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人事は「勘と経験」からデータ主義へ HRテクノロジーの世界、新サービス次々

World Now
ベルリン発のスタートアップ企業「BUNCH」の社員たち=玉川透撮影

■データと心理学でつくる「理想のチーム」

ドイツの首都ベルリンのスタートアップ企業「BUNCH」は2017年、企業のチーム編成に特化したアプリを開発した。「人事評価に心理学を組み合わせ、それぞれの企業の『カルチャー』を導きだし、次に最適なポストを用意します。採用候補の人たちを適切なところに配置することで、最適のチームを提案できるようになります」。共同創業者のアンソニー・レオさん(25)は話す。

アパートメントの一室を利用したオフィスで、アンソニーさんがパソコンのソフトを立ち上げると、アプリ上に「あなたはデータで判断するタイプ? それとも顧客の要望に合わせる方?」「慎重派? 変化を好むタイプ?」など価値観や働き方に関する30の質問が出てきた。順々に答えていくと、心理学に基づいた計算式が回答を分析し、「結果重視」「原則主義」「協力的」「緻密」「顧客本位」「適応的」という六つの軸で評価してくれる。社員全員の結果を集計すれば、その会社がどの軸に偏っているか診断してくれるのだ。

ベルリン発のスタートアップ企業「BUNCH」が開発した人事評価アプリ。価値観やワークスタイルに関する30項目の質問に答えると、AIが六つの軸で「カルチャー」を分析してくれる=玉川透撮影

「結果重視に傾きすぎれば、とにかくゴールに突き進んでチームが疲弊する。過度な原則主義はイノベーションを妨げる。個々の企業の『カルチャー』を可視化すれば、目標に近づくために今どんな人材が必要か分かります」と、アンソニーさん。

ベルリン発のスタートアップ企業「BUNCH」が開発した人事アプリを説明する共同創業者のアンソニー・レオさん=玉川透撮影

プログラムは、米スタンフォード大学経営大学院のチャールズ・オライリー教授が、約30年の研究で導き出した理論をベースにしているという。現在、ドイツの化学大手をはじめ欧州約30社で採用。今春、AI分析やチャットツールのSlackなどと連動させ、データ量を増やした新型を開発、試験的に販売を始めた。

■感謝を交換、成果給に反映 日本発「ピアボーナス」ドイツへ

「会議室の掃除してくれて、ありがとう!」「資料のコピー、いつも助かる!」――。何げない感謝のメッセージを添えて社員が互いにポイントを送り合い、そのポイントはお金に換えられる。そんな日本発のユニークなサービスが今春、ドイツで始まった。

「Unipos(ユニポス)」と名付けられたシステムで、企業や部署ごとに導入する。使い方はいたって簡単だ。感謝の気持ちを伝えたい職場の同僚に、専用のスマホアプリやウェブ上からポイントを送る。その際、必ず感謝のメッセージも添えなくてはならない。導入企業が定めるレートに合わせて、ポイントは金額に換算され、「成果給(ピアボーナス)」として支給される。

Uniposが開発した成果給アプリのデモ画面。社員同士で少額のピアボーナスを添えた感謝のメッセージを送り合う=同社提供

ポイントは各社員に週400ずつ与えられ、その中から1回当たり最大120ポイントまで自由に送れる仕組みだ。余ったポイントは翌週に繰り越せない。1ポイントの換算額は、日本なら1~5円が一般的という。メッセージの投稿は、専用のアプリで社内の誰でも閲覧できるようになっている。気に入った投稿に対して第三者が「拍手」を送る機能もある。拍手をもらうと、投稿した人とされた人の双方に、1ポイントが送られる。

いわば、週に2000円の持ち金を会社から与えられ、みんなでメッセージと一緒に送り合っている感覚。まるでゲームみたいで、楽しそうだなあ。

システムを開発したのは、東証マザーズ上場のIT企業「Fringe81」(東京都)。「毎月行っていた社内イベントが、アイデアの原点でした」と、広報マーケティング担当の柳川小春さんは言う。普段は目立たないけれど、会社に貢献している人に投票する。当初は、そんなアナログなイベントだった。投票箱も段ボール箱を再利用していたが、3年前から社内のシステムツールとして開発。翌年、商品として社外でも売り出したところ話題となり、専門に運営する子会社「Unipos」(東京都)が設立された。現在、フリーマーケットアプリ大手のメルカリなど国内約240社で導入されているという。

「Unipos」のアイデアの元になったという社内イベントの投票箱=同社提供

「成果」だけでは見えにくい「隠れた貢献」に光を当て、社員同士で評価し合う。これって、職場の人間関係がウェットな日本社会ならではのシステムにも思えるけど、果たしてドイツでも受け入れられるのかなあ? 今春から初の海外展開を任されているUniposドイツ支社長、佐藤勇志さん(30)は言う。「最初の拠点として、欧州でスタートアップ企業のハブになっているベルリンを選びました。まだ試験段階なので導入社数は公表していませんが、ブロックチェーンを扱うドイツ企業などで反応は上々です。ドイツでの経験をいかして、他の西ヨーロッパの国々にも広げていく戦略を描いています」

