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ブランドが支援する非エリートランナーたち

ニューヨークタイムズ 世界の話題
ニューヨークのセントラルパークで支援者が手にしたテープにゴールインするミナ・ガリ=2019年2月、James Keivom/©2019 The New York Times

ミナ・ガリは「ランナー」と大仰に呼ばれると、つい口ごもってしまう。

「私は競技選手なんかではない、と思っている」。ガリは中国・上海のホテルからスカイプでそう言った。

ちょうどその日のマラソンを終えたところだった。彼女は翌日も別のマラソンに出る。その後も、そのまた後もマラソンを続ける計画だった。目標は100日間で100回のマラソンを完走すること。世界的な水不足や水質汚染など水の問題に対する関心を高めてもらうために、彼女は走り続けた。

出場するマラソン大会はむろん、公式なレースではない。しかし、いずれも42・195キロメートルの距離を走り、ツイッターに写真を載せて記録に残す。その#runningdryは、ランニング仲間の間でちょっとした話題になった。

どうしてそんなことができるのか?

ガリは48歳(訳注=オーストラリア・メルボルン出身)。大学を出たばかりのトップレベルの選手と同じように、スポンサー支援を受けている一人なのだ。彼らは、ボストン・マラソンで優勝するとかオリンピックでメダルを取ることはないだろう。しかし、スポットライトを浴びるのは何も表彰台の頂点に立つ時だけではない。彼らは、表彰台以外の場で注目される何かを提供してくれる。スポーツシューズのブランド各社が期待するのはそこにある。

ガリのスポンサーはリーボック。リーボックは運動用具を提供するだけでなく、彼女の活動に関するメディアキャンペーン、それに彼女の活動を支える上でおそらく最も重要となる資金の援助をしている。彼女はまったく無名な存在ではない。世界の水に関する危機に警鐘を鳴らしているNPO「Thirst(「渇き」の意)」の創設者であり代表でもある。だが、ソーシャルメディアで注目されることはほとんどない。彼女のインスタグラムのフォロワーは3千をちょっと超えるくらいで、国際的な影響力はごくわずかだ。

ニューヨーク・マンハッタンの川辺でほほ笑むミナ・ガリ=2019年2月、James Keivom/©2019 The New York Times

言い換えれば、リーボックがランナーたちに自社製品を提供するのは、インスタグラムに投稿する美しい写真に対してではない。それより、リーボックやその他のブランド企業は、彼らのユニークな物語を追い求めているのだ。彼らが人びとのやる気を高めてくれるだろう、と期待して。マラソンの参加者たちは、金メダルを取るランナーがどんなものを身に着けているかに影響されやすい。そこにメダリストと同じようなブランド製品を身に着けている彼女たちがいる。それが参加者のやる気を高めることになる、という訳だ。

「最終的には、ブランド企業は物語を伝えられるようになりたいのだ」。そう語ったのは、陸上競技選手の代理業「HAWI Management」の創設者兼社長のマーハウィ・ケフレジギだった。同社は、社長の兄の長距離選手メブ・ケフレジギやパラリンピックの短距離選手ジャリッド・ウォレスの代理を務めている。

メブ・ケフレジギは2004年アテネ五輪のマラソンで2位、09年のニューヨークシティー・マラソンと14年のボストン・マラソンで優勝した。マーハウィ・ケフレジギは05年から代理を務め、当時拡大していたさまざまなスポンサー契約を見てきた。「人びとは、世界一速い人、あるいは世界一強い人物ではない選手であっても共感できる」と彼は語った。

最後のニューヨークシティー・マラソンを走り終え、群衆の声援にこたえるメブ・ケフレジギ=2017年11月5日、ロイター

好例がJustin Gallegosだ。Gallegosは脳性まひを患っているランナーで、ナイキとスポンサー契約した際のビデオが一気に広まった。「人びとは走ることにかける彼の情熱に感服したのだ」とマーハウィ・ケフレジギ。

Gallegosは高校生の時に初めてナイキと関わった。オレゴン大学の陸上クラブで競技を続けていた時、ナイキが運動障害を抱えた選手のためにデザインしたシューズ「FlyEase」の開発に携わった。ナイキのスポンサー契約はGallegosには確かに予想外のことだったが、可能性はあると思っていた。彼のマネジャー、ジョン・トゥルアクスもナイキの従業員だ。

