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アメリカの覇権が終わり、地域大国の時代に 激変する中東のいまはこう読む

朝日地球会議2018
朝日地球会議の討論で語るネイサン・ブラウン氏(左)=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

 総合司会 シンポジウムのコーディネーターを務めますのは、朝日新聞GLOBE編集長の国末憲人です。ここからの進行は国末編集長にお願いします。

 

【国末憲人】 今日はようこそおいでいただきました。GLOBE編集長の国末です。

 

皆さんのお手元にGLOBEの最新号があるでしょうか。GLOBEについて少しだけ説明しましょう。毎月第1日曜日に、20ページのコンパクト版で発行しています。主に国際問題、ビジネスや経済を中心に、世界と日本を結ぶコンセプトでつくっています。GLOBEは、この紙面だけではありません。今年の6月から新しいウェブサイト「GLOBE+」を展開しています。テレビの番組もAbema Newsに持っています。また、このようなトークイベントを常時開催したり、上智大学で提携講座を開いたり、様々な形で発信しています。

紙面のGLOBEは、毎回一つか二つの特集を組み、通常2人か3人のチームで34か月かけて取材しています。今回はそのテーマを「中東」に定め、村山祐介記者と高橋友佳理記者の2人が現地に取材にいきました。今回、そこで取材して紙面に掲載した内容をさらに深く掘り下げよう、あるいは少し広い視点で見ようと考え、このシンポジウムを企画したわけです。

朝日地球会議の会場で=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

今日は、2人のゲストをお招きしています。今日の中東問題について考えるうえで最適な方だと思います。1人はアメリカの首都ワシントンにあるジョージ・ワシントン大学の教授ネイサン・ブラウン先生です。ブラウン先生はシカゴ大学、プリンストン大学で学ばれた世界的に有名な中東研究者です。エジプト、パレスチナからペルシャ湾岸地域を専門に研究されるほか、世界銀行などの国際機関の顧問を務めています。イラクやパレスチナとかの憲法の起草にもかかわられました。 

朝日地球会議に登壇したネイサン・ブラウン教授=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

もう1人は東京大学准教授(10月に教授に就任)の池内恵先生です。ご存じのかたも多いと思いますが、イスラム政治思想を専門とされ、その知識をベースに現代の動きについても積極的に発言されています。書籍の書き手でもあり、最近は「シーア派とスンニ派」(新潮社)がベストセラーになりました。これまで大佛次郎論壇賞、サントリー学芸賞などを受賞されています。実は池内先生、今日は誕生日でいらっしゃいましてですね(拍手)、ありがとうございます。何歳になられたか存じ上げてないんですけど(笑)、おめでとうございます。 

池内恵氏=2018年9月24日、岡田晃奈氏撮影

では、早速お話をいただきたいと思います。まずブラウン先生からお願いします。

 

【ネイサン・ブラウン】ご紹介ありがとうございました。始まるに当たりまして皆さまがたにお礼を申し上げたいと思います。今日私たちの話を聴きにご参集いただきました多くの方々に、またご招待いただきましたこと、温かいおもてなしをいただきましたことに感謝を申し上げます。今日は「中東がどこに向かうのか」というテーマでお話しします。中東の将来を話します前に、過去と現在の背景を説明したいと思います。

■制御体制崩壊の時代

中東というと、一つのまとまった地域であり、非常に不安定な、紛争がある地域と考えがちです。確かにそれも一部真実なんですが、少し誇張されてもいます。例えば、「不安定性」という言葉一つを取っても、中東の多くの国の政治体制は、実はもう長い間そのまま続いています。また、多くの紛争は、イスラエルとパレスチナとの間のもののように深い歴史がありますが、一方で制御もされてきました。外交面でも、暴力のレベルでも、かなり制御されてきたのです。 

ところが、私たちが最近迎えた時代は、紛争などをこれまで制御してきた体制が崩壊しつつある時代です。中東が過去1世紀にわたって維持してきた枠組みが崩壊しつつあるのです。

今日のお話では、まず最初に、グローバルつまり世界的なレベルから物事を見たいと思います。中東では、いくつかの覇権国というのが君臨してきました。ところが、今やそれらが徐々に崩壊し、グローバルなレベルでの競争状態へと突入しつつあります。

次に地域レベルで見てみたいと思います。そこでは、中東を構成してきた歴史的相対的に強い国家が、今や弱体化しつつあるのです。

さらにその下のレベル、つまり社会のレベルで見ると、中東では理念あるいは思想に基づいていた紛争が、アイデンティティー、例えば宗教宗派あるいは民族に基づく紛争へと、移転しているのです。最後には、宗教的なレベルで紛争がどのように様変わりしていけるかということもお話ししたいと思います。

