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ホワイトハウスに現れる犬とは?

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
ストライカーはウエストバージニア州にある刑務所の中で、退役軍人の受刑者により訓練され、サービス犬として認定された=ワシントン、ランハム裕子撮影
ストライカーはウエストバージニア州にある刑務所の中で、退役軍人の受刑者により訓練され、サービス犬として認定された=ワシントン、ランハム裕子撮影

今日も私は走っている。猛ダッシュの先は、一匹の犬がいるホワイトハウス。

この日ホワイトハウスでは、アメリカ軍最高位の勲章である名誉勲章の式典が行われようとしていた。受賞するのは2007年6月、イラクで自爆しようとした反政府武装勢力の人物に覆い被さり、自らの命を盾に仲間兵士3人を守った米陸軍のトラヴィス・アトキンス二等軍曹。トランプ大統領からアトキンス二等軍曹の息子に直接授与される。この名誉ある勲章式典が着々と準備される中、ある男性と犬が、車で5時間離れたウエストバージニアからホワイトハウスへ向かっていた。

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名誉勲章の授賞式は、大抵の場合イーストルームでフォーマルに行われる。額に飾られた13の星は、独立戦争を経てアメリカ合衆国として独立した建国時の13州を意味する=ワシントン、ランハム裕子撮影(2018年9月12日)

男性の名は、ジェームズ・ブレナンさん、56歳。5歳になるオスのゴールデンレトリーバーの名はストライカー。ジェームズさんは自ら立ち上げた退役軍人に向けたメディアのジャーナリストとして、ちょうど1年前からホワイトハウスに姿を見せるようになった。その愛らしさと行儀の良さから、ホワイトハウスの人気者となったストライカーは、「サービスドッグ」と書かれた赤いベストを着ている。その上には「身体障害のある退役軍人」という文字も。ただ、ジェームズさんは盲目でも、手足が不自由なわけでもない。

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情緒的支援動物やセラピー犬とは違い、サービス犬は特別な訓練によって、「アクション」を起こすことができる。例えばパニック障害に陥った飼い主の体に乗り、圧力を加えることで落ち着かせたり(圧力療法と呼ばれる)、緊急時に携帯や薬を持ってきたりする=ワシントン、ランハム裕子撮影

ジェームズさんは空軍出身。戦場に出る兵士ではなかったが、空軍にいた9年の間、戦死兵の棺を運ぶなど儀式を担当する米軍部隊の隊員や情報管理のマネージャー、さらに出版物の編集など、多岐に渡り数々の任務を遂行した。

空軍に入り2年目、ジェームズさんはバセドウ病を疾患する。空軍病院に通い、甲状腺摘出手術を受ける。これで健康な体に戻ったと思った。だが、現実はその反対だった。「自分の体がいかに病まれているかということすら気づいていなかった」と話す。バセドウ病の症状は、動機、息切れ、手足の震えだけではなく、甲状腺ホルモンの過剰分泌により精神的にも影響が及ぶとされる。ジェームズさんは、パニック障害や激しい感情の起伏に苦しみ出す。次から次へと錠剤を処方され、1日に30種類以上もの薬を飲んだ。

それらの薬はまるで効かなかった。病状は仕事にも影響し、1991年に早期退職を選ぶ。感情をコントロールすることができず、些細なことで頭に血が上り周囲の人と喧嘩をしたり、公共の場で大声をあげたりすることもあった。暴力的になることもあった。自分という人間を恥ずかしく思った。鏡に映る変わり果てた自分の姿を見て、「神様助けて」と泣き崩れたこともあった。「まるで脳内で戦争が勃発しているかのようだった。しかも四六時中だ」

1994年、昔ルームメートだった同僚が攻撃機の不時着によりソマリアで命を落とす。友人の死の知らせに、当時のジェームズさんはそれほどの衝撃を受けなかった。なぜならば、「その頃の自分は感情を持っていなかったから」……当初は気付かなかったが、「様々な衝撃やストレスが蓄積されていたのかも知れない」と振り返る。そして2000年、軍医によるジェームズさんの診断結果に、バセドウ病だけではなくPTSD(心的外傷後ストレス障害)の文字が追加される。

途方に暮れていた時、ジェームズさんはサービスドッグの存在を知る。思い切って、コンピューターに向かい申請フォームに記入する。送信ボタンをクリックすると、なんと15分後に電話が鳴った。誰かが申請をキャンセルしたため、突然舞い降りた奇跡だった。それからサービスドッグを迎え入れるための訓練を何カ月も受け、2016年2月13日、ストライカーがジェームズさんの元へやって来る。空軍時代にバセドウ病を発病してから実に30年以上も経っていた。

