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スマートニュースが米国で挑戦した「偏らないアルゴリズム」

グローバル教育考 更新日: 公開日:
スマートニュースのオフィス。新聞各紙や雑誌などが置いてあるニューススタンド

鈴木健 すずき・けん

1975年、長野県生まれ。87年~90年までは父の勤務の関係で、イタリアとドイツで過ごした。1998年慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。著書に『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)など。2012年にスマートニュース株式会社(旧社名:株式会社ゴクロ)を共同創業。

そもそも「アルゴリズム」とは?

鈴木氏は44歳。エンジニアであり、複雑系科学の研究者としての顔も持つ。

鈴木氏と最初に会ったのは今年2月、東北での会議の席だった。パネルディスカッションの合間の休憩時間に名刺交換し、雑談をしているうちに、スマートニュースのアルゴリズムの話になって興味をひかれた。そこで、3月に改めて東京で時間をとってもらってインタビューすることになった。

東京・神宮前にある本社オフィスには、正面の入り口から始まって至るところに本がある。各会議室に作り付けられた本棚にも、和書や洋書が並んでいる。

パーカ-にジーンズ姿の鈴木氏に、私は、初歩的に違いない質問をした。中学以来ずっと、理科系の科目が苦手なのである。

「そもそも、アルゴリズムって、人工知能(AI)の一部なんですか?」

鈴木氏は、あきれた顔もみせず、隣の部屋に私を連れていく。そこの書棚から和書を2冊、洋書を1冊取り出して説明をしてくれた。

「アルゴリズムとは、『手続き』のことなんですよ」。人工知能に限ったことではなく、コンピューター処理の基本なのだという。

アルゴリズムについて説明する鈴木氏

4月にも時間をとってもらって、さらに追加で取材をしたが、そのときにもアルゴリズムの話になった。

3月のインタビューと同じ部屋、鈴木氏の服装もほぼ同じだった。本棚には、コンピューターの概念を初めて理論化したといわれるアラン・チューリングについての本が並んでいた(ことに2度目になって気がついた)。

そうした本や論文を取り出しながら、チューリングが成し遂げたことの説明もしてもらったが、私の脳の拒否反応がよほど強かったのか、どういう話だったのかさっぱり思い出せない。

「チューリングの部屋」に並ぶ和書や洋書

私に理解できたのは、グーグルで何かを検索したとき、アマゾンで買い物をするとき、フェイスブックで世の中や友達の動向を知るとき――常にその裏には、アルゴリズムがあるということ。

そして、使っている人物は、どんな趣味で、どんな話題に関心を持っているか。入力されたデータや、フェイスブックの「いいね」などの反応をもとに、どのような情報を優先して画面に表示するかを決める「手順」もアルゴリズムなのだという。

アメリカの分断増幅に危機感

わからないなりにアルゴリズムについて理解しようと努めたのは、2月の鈴木氏との雑談で、スマートニュースの米国における戦略に関心を持ったからだった。
鈴木氏は、2014年に米国に進出するにあたり、危機感を持っていたのだという。

「二つのアメリカ」と言われる保守とリベラルの深い分断。フェイスブックなどのソーシャルメディアが導入するユーザーの関心と興味をもとにしたアルゴリズムによって、分断はさらに増幅されているのではないか、と感じていた。

似たような意見に囲まれ、好みの情報や商品の「おすすめ」を受けるのは、人間にとって快適なことかもしれない。ソーシャルメディア企業の広告収入は増え、業績も良くなるかもしれない。しかし、人々の対話が成り立たないような非民主主義的な社会になっていいのか。

鈴木氏は、16年の大統領選の前から「フェイスブックと逆のコンセプトでアルゴリズムを入れよう」と決めた。フェイスブックは、個人の関心にあわせるコンテンツを表示するわけだが、スマートニュースでは、興味関心にかかわらず、政治については、リベラルと保守の量のバランスを取って表示をするアルゴリズムにした。

その結果、保守層とリベラル層、どちらのユーザーに対しても、保守層が好みそうなニュースとリベラル層が好みそうなニュースの両方が表示されるようになった。

ガラス張りの社内の会議室には、一つ一つ、役員や社員が尊敬する人物などにちなんだ「テーマ」がある。奥にみえるのが「チューリングの部屋」で、鈴木会長が備え付ける本を決めた

FOXとCNNの両方にCM

同社は、昨秋昨年秋から保守派のケーブルテレビ「FOX NEWS」とリベラル色がある「CNN」の両方にテレビCMを流している。CMの中では、トランプ大統領の支持者にみえる年配の白人男性と、オバマ前大統領の支持者にみえる若い黒人女性が、一緒にニュースを見ながら、にこやかに会話している。

