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ロシアの空港改名騒動 サンクトペテルブルグ空港が名無しの権兵衛に

迷宮ロシアをさまよう
このほど「ツポレフ空港」と名付けられたモスクワのブヌコボ空港。(撮影:服部倫卓)

44の空港を改名

5月31日にプーチン・ロシア大統領が布告した大統領令には驚きました。ロシアの44の空港に、それぞれの土地にゆかりのある偉人の名前を付けることが発表されたのです。

実は、筆者が知らなかっただけで、その方針はすでに昨年決まっていました。そして、各空港にどんな偉人の名前を付ければいいか、一般市民による投票が実施されました。投票は一人一回、一つの空港についてのみできるという方式。日本の駅名の公募などでは、最多得票というよりも、最終的には事業者の美意識で「高輪ゲートウェイ」などと決まったりしますが、ロシアの空港名ではシンプルに一番多かった意見が採用されました。

ちなみに、今回の企画はロシア地理学会や歴史学会によって推進されたということです。その目的は、空港に偉人の名前を冠することによってロシア各都市の観光の魅力を高めること、ロシア国民が自国の歴史についての関心を高めるようにすることなどにあると説明されています。

これまでロシアの空港は、モスクワのシェレメチェボ、ドモジェドボ、ブヌコボ、サンクトペテルブルグのプルコボのように、空港の立地する郊外の地名によって名付けられるケースがほとんどでした。日本の成田、羽田などと同じパターンですね。その際に、ロシア語では村の名前が「ボ(vo)」で終わることが多いので、空港も「ボ」の語尾が多かったわけです。

「ボ」で終わる空港名がやたら多いので、「あれ? コリツォボ空港ってどこだっけ?」などと、こんがらがってしまうこともよくありました。確かに、偉人の名前を付けた方が覚えやすく、親しみも沸くかもしれません。

ところで、最近日本では、たんちょう釧路空港、宮崎ブーゲンビリア空港、鳥取砂丘コナン空港など、名物や名所の名を空港名に取り入れるところが増えていますね。筆者の知る限り、ロシアではそうしたケースは皆無だと思います。

20大空港の命名をチェック

上の表は、ロシアの20大空港を、2018年の乗降客数が多かった順に並べたもので、今回付けられた新名称も付記しています。以下、それぞれの新名称についてコメントしてみます。そこから、ロシアの歴史・文化・地方事情の一端が見えてくると思います。

ロシア最大の空港は、アエロフロート社が拠点とするモスクワのシェレメチェボ空港。この空港は、ロシアの国民的詩人で、近代文学の祖とされるA.S.プーシキン(1799-1837)の名を名乗ることになりました。

2位のドモジェドボも、モスクワの空港。この空港には、M.V.ロモノソフ(1711-1765)の名が冠せられることになりました。ロモノソフは科学者・教育者で、モスクワ大学を創始した人です。

3位のブヌコボも、モスクワの空港。実は投票ではロケット開発者のS.P.コロリョフがトップだったのですが、サマラの空港でもコロリョフがトップで、そちらの得票率の方が高かったものですから、コロリョフはサマラに譲りました。その代わりブヌコボは、飛行機設計者のA.N.ツポレフ(1888-1972)の名を冠することになったというわけです。

問題は4位のサンクトペテルブルグ・プルコボ空港で、ここは今回偉人の名前を選びそこねました。これについては後述します。

5位は、2014年の冬季五輪で有名になったソチの空港。ここは、当地で少年時代を過ごした宇宙飛行士のV.I.セバスチヤノフ(1935-2010)の名を授かりました。

6位はエカテリンブルグのコリツォボ空港。ウラル山脈の鉱山開発で財を成した豪商、A.N.デミドフ(1678-1745)の名が空港に冠せられることになりました。

7位は、シベリア最大の都市であるノボシビルスクのトルマチョボ空港。当地で生まれ育ち、第二次大戦でエース・パイロットとして活躍したA.I.ポクルィシキン(1913-1985)の名が、空港に冠せられることが決まりました。

8位のシンフェロポリは、ウクライナから併合したクリミアにある空港ですので、ここで取り上げるのは不本意ですが、参考までにご紹介しておきます。ここで選ばれた偉人は、学生時代をシンフェロポリで過ごした画家のI.K.アイバゾフスキー(1817-1900)でした。

9位は、クラスノダルのパシコフスキー空港。もともと、女帝エカテリーナⅡ世(1729-1796)がコサックに与えた「素晴らしい(クラスノ)贈り物(ダル)」という意味の地名ですので、今回の命名も納得です。