「(スポンサー契約は)本当の意味でスポーツ選手であるとは何なのかを示す、一つの声明だと思う」とGallegos。「才能は、確かに重要だ。誤解しないで欲しい。でも、この世界のあらゆる才能を持っているのに、情熱は少しも持ち合わせていない、という人がいる可能性だってある」

Gallegosは今、マラソンに初めて挑戦するため19年10月のシカゴ・マラソンに出る計画を進めている。20年夏の東京五輪・パラリンピックには脳性まひの長距離ランナーがもっともっと出場するようキャンペーンを展開している。彼自身は1500メートルに出たいが、脳性まひを患うランナーでは現在の出場標準記録は達成できないという。

「限界をもっと広げていくことは、スポンサー企業にとっても重要なことだ。なぜなら、世の中には才能のある運動選手がいっぱいいるのだから」とGallegosは言い添えた。

ナイキやリーボックは、支援選手とのインタビューに協力してくれたが、なぜこうした選手たちを支援するのか、その理由については両社とも答えてくれなかった。

ミルナ・バレリオ(43)は2011年、マラソン初挑戦に向けてトレーニングをしていた。そのさなかに「Fat Girl Running」と呼ぶブログを開設した。なぜ「肥満女性ランニング」なんていうブログ名をつけたのか?

彼女は「だって私は肥満だったし、女性だったし、走っていたから」と言った。「それだけ、単純なこと。ちょっとした論議を呼びそうだとは分かっていた。でも、私はそれでもOK」

以後、彼女はアリゾナ州で行われたトレイルランニング「 Javelina Jundred」の100キロ、さらにコロラド州のトレイルランニング「TransRockies Run」の6日間120マイル(約193キロ)を走った。自身の回想録「A Beautiful Work in Progress」も書いた。

スポンサー契約で得る金銭的価値について、今回インタビューしたランナーは、守秘義務があるので公表しないが、バレリオの話では、スポンサーがついたことで学校教師の仕事を辞め、フルタイムで走ることができるようになったという。彼女はメレル(訳注=スポーツ・アウトドアシューズ・ブランド)、Skirt Sports(訳注=ランニング・フィットネスウェア・メーカー)、Hyland's、Swiftwick(訳注=スポーツ・アスレチックソックス・メーカー)、Custom Performance of New York(訳注=理学療法クリニック)から財政支援を受けているという。

「彼女は外に出ることに熱心で、自分を試し、自分に挑戦すること、そして自ら進歩し、アウトドアに情熱をもった人を見いだすことにも情熱をもっている」とメレルの最高マーケティング責任者ストリック・ウォーカーは語った。

あらゆるビジネスがそうであるように、企業はそのランナーを支援することが最終的に利益を生むと考えるからこそ投資する。それはバレリオにも分かっていた。それでもエリートではないランナーへのスポンサー支援を彼女は長いこと待ち望んでいた、と言った。

「彼ら(スポンサー企業)は、いろいろな分野で活動している人たちをもっと多く支援することで最終利益を引き上げることができると分かっている」とバレリオ。「彼らは、それがインクルーシビティー(訳注=多様な人びとを包括し、社会的に一体性を保つこと、といった意味合い)にかかわっていると言うだろう。しかし支援を受ける側にしても、インクルーシビティーは最終利益であり市場占有率でもある。だから包括的でないために市場占有率を失いたくない」と説明した。

むろん日々マラソンを走っている人にも、エリート選手と同様、スポンサーがついていようがいまいが落とし穴はある。冒頭に取り上げたガリは、100日間100回のマラソンの最後を19年2月11日にニューヨーク市で走る計画だった。しかし、彼女は途中で右大腿(だいたい)骨を骨折し、完走は62回だけとなった。それでもニューヨーク市でのマラソン大会は行われ、彼女は「世界の水問題を喚起しに来てくれた」というランナーたちと一緒に、松葉杖をつきながらセントラルパークでゴールのテープを切った。

「私は、ごく普通の人間。ある日世界に少しでも貢献しようと心に決めた。走ることがそれを実現する手段になった」。ガリはそう語った。(抄訳)

(Jen A. Miller)©2019 The New York Times

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