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ヨルダン王女、がん征圧運動に身を投じる きっかけは一命取りとめた息子

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UICCは1933年に設立。ウエブサイトによると、現在、約160カ国、1000以上の団体が参加している。がん対策の組織や専門家、ボランティア団体が国をまたいで連携し、がん征圧のために国際会議や政策提言、世界対がんデーでのイベントやキャンペーンを展開している。日本からは国立がんセンター、各種のがん学会、病院、研究基金など約30団体がメンバーに名前を連ねている。

ディナ王女はアラブの王族に生まれた。英国の大学に進み、国際金融学を学んだという。1992年、ヨルダンの王室ハーシム家のミルアド王子と結婚、一女二男の母親でもある。ミルアド王子はヨルダン政界の要職を務める。王子の兄、ザイド王子は駐米大使や国連大使、国連高等人権弁務官を務めた。

ディナ王女ががん問題について取り組むきっかけは1997年。幼かった次男ががんになったことに始まった。具合が悪いと訴える息子を病院に連れて行くと、白血病であることがわかった。「途方に暮れました。当時のヨルダンには、効果的な治療を受ける施設はなく、がんは不治の病であると考えられていましたから」

治療のために渡英。最終的には米国で骨髄移植の手術を受け、一命をとりとめる。しかし、とこう語る。「息子がこのような治療を受けることができたのは、私たちが王族だからです。ふつうの家庭に生まれたら治療を受けることはできませんでした」。恵まれた立場にいる人間だからこそ、やらなくてはいけないことがある。そう思ったディナ王女は、自国の遅れたがん治療の改革に乗り出した。

ヨルダンのがん医療センターの運営をサポート。資金調達に奔走し、ガバナンスシステムの改革に着手、がん治療の水準を引き上げた。その結果、20年足らずで、同センターは中東でもトップクラスのがん治療が受けられる医療施設に変貌した。現在、他のアラブ諸国など国外からも多数のがん患者が治療を受けに来ているという。一方、同国の乳がんプログラムの名誉会長にも就任し、予防、検診に力を入れた。

■だれもが治療を受けられる世界に

「私は王族に身を置いているからこそ、社会や世界が不平等であることを痛感している」。そう話すディナ王女は、ヨルダンから世界に舞台を移し、UICCが目標に掲げる「トリートメント・フォー・オール」、誰もが治療を受けられる世界の実現に取り組む。だが、がんの問題は国や経済的格差によって治療の選択肢が限られるという問題だけではないとも警告する。

日本でもがん治療薬「オプジーボ」の薬価が高額であると問題になったように、がん治療の進歩とともに社会の負担も増大している。がんを患うことで職を失い、貧困に陥る人も多い。がんはコストの面から社会や国をもむしばんでいくのだ。では、私たちはどうがんと向き合えばいいのか。ディナ王女は治療も重要だが、予防に力を入れる取り組みが必要だと説く。「もっとも大切なのはがんにならないこと。予防に投資した方が、社会が受けるリターンは大きい」

アラブ系初の会長として、中東で広まっている水たばこの問題にも関心を示す。水たばこは煙が水を通ることから健康被害が少ない印象があり、米国や日本の若い世代にも喫煙者が増えている。しかし、2007年の世界保健機関(WHO)の報告では、時間をかけて吸うので、1回の喫煙で吸い込む煙の総量は紙たばこよりもはるかに多いと指摘されている。「正しい知識が普及していない。健康被害が心配です」。先進国から締めだされたたばこ業界があらたな市場を求め経済力が低い国に進出しているのも心配だという。

がんの予防は、国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)にある貧困の撲滅、健康・福祉の推進に合致している。「活動のために、今後も王女という肩書を最大限に利用したい」。世界を飛び回りながら、各国の首脳や要人にがん対策の重要性を説明しているという。取材が終わると、「この中でたばこを吸っている人はいる?絶対に吸ってはダメよ。すぐにやめてね」。そういって足早に次の会合に向かった。王女の戦いは続く。