意外なことに、「偏らない」ことをうたうスマートニュースは米国人にも受け、急速に利用者が増えている。

ちなみに、日本でのサービスは、米国ほど分断が激しくないこともあって、米国のような保守系とリベラル系のニュースの両方を表示させるようなアルゴリズムは入れていないのだという。

2018年10月、東京のスマートニュース本社であった会議にサンフランシスコ、ニューヨークのオフィスから集まった社員と鈴木会長(前列右)=同社提供

愚かさを自覚する、その先に希望がある

1990年代、インターネットの草創期。先駆者たちの多くは、バラ色の夢を描いていた。一人一人が世界に向けて発信でき、民主主義は成熟した姿を迎える、と。

鈴木氏も、インターネットに期待した一人だった。だが、20年たってみれば、ネットは分断を広げ、フェイクニュースの温床になり、ポピュリズム政治家が力を持つ要因の一つにもなっているようにみえる。

世の中を便利にするテクノロジーには負の面もある。あえて両論を示すアルゴリズムを入れるテクノロジー面での対抗も知恵の一つといえる。

ただ、鈴木氏はそれだけで十分とは思っていない。「教育や政治、リアルな世界で民主主義を活性化させる役に立てないか、今、考えているんです」

3月のインタビューのあと、帰りがけに渡された鈴木氏の著書「なめらかな社会とその敵」の一節に目が止まった。「愚かさを自覚することによってはじめて、人は愚かさが発現しない仕組みの構築に知恵をまわすことができる」

「なめらかな社会とその敵」は、数式も出てきて難解な本だったが、その一節には共感するところ大であった。自分自身を含め愚かであると自覚しておかねば、人から学ぶことはできないし、対話も建設的な方向にはいかない。

4月の二度目の取材はこの点を中心に聞いた。

鈴木氏は「愚かさを自覚するということが、民主主義の根幹にある」と話す。「完全な答えとか正しい方法がわかるのなら、民主的な方法に頼らなくてもいい。どの人も完全ではなく、愚かな面があるからこそ、みんなの知恵を集めて議論する必要が生まれる。正しいと思うことを主張するのは大切だが、同時に、議論する人自身が間違っているかもしれないと意識することによって、民主主義社会は成り立つ」と言う。

ただ、そうした状況をつくるのは、メディアの努力だけでは難しく、「自分も間違うかもしれない、ということを体験していくことが教育プロセスの中に必要だ」と感じているという。

ディスカッションを通じて、答えにたどりつくというプロセスを学ぶことも一つ。あと、戦争なども含め人類がいかにひどいことを行ってきたかという歴史、そして惨事を防ぐのにどういう仕組みがあるかを学ぶことも大事だという。

「科学」も必ずしも正しく客観的なものではない。「パラダイムシフト」が起き、「正しさ」自体が変化していくことの学習も必須だし、複数のメディアの記事を読み比べて相対化するメディアリテラシーも身につけたほうがいいと鈴木氏。

教室で座って学ぶ「座学」ではなく、体験的に学んでいくことが大事なのではないかという。

対話を成り立たせるための「教育」とは

鈴木氏は、「座学」が多い日本の教育の問題点を感じつつ、スマートニュース社の経営に手いっぱいで、具体的にまだ教育にはかかわっていない。ただ、さまざまな個性を持つ生徒を集めている「N高」の試みは面白いと話した。学校法人角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校」(本校・沖縄県うるま市)はインターネット利用の広域通信制高校で、2016年に開校した。

「ああいう形が広がっていけば、日本の学校教育はひっくりかえるかもしれませんね」

一方で、こうも話す。「万人に向けた正しい教育はない、とも思うんです。暗記型の授業の意味はかつてより薄れているが、暗記してからのほうがのびる人もいる。そうではなくて、最初から自由に発想するほうが向いている生徒もいる」

一人一人の個性にあわせた、画一的でない教育をどのように実現するか。負の面も目立つインターネットではあるが、インターネットによって個性にあわせた多様な教育がやりやすくなるプラスの面もあるだろう。

愚かさの自覚から新たな創造が生まれる。そこに希望をみたい。

■本記事は4月6日付け朝日新聞オピニオン面のコラム「多事奏論」に大幅加筆しました。スマートニュース含め、米国におけるオンラインメディアと伝統メディアの現状、政治とメディアの分断状況については、「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社、前嶋和弘・山脇岳志・津山恵子編著)で詳述しています。