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中国の先行きに不安感じ、国を離れる起業家たち

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
2018年9月20日、香港証券取引所での上場セレモニーに出席したネット食品出前会社「美団点評」の創業者、ワン・シン=香港、ロイター

上海で不動産開発業を営んでいたチェン・ティエンヨン(53)は、マルタに向かう飛行機に乗った。当面、戻ってくるつもりはない。今年1月のことだ。

マルタに到着後、チェンはソーシャルメディアに28ページにわたる文章を載せた。「私はなぜ中国を去ったのか」と題した文章で、「ある起業家からの離脱の勧め」としている。
「中国経済は、断崖絶壁へと突き進む巨大な船のようだ」とチェンは書いた。「抜本的な変革がなければ、船は難破し乗客たちが死んでしまう事態は避けられないだろう」と続けた。
「わが友よ」と彼は呼びかけ、「国を離れることができるなら、できるだけ早くその手はずを整えたほうがいい」と促した。

厳しく検閲されている中国のインターネットから文章が削除される前に、どれだけの人がこの文書を読んだのかはわからない。しかし、チェンが公然と語ったのは、中国で実業家の多くが内々でしている話だった。中国の指導部は世界第2位の経済大国の運営を間違っており、中国の起業家層は国の将来への信頼を失いつつあるということだ。

ここ10年以上の間、中国は、問題を抱えていたにもかかわらず、明日は今日よりよくなるという楽観論に支えられてきた。ところが現在、広く流布されている見方は、ワン・シンが有名にしたミーム(訳注=ネットを通じて次々に模倣されながら広がっていくアイデアやコンセプト)にうまく要約されている。そこには、2019年は、過去10年間で最悪の年になるだろうが、今後の10年間では最良の年になるだろう、とある。ワン・シンは、ネットによる食品出前会社「美団点評」の創業者で最高経営責任者だ。

中国の経済は失速しており、対米貿易戦争で成長が阻まれている。しかし、それ以上に多くの起業家たちの間には、中国に必要な経済や政治の自由化が推進されそうにないとの見込みへの懸念が広がっている。習近平が共産党の実権を握った2012年以降、党は中国社会のあらゆる側面で支配を強めてきた。

破滅を予測する向きはほとんどないが、中国の長期的な展望に対する不安は膨らんでいる。実際、悲観的な見方が強く、実業家のなかには、政府が経済の支配権を握って緩めなかったベネズエラのような国になる可能性を指摘する人もいる。
上海の調査会社「フールン(胡潤)」が富裕層465人を対象にした最新調査によると、中国経済の今後に強い信頼を寄せている人はわずか3分の1ほどだった。2年前には、3分の2近くが強く信頼していた。まったく信頼していない人は14%に達したが、これは2018年の2倍以上だ。全体の半数近くが、外国への移住を考えているか、すでにその準備を始めた。

「中国はいま、内外で多くの難題に直面している」とフレッド・フーは指摘する。投資会社「プリマベーラ・キャピタルグループ(春華資本集団)」の創業者で、ゴールドマン・サックスの「大中華圏業務」長だった彼は、「中国が過去40年間に成し遂げたことはすべて開放と経済改革の結果であって、中国独自の開発モデルによるところではなかったと認識する必要がある」と言うのだ。

投資会社「プリマベーラ・キャピタルグループ(春華資本集団)」の創業者、フレッド・フー=2017年1月10日、北京、ロイター。「中国はいま、内外で多くの難題に直面している」という

フーの言い方はやんわりしている。だが、内々では、憤慨や恐れを込めて話す実業家もいる。もちろん、彼らは匿名を求めた。厳しい統制下にある現在の中国では、経済問題――かつては安全なテーマだった――についてでさえ、話題にすると危険にさらされるようになったからだ。

「実業家たちが悲観的になっている最も深刻な要因は、政策の悪さ、リーダーシップの悪さだ」。米カリフォルニアのクレアモント・マッケナ大学教授で、実業界の人たちと頻繁に連絡を取り合っているミンシン・ペイの指摘だ。ペイはこう続けた。「民間の実業家たちは、政府から必要とされなくなるとブタのように始末されてしまうということをよくわかっている。法律を順守する政府ではない。即座に態度を変えかねないのだ」

