――米中の貿易摩擦が世界を揺るがしています。欧米や日本は、中国の市場開放が不十分だと批判しています。
私は中国政府の政策などを評価する立場にありませんが、言えるのは、中国は自由貿易を支持する立場だということです。この40年の中国経済の成功は、現在の国際貿易体制によるものでした。
日本や韓国などの外資系企業は、生産拠点をよりコストの低い場所、すなわち中国に移してきました。国内メーカーの生産能力がいまだ不十分であることなど課題は残されていますが、中国は世界から学ぶことで、大きな発展を遂げたのです。現在その恩恵はスリランカやバングラデシュ、ベトナムなどに移りつつあります。孔子の言葉に、「三人行えば必ず我が師あり」というのがあります。すべての国は外国に開放的な姿勢をとって初めて、他国の先進的技術や管理方式を学ぶことができ、成長できるのです。
――昨年、米国は3回にわたり中国からの輸入計2500億ドル(約28兆円)分に関税を発動しました。
中国の市民生活にも大きな問題をもたらしています。特に都市に出稼ぎに来ている農民工への影響は深刻です。貿易摩擦で中国の輸出が減れば、輸出企業の生産が低下し、現在2億8千万人いるとされる農民工の収入減や消費低下につながります。社会保障もなくなれば、彼らの生活はいっそう苦しくなります。
研究や市民の交流にも影響が出ています。米国の研究機関が中国人留学生を受け入れないケースが増えたと聞きました。中米両国の関係は複雑になる可能性がありますが、改善することはできると思います。
――米中の対立がさらに激化すれば、どうなると考えますか。
貿易戦争に勝者はいません。全員が敗者です。生活の質の向上は国家の安定から来ると考えれば、貿易戦争に良いことはありません。かつての中国のように鎖国をしていれば、国家が発展することはできない。各国とも、平和な解決を求めていると思います。
中国政府も貿易不均衡を解消するため、国内消費を促す多くの政策を用意しています。昨年11月には上海で中国国際輸入博覧会を開催し、中国メーカーが海外の優れた商品を間近に見る機会を作りました。国内生産品の質を向上させる上で、とても効果的だったと思います。
中国経済は現在、転換点に来ています。経済成長を輸出だけに頼る時期は去りました。2012年以降、中国の消費がGDPに占める割合は50%を超え、17年には53.6%に達しました。将来、国内消費が経済成長のエンジンにならなくてはいけない。一方で、多くの中国人が米国や日本で「爆買い」をしているのは、中国企業が消費者に満足のいく商品を提供できていないためです。消費者の要求は高くなっているのに、商品の質の向上が追いついていない。ここをなんとかしなくてはいけません。
――昨年の中国のGDP成長率は6.6%でした。急速な経済成長の一方で、社会の様々なひずみも指摘されていますが。
中国は40年前の貧しい農業国から立派な工業国に成長しましたが、1人あたりのGDPは米国が6万ドル、日本が4万ドルに対して中国はまだ1万ドル未満と、大きな差があります。他の先進国にまだ学ぶところがあります。
成長スピードの維持も難しくなってきています。政府が規制している領域を開放することが必要です。対外開放だけでなく、国内への開放も必要です。たとえば、幼児教育や医療、介護の分野を民間企業に開放したり、保険分野を外資企業に開放したりすることです。未発達の証券取引所や金融産業も改善されるべきです。
農業生産を現代化するなど農村の政策も急務です。特に収入格差は大きな問題です。低所得の家庭の収入が上がれば、消費能力も高まります。都市化や社会保障を含めた改革が必要です。
――夏教授は長年、中国の農村の貧困状況についても研究してきました。
貧困率は大幅に下がったと言っていいでしょう。改革開放政策が始まる40年前、農村人口の76%、都市の55%が貧困状態でした。その後、中国の改革と工業化によって、都市では基本的に貧困はなくなりました。農村の人口は現在、5億7千万人ですが、現在の政府の貧困ラインで見ると、農村でも2%程度です。政府は2015年から、20年までに貧困をなくす計画を始めました。
―─どんな計画ですか。
「両不愁三保障(二つの困らないこと、三つの保障)」という状態をめざしています。食べもの(飲み水を含む)、着るものに困らない、さらに医療、教育、住居の保障がある、という意味です。特に農村では医療と教育は困難な状況にあります。すべての村に学校や診療所があるわけではないので、村人が病気になった場合に治療が受けられません。
私も昨年、陝西省定辺県に調査に行きました。砂漠が多い地方で、飲み水には雨水をためています。家畜の水も十分にありません。定辺県では定期的に都市部の医者が巡回に来ることになり、特に貧しい体の不自由なお年寄りたちに喜ばれています。