■パックス・アメリカーナから合従連衡へ

まずグローバルなレベルでの変化です。過去1世紀の歴史を見ますと、少なくとも20世紀の半ば以降、中東というのは世界の注目の地域であると同時に、一つあるいは二つの国際的な大国が覇権を持つ地域でもありました。20世紀半ば、1960年代に至るまで、中東の一部の地域ではイギリスが覇権国家でした。その当時は「パックス・ブリタニカ」、つまり大英帝国による平和だったのです。ところが、そこから「パックス・アメリカーナ」、つまりアメリカがこの地域の覇権を握り、この地域をまとめ上げる時代になりました。そして、時にはアメリカとソ連の冷戦がこの地域を独占しました。

朝日地球会議に登壇したネイサン・ブラウン教授=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

イギリスとかアメリカがこの地域の全ての国をコントロールしていた、というわけではありません。しかし、ほとんどの紛争はこの非常に大きなグローバル大国、グローバルな対立を中心に動いていたわけです。

ところがここ10年の間、まあ20年ぐらいでしょうか、特に2003年アメリカがイラク侵攻をしてから、この体制が崩壊しはじめました。そしてアメリカはイラク侵攻後、中東では手を広げすぎた状態になってしまいました。オバマ政権とトランプ政権にはいろいろな大きな違いがありますが、その違いの背後には一つの連続性があります。

オバマ大統領とトランプ大統領に共通する状況は、アメリカがこの地域を、以前のようにまとめ上げることができなくなったことです。その代わりにトルコ、イラン、あるいはサウジアラビアといったような地域大国が以前にまして積極的な外交攻勢を展開するようになりました。こうした国々はもはや、共通する外部の大国と向き合うだけでなく、合従連衡を戦術レベルで繰り広げます。つまり、一つのグローバルな対立があったり覇権国がいたりするわけでなく、複数の地域的主体が生まれたのです。まず、それがグローバルなレベルでの変化です。

■国際紛争から国内代理紛争へ

では、国家レベルではどういった動きがあるでしょうか。特に2011年の「アラブの春」以降、三つのグループの国々に分かれてきたと言っていいと思います。

 まずは地域の影響力を持ったサウジアラビアあるいはアラブ首長国連邦(UAE)、さらにはカタールといったようなところが代表的でしょう。アラブ諸国ではありませんけれども、イスラエル、トルコなどもそうです。こういった地域大国が力を持つようになりました。彼らは、自らを守るだけではなく、国境外の紛争にも対応するようになった、つまり彼らが主体を持つようになったのです。かつてのようにアメリカ中心の体制を形成しなくなったということですね。

二つ目は、エジプトやモロッコ、あるいはヨルダンといった比較的安定した国家が挙げられるかと思います。これらの国は、国内に目を向けると安定しているのですが、もはやかつての地域大国の地位はない。例えば、1960年代、エジプトはアラブ諸国のリーダーでした。今はどうでしょうか。もっと内政に集中しています。 

もう一つのグループは、シリアに代表される、あるいはリビア、イエメンといった国々です。イラクもこのカテゴリーに入るかもしれません。こうした国々は弱体化してしまい、内政もままならない。そして逆に、外の力がどんどん入ってくるようになってきました。 

シリア・ダマスカス近郊で空爆や砲撃で破壊された建物が広がる東グータ地区ドゥーマ=2018年5月、其山史晃撮影

最近の中東地域を見ますと、紛争は依然少なくないのですが、その多くは一つの国内で発生しています。50年前または30年前に目を向けてみますと、紛争は国対国、イスラエル対アラブ諸国、イラン対イラクと言ったような対立でした。今はどうでしょうか。国内で発生しているのです。シリア国内、イエメン国内などで起きています。そして、サウジアラビアやトルコ、あるいはアメリカやロシアといったような国外からの力が入っています。つまり、彼らの対立抗争がこういった中東域内で代理戦争のような展開を始めているのです。

■国家の後退、宗派の台頭

では、続いて別の変化について申し上げましょう。最初にグローバルな面、続いて国のレベルでは、さらに社会的な側面から見ていきたいと思います。

中東で発生している紛争の多くは50年前も、あるいはもっと最近ですと10年前も、イデオロギーをめぐる論争に基づいていました。イスラム対国家などを巡って、政府はどうあるべきなのか、どんな価値観に基づいて社会的な秩序を守っていくべきなのか、といった議論が大部分を占めていたのです。もちろん、こうしたイデオロギーや論争がなくなったわけではありません。しかし、新たに発生した動きがあります。一つは、先ほど申し上げたような不安定さがもたらしたものです。アイデンティティーがより強調されるようになったのです。

