいる」「見知らぬ場所に到着した人が楽しく過ごせるよう案内すること。それがこの地球にしばらく留まり、そして去って行く旅人たちが、互いにしてきたことであり、これからもし続けることだ」
■ソン・フンミン『축구를 하며 생각한 것들(サッカーをしながら考えたこと)』
サッカー選手ソン・フンミンの初の自伝的エッセー『サッカーをしながら考えたこと』が、発売前のネット予約だけでベストテンに入った。
英プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーFCに所属。トッテナムへの移籍金が、3000万ユーロ(約41億円)と、アジア人歴代最高額であることも話題になった。
高校生でサッカーの海外留学プログラムに合格してドイツに渡り、27歳になった今は英国に住む。
貧しかった少年時代に、プロ選手を引退した父親から特訓を受けた。父親は、自分は穴のあいた靴下を履きながら、息子にはいつも新品の靴下を履かせたという。
ドイツ語は努力でなんとかこなしても、ご飯がなくては力が出ない。ソンのために、父はドイツに渡った。息子の食事の世話や家の掃除、トレーニングまで、父の献身ぶりに驚かされる。「自分のサッカーは父の作品だ」とフンミンは書く。
華やかな舞台の裏には、家族の揺るぎない愛があった。
韓国のベストセラー(総合)
2019年6月第5週 教保文庫集計
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 여행의 이유 旅の理由
김영하 キム・ヨンハ
旺盛な創作活動を行う小説家が、自身の旅について語ったエッセー。
2 해커스AFPK 실전모의고사(2019)(개정판) へッコスAFPK実践模擬考査(2019)(改訂版)
해커스 금융아카데미 へッコス金融アカデミー
ファイナンシャルプランナー資格試験問題集。夏休みも勉強に勤しむ者は多い。
3 인생의 마지막 순간에서 人生最後の瞬間に
샐리 티스데일 サリー・ティスデイル
長く看護の現場で、人生の最期を見つめてきた作家によるノンフィクション。
4 죽음1 死1
베르나르 베르베르 ベルナール・ヴェルベール
「私を殺したのは誰だ」。死んだ主人公の霊魂が犯人捜しに挑む小説。
5 철학은 어떻게 삶의 무기가 되는가 『武器になる哲学』 (KADOKAWA)
야마구치 슈 山口周
人生やビジネスの現場で役に立つ、哲学的なものの考え方とは。
6 천년의 질문1 千年の質問1
조정래 趙廷来(チョ・ジョンネ)
腐りきった権力構造。混沌とした韓国社会に希望はあるか。
7 죽음2 死2
베르나르 베르베르 ベルナール・ヴェルベール
韓国人の最も好きなフランス作家といわれる。全2巻で第1巻は4位に。
8 나는 나로 살기로 했다 『私は私のままで生きることにした』 (ワニブックス)
김수현 キム・スヒョン
他人の目を極度に気にする韓国社会で、自分を見失わずに生きることを説く。
9 천년의 질문2 千年の質問2
조정래 趙廷来(チョ・ジョンネ)
全3巻が、発売と同時に注目を集めている小説の第2巻。第3巻は12位に。
10 축구를 하며 생각한 것들 サッカーをしながら考えたこと
손흥민 ソン・フンミン
英プレミアリーグで活躍する、サッカーのスター選手のエッセー。