ビジネスエリートの多くにとっての不満は、民間部門が経済成長を引っ張っているにもかかわらず、指導部の経済政策は国営企業を優遇している点にある。ビジネスエリートたちは、民間企業や若い消費者たちが牽引(けんいん)する経済を、共産党が毛沢東時代のイデオロギーで拘束しようとしていると憤っているのだ。昨年、党が任期制限の規約を撤廃し、習近平がいつまでも国家主席の地位に留まることが可能になったことに、ビジネスエリートたちはうろたえた。
多くの実業家たちは、ますます不安を感じている。とりわけ、政府による反汚職キャンペーンの一環で、何人かの起業家が「行方不明」になっているからだ。

「当局の上級幹部からすれば、ジャック・マーであれ、ポニー・マーであれ、ちっぽけなビジネスマンにすぎない」と、インタビューに答えてくれた冒頭のチェンは言う。中国の民間起業家の大物で、それぞれ電子商取引大手のアリババとインターネット大手のテンセントの創業者の名を挙げての指摘だ。習近平は(ビジネスエリートたちの)不安に気づいているようだ。政府は社会福祉に向ける事業税増税の新法施行を延期し、金融や財政政策も緩和した。

しかし、党の優先事項は他のところにあるらしい。習近平は昨年12月、開放政策40周年記念での演説で、共産党の強力な統制下で成長を導く方策が揺らぐことはないと論じた。今年1月には党の最高幹部たちに向けたもう一つの重要演説で、国の安全を脅かす主要な危険要因を7点指摘し、その最上位に政治とイデオロギーを掲げ、若者とインターネットに対する統制強化を呼びかけた。

「改革開放」が始まって40年が経つのを記念する式典に参加した習近平(シーチンピン)国家主席=2018年12月18日、北京市の人民大会堂、AP

ビジネスエリートと中国共産党との関係が、いつも悪かったわけではない。習近平が実権を握った時、喝采した実業家たちもいた。習近平による厳重な汚職取り締まり政策は彼が法治社会を構築するシグナルに思えたからである。しかし、幻滅したビジネスエリートたちに言わせれば、政府による統制の強化はビジネス分野に発言権を持つ官僚が増えることを意味し、汚職が別の形をとるだけのことなのだ。

それを阻止するのは可能なのか?
悲観的な実業家たちもいる。不動産開発業者のチェンは、国を去ることが対処法だと言っている。
どれだけ多くの人が同意するか、それに答えるのは不可能だ。国外に去っても、なお中国内でビジネスを営むケースがあるかもしれないし、そうした場合は声に出すのを控えるだろう。加えて、中国内には、そうした難局はいつまでも続かないだろうという楽観主義者も依然として多くいるからだ。

しかし、中国の富裕層の多くは国外に逃亡することで意思を示している。米国へ投資家ビザで移住する中国人の数は近年急増している。米国には100万人の外国人留学生がいるが、その3分の1は中国人である。
冒頭に記した不動産開発業者のチェンは2013年の早い時点ですでに中国本土以外の場所に目を向けていた。その引き金になったのは、自由主義的な政治思想や価値観に対し攻撃を促す党の指令が広く出回っていたこと。「とても恐ろしいシグナルだった」とチェンは言う。

チェンはまず、中国の特別行政区である香港の永住権を確保した。だが、中国政府が2014年に(香港の)民主派の抗議活動に厳しい対応をして以来、香港の自治への懸念が高まった。そこで、チェンは米国への投資家ビザを申請したのだが、取得までに時間がかかり過ぎる。

このため、チェンはマレーシアの首都クアラルンプールに12戸以上のアパートを買い、親戚や親しい友人たちにもそうするよう勧めた。彼は、それをノアの方舟(はこぶね)計画と称した。中国が経験するであろう破滅的な大洪水に備えるという計画だ。ところが、マレーシアのビザの有効期間はたった10年間だった。
最終的に、チェンはマルタに移住。マルタに決めた理由は、彼によると、気候が温暖で美しく、EU(欧州連合)の加盟国だから域内諸国なら(ビザなしで)往来できるからだ。

彼は、奇跡でも起きない限り、そうなるだろうと信じる最悪のシナリオから家族を守るために安全な場所を見つけておくことだけを望んでいるのだと言う。
「私が(ソーシャルメディアに)書いた文章が、これほど広範に拡散されるとは思っていなかった」というチェンは、「当面、中国の外に留まっているのがベストだろう」と話していた。(抄訳)

(Li Yuan)©2019 The New York Times ニューヨーク・タイムズ

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