ネイサン・J・ブラウン著『アラブ政治再生後にイスラムを論じること』

アメリカは2003年、イラクに侵攻し、イラク国家を解体させました。これが社会にどんな影響をもたらしたか。政府レベルで治安を守り、様々なリソースを獲得するのでなく、もっと小さな組織体――友人、地域、家族といったようなものが母体となるようになったのです。アラブ人、クルド人、スンニ派、シーア派といった集団が政治の抜本的な分断の基準になりました。その影響はイラクから他の地域に飛び火しました。つまり、イデオロギーや理念という大きなくくりではなく、宗派に基づいた対立になったのです。人々が何を信じるかにかかわらず、生まれ持った背景に応じての対立となりつつあるのです。イエメンは代表的な例です。

つまり、後退していたはずの宗派や民族といった要素が大きく台頭してきたということです。これが社会的なレベルで発生してきた変化です。

■宗教と政治の新たな動き

では、宗教的な観点から見た場合に、どういった変化が起きているのでしょうか。

中東の現代史を振り返ると、政治の世界と宗教、政治体制とイスラムとの間の折り合いをどうつけていくのか、長い議論がありました。1970年代から80年代、さらには90年代に至るまで、多くの国ではイスラムが組織だった政治活動に導かれました。一番顕著なのが「ムスリム同胞団」といえるでしょう。組織がしっかりしていて、指導者がいて、綱領も政策もある。彼ら自ら、政治的な志向も持っています。選挙に参加し、議会に議席を獲得しています。もちろん状況は国によって違うというものの、エジプト、モロッコ、ヨルダン、チュニジアといったような国々でこの組織が台頭しています。

彼らを抑圧するべきなのか、彼らを政治に関与させるべきなのか、あるいは彼らを何らかの形で操作すべきなのか。支配体制は模索するようになりました。「ムスリム同胞団」を好きか嫌いか、という問題ではなく、彼らを一つの勢力として認めたうえで、彼らを政治の世界で活用できるかどうかと、議論していたのです。

カイロ東部でデモをするムスリム同胞団員ら=2013年8月、杉﨑慎弥撮影

しかし、この56年の間は、そうした論議が崩壊してしまいました。確かに、イスラム政党が依然として非常に重要な政治勢力になっている国は残っています。シリアやモロッコなどがそうです。しかしながら、他の中東諸国はどうでしょう。特に、エジプトの「ムスリム同胞団」は相当な抑圧にさらされています。

そこからは、宗教と政治との関係の議論が消えたわけではないものの、議論の意味合い自体が変容していったのです。例えば、これまでのようにイスラム政治勢力と支配体制との間で論争が起きるのではなく、国家そのものが宗教としての体制を持ち、宗教教育を実施し、モスクにライセンスを供与し、「誰がどのような形で宗教活動をすることができるか」に認可を下す状況になっています。また、「ムスリム同胞団」のような組織だった活動をできる勢力ではなく、例えば「イスラム国」(IS)のようなより散発的な組織が台頭してきました。それがこの56年間の動きです。

ISのような組織が、公式な形ではなく、より散発的に、今後も台頭する可能性があります。それは、社会をつくる政治を目指すのでなく、社会に影響を及ぼそうと狙う集団となるでしょう。

■しばらく混乱は続く?

このように歴史を振り返ってみますと、中東地域というのはまさに今、混沌としている状況が続いているという点に尽きるかと思います。今後中東はどこに向かうのかという議論を前に、あえて歴史と現状について少しご紹介いたしました。

短期的に見た将来はどうなるでしょうか。おそらく今の姿とさほど変わらないと、私は思っています。地域の枠組みが変わったり、アメリカのような大国の力が外からこの中東に影響を与えて変化を起こしたりするより、もっと流動的な動きが続くかと思います。それぞれの地域あるいは国ごとにさまざまな力が台頭し、お互いに対立しあうでしょう。将来の不確実性は少し誇張され過ぎているかもしれませんが、今後5年から10年は、さらに混乱が続くかもしれません。

朝日地球会議の会場に集まった人々=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

【国末憲人】 ありがとうございました。ブラウン先生の研究と理論は、中東を考えるうえにとどまらず、中東以外の問題にいろんな形で敷衍できるものでしょう。先ほどのお話でも、イデオロギーからアイデンティティーへの変化などに関しては、単に中東にとどまらず他の場所の問題も大いに当てはまりそうに思います。

 

では、次に東京大学准教授の池内恵先生、よろしくお願いします。

【続きは28日正午に配信します】