10位は、バシコルトスタン共和国ウファの空港。今回空港の名前に決まったムスタイ・カリム(1919-2005)は、バシキール人の民族詩人です。

11位のロストフナドヌーの空港は、実は今回の大統領令による改名の対象ではありません。2017年に完成した新しい空港なので、最初から偉人の名を名乗っていたのです。M.I.プラトフ(1753-1818)というのは、ナポレオン戦争でドン・コサックを率いて戦ったロシアの将軍です。

12位のカザン空港は、重要地域タタルスタン共和国の中心都市にある空港。G.M.トゥカイ(1886-1913)は、タタール人の文学者です。

13位のサマラ空港は、上述のとおり、ロケット開発者のS.P.コロリョフ(1907-1966)の名をブヌコボ空港と争ったすえ、獲得に成功しました。コロリョフ本人はサマラに特に足跡を残していないはずですが、サマラはロシアの宇宙産業の中心都市なので、空港にもロケット開発の父の名を戴くことにしたのでしょう。

14位のウラジオストクは、日本人にも身近な街で、もともと空港はクネヴィチ空港という名前でしたが、今回V.K.アルセニエフ(1872-1930)の名を授かることになりました。帝政ロシア末期に極東ロシアを探検し、その後の極東統治の足掛かりを築いた人物です。

15位のクラスノヤルスクは東シベリアの街で、当地の空港には一昨年亡くなったばかりのD.A.フボロストフスキー(1962-2017)の名が付けられることになりました。この街に生まれた高名なオペラ歌手です。

16位に入っているミネラリヌィエボディというのは、「ミネラルウォーター」という意味の地名であり、北カフカス山地にある鉱泉リゾートです。ロシアで人気のある詩人M.Yu.レールモントフ(1814-1841)の創作がカフカスの地と深く結び付いているということで、今回順当に選ばれました。

17位のイルクーツク空港は今回、偉人の名を名乗ることを辞退しました。地元行政では、新空港の建設を希望しており、新空港ができたあかつきには偉人の名を冠したいとしています。

18位のカリーニングラードは、バルト海に面した飛び地の空港ですが、今回の決定で女帝エリザベータ(1709-1761)の名を授かることになりました。18世紀半ばの七年戦争の際に、エリザベータの軍隊がこの付近まで攻め込んだことを称えた命名のようです。

19位の極東ハバロフスクの空港は、G.I.ネベリスコイ(1803-1876)の名を冠することになりました。ネベリスコイは19世紀半ばにロシア極東を探検した英雄です。

20位のチュメニの空港には、D.I.メンデレーエフ(1834-1907)の名が与えられました。元素周期表で有名な化学者のメンデレーエフが、チュメニ州トボリスクの出身であることにちなんでいます。

近年、非常に立派になったウラジオストクの「アルセニエフ空港」。(撮影:服部倫卓)

サンクトペテルブルグはいずれ「プーチン空港」に?

さて、今回の空港の改名で、一番物議を醸したのが、サンクトペテルブルグのプルコボ空港でした。誰がどう考えても、ロシア史上最も傑出した偉人と言うべきピョートル大帝(1672-1725)の名前を冠することが、順当のはずでした。何しろ、サンクトペテルブルグはピョートル大帝が自ら築いた街であり、都市名も「ピョートルの街」なのですから。

しかし、皮肉なことに、帝都ペテルブルグにはゆかりのある偉人が多いので、票が割れてしまったのです。今回の投票の結果、ピョートル大帝の得票率は、46%に留まりました。

一方、ピョートル大帝がロシア海軍を創設した地であるボロネジでも、空港名としてピョートル大帝を推す声が多く、ボロネジではピョートルの支持票が59%に達しました。ボロネジでの支持率の方が高かったということで、空港にピョートルの名を冠する栄誉は、結局ボロネジのものになってしまいました。

その後、ペテルブルグの空港名に関する第2回投票が行われ、その結果1位になったのがF.M.ドストエフスキー(1821-1881)でした。確かに、ペテルブルグとは切っても切れない文豪ですが、空港の名前としてはあまりに暗すぎるという声が相次ぎました。結局、ペテルブルグ市の当局は、市民の声が分裂しているとして、空港改名プロジェクトから撤退することを表明したのです。

というわけで、ロシアの空港改名プロジェクトは、重要なペテルブルグの空港が名無しの権兵衛になるというショッキングな結末を迎えました。かくなる上は、すぐにとは言わないまでも、いずれは、ペテルブルグ出身の21世紀の偉人、V.V.プーチン(1952-)の名を付けるしかないかもしれません。いやまさか、そのためにピョートルをボロネジに譲ったわけじゃないですよね、プーチンさん?

ちなみに、近隣諸国ではすでに、アゼルバイジャンとカザフスタンで、首都の空港に前大統領の名前が冠せられるということが実際に起きています。