日本発の成果給アプリを欧州に売り込む「Unipos」ドイツ支社長の佐藤勇志さん=2019年5月、ベルリン、玉川透撮影

佐藤さんによれば、ドイツでの売り込み先は35人以上のスタートアップ企業が中心だという。ITツールの進化やビジネス環境の変化を背景に、こうした企業では数年単位で転職する社員が少なくない。売り手市場の中で、職場の「居心地の良さ」をアピールし、社員の働く意欲を高めるのにドイツの経営者も頭を悩ませている。会社への貢献意欲、いわゆる「エンゲージメント」を育むのに、このシステムが注目を集めているというのだ。

ただ、日本とドイツでは文化の違いもある、と佐藤さんは言う。「日本では『成果給』という言い方をしますが、ドイツの文化にはあまりなじまない。金銭のやりとりのイメージを薄め、何かを手伝ってくれた相手にコーヒー1杯をごちそうする、そんなコミュニケーションのツールとして紹介しています」と、佐藤さん。

だったら、いっそ、ポイントのやりとりを無くして、感謝のメッセージだけにしては? 佐藤さんは首を横に振る。「ポイントを金に換算できなくすると、利用率がとたんに下がることがこれまでの調査で分かっています。これは日本でも、海外でも同じ。人間の心理として、公の場で感謝のメッセージを送るとき恥ずかしさを感じてしまう。そんな恥ずかしさのレベルを抑える『言い訳』として、ポイント、すなわち一定のお金を相手に送っているのです」

■「データ規制はイノベーションのチャンス」

人的資源(Human Resources)を管理する技術「HRテクノロジー」。2010年代に入り、AIの急速な進歩などと相まって、米国などを中心に新たな産業として急伸。欧米やオーストラリア、シンガポールなどで、この分野でベンチャー企業が続々と生まれている。

日本の専門家の一人、慶応義塾大学特任教授の岩本隆さんは、「HRテクノロジーは今後さらに進化する」と指摘する。「人間はまだ分からないことだらけで、これまで人事の分野ではスモールデータの統計分析ぐらいしか理論化できる手法がなかった。しかし、ビッグデータの分析が研究ツールの進化で容易になり、ウェアラブル端末も増えて分析できるデータがどんどん増えている。行動データや自律神経、脳科学のデータも、人事分野に使われるようになってきたことも、HRテクノロジーが急激に伸びてきた背景にあると思います」

日本のHRテクノロジー専門家、岩本隆・慶応義塾大学特任教授=玉川透撮影

HRテクノロジーの波が本格的に日本に押し寄せたのは2015年ごろとされ、世界的に見ると出遅れた感じが否めない。それでも、と岩本さんは言う。「絶対的な技術は米国や欧州が先行しているが、日本もまだまだ戦えると思います。海外ではむしろ、欧米のドライな人事手法よりも、日本的なウェットな技術が注目されている。人事評価サービスはこれからさらにグローバル化するでしょう。日本で開発されたシステムがどれだけ海外で通用するのか、今年が分岐点になると言ってもいいのではないでしょうか」

一方で、人事で使われるデータは、個人情報の塊だ。評価のためとはいえ、それが企業側に利用されるのは従業員の立場からは抵抗感を覚えてしまう。実際、欧州連合(EU)は昨年5月、「一般データ保護規則(GDPR)」と呼ばれる厳しい基準を導入し、AIなどによる自動処理のみで個人の重要な決定がされてはならないことを権利として明記した。こうした厳しい規制は、HRテクノロジーの分野での起業には障壁にならないのかなあ?

「それはまったく逆です。厳しい規制ができれば、それだけ新たなビジネスチャンスが広がります」と、ドイツ系ITコンサル「株式会社Enobyte」(東京都)のCEO、ヘルマン・グンプさんは言う。「これまでインターネットを通じて様々なサービスを利用する代わりに、我々は企業側にデータを提供していました。データで対価を支払っていたのです。しかし、GDPRのような厳しい規制ができれば、データ保護に信用のおけない企業はおのずと整理されていく。サービスの利用は有料になるかもしれませんが、それは品質保証のためなのです」

EUの「一般データ保護規制(GDPR)」のドイツ人専門家、ヘルマン・グンプさん=玉川透撮影

さらに日本でも今後、GDPR並みの厳しい規制が作られてデータ保護が進む、とグンプさんは説く。「まだ日本では一流企業と中小企業で、データ保護のレベルに大きな格差があります。きちんとした規制が作られれば、HRテクノロジーの分野でもそれに対応したイノベーションが起こり、まったく違うレベルで日本独自のサービスが誕生するのではないでしょうか」