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米司法省が定める「米国障害者法」に基づき、サービス犬が取り乱したりしない限りは、公共の場で障害者とサービス犬を切り離すことはできない=ワシントン、ランハム裕子撮影

ストライカーの一番の「任務」は、ジェームズさんのパニック障害や自傷行為を妨げること。少しでも異変を察するとストライカーはジェームズさんの顔をなめたり、鼻で軽く叩くことでジェームズさんを我に戻す。まるで一心同体。少しの感情の変化にもストライカーはすぐに気づく。ジェームズさんは「この犬によって自分の命が救われた。私の家族も救われた」と話す。バセドウ病やPTSDは簡単に治るものではない。ただ、ストライカーが来てからというもの、薬にはできなかった心のケアとかけがえのない絆を手に入れることができたとジェームズさんは語る。

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取材を終え、ストライカーとともにホワイトハウスを後にするジェームズさん。ジェームズさんは、ワシントンからウエストバージニアまでの5時間の運転は長いが、「相棒」と一緒だから楽しいと語る=ワシントン、ランハム裕子撮影

空軍時代、出版物の編集を手がけた経験や、退役軍人の力になりたいという思いから、ジェームズさんは2014年に自分のサイトを立ち上げる。ホワイトハウスに来るのも、最初は様々な不安にかられ敷居が高かった。思い切って、報道担当室に連絡し、記者として入る許可をもらう。犬の入館を断られるかもしれないという大きな不安に反し、ストライカーがホワイトハウスに入ることには全く問題がなかった。ホワイトハウスへのメールには、「訓練されたサービス犬が同伴します。人の邪魔になるようなことはしません」という一行を添えただけだったという。ホワイトハウスに常駐するシークレットサービスの隊員たちも、笑顔で迎えてくれる。ストライカーは私たちと同じように金属探知機をくぐってホワイトハウスへ入館する。会見室に限らず、フォーマルな式典や会見が行われるイーストルームでも、ジェームズさんの足元には必ずストライカーがいる。

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ホワイトハウスのイーストルームで、記者団とともに名誉勲章式の写真を撮るジェームズさん(写真中央、青いシャツ)。足元には、人の邪魔にならないような体勢でじっとするストライカーがいる=ワシントン、ランハム裕子撮影

「名誉勲章の式典にいる。大統領が演説する同じ空間に今自分がいることが信じられない。全てストライカーのおかげだ」。式典の取材を終えたジェームズさんは、こう言った。

歴代大統領の多くは犬や猫などのペットをホワイトハウスで飼っていた。オバマ大統領のポルトガル・ウォータードッグ、ボーとサニーも「ファースト・ドッグ」としてホワイトハウスの庭をよく駆け回っていた。トランプ大統領はペットを飼っていないため、ストライカーが来るときは、ホワイトハウスにいる唯一の犬ということになる。

4月22日、ホワイトハウスのサウスローンと呼ばれる庭で、毎年恒例の復活祭「イースターエッグロール」(卵を転がすゲーム)が開催された。およそ3万人もの子供や親たちが参加した。このような場でも、大統領や政府高官が姿を見せれば、記者団からは政策に対する質問が浴びせられる。

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復活祭を祝うイースターのイベントでトランプ大統領とメラニア夫人はサウスローンで遊ぶ子供たちと交流した=ワシントン、ランハム裕子撮影(2019年4月22日)

この日、コンウェイ大統領上級顧問がイースターエッグロールを取材する記者団の前に現れた。ジェームズさんは、質問しようと競う記者たちの中に飛び込み、思い切って質問をした。「退役軍人に多くの薬品の代わりにサービス犬供給を増加させることについてどう思っていますか?」。コンウェイ上級顧問は、「それはまさに大統領がやろうとしていることです。退役軍人のケアを直視しないというひどい状況を引き継いでしまいました。人々は治療を待つ間に亡くなっていきます。不名誉なことです」と答えた。コンウェイ上級顧問を囲むように集まった記者団から目を芝生に移すと、足元で静かにジェームズさんを見守るストライカーの姿があった。

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ホワイトハウスで行われたイースターのイベントは3万人が参加し、子供たちが駆け回って遊んだ。そのような環境でも、ストライカーは日光浴をしながらジェームズさんの指示を静かに待っていた=ワシントン、ランハム裕子撮影

トランプ政権発足後、ホワイトハウスで取材する報道関係者の数が増加し、式典や会見のたびに、場所取り争いで口喧嘩や押し合いが起こる。一方でストライカーは、決して取り乱すことなく「任務」を遂行している。