先日、イタリアのファッションブランド「ドルチェ&ガッバーナ」が制作した動画及び、その後、インスタグラムで苦言を呈した人に対して、同ブランドのデザイナーであるステファノ・ガッバーナ氏と見られる人物が、排泄物の絵文字を多用しながら、中国を侮辱する内容を書き込んだことが原因で中国で、ドルチェ&ガッバーナの不買運動が起きるなどの大騒動となりました。
ブランド側はアカウントを乗っ取られたと主張しましたが、結果的に同社のデザイナーであるドメニコ・ドルチェ氏とステファノ・ガッバーナ氏が謝罪をする展開になりました。
この騒動に日本は直接かかわってはいませんが、日本のテレビやインターネットを見て気になったのは「日本に住む日本の人々の受け止め方」と「欧州社会の一部に残っているアジア人蔑視の現実」とのギャップです。
「お箸文化」への蔑視にみる「異なる文化への軽視」
動画について、具体的に何が問題だったのかというと、単刀直入にいえば、「お箸文化への蔑視」だと思います。動画では「箸を一本ずつ片手で握る」というお箸を使う文化圏であれば、マナーとしてあり得ない動作を繰り返し映しており、さらに片手で握った一本の箸でピザの生地をつついたり刺したりと「やりたい放題」です。
箸を日常的に使う国の人が見たら不快に感じる動画を、なぜ配信前に誰も止めることができなかったのかと不思議に思うところですが、中国の「ヴォーグ」の編集長であるアンジェリカ・チャン氏のコメント「中国市場進出をねらう西洋ブランドは、中国人の文化に対する感性を考慮すべき。本社からの命令を全て(中国チームに)実行させるのではなく、中国チームからの意見や考察を聞くことで得られるものは大きいだろう」というコメントが的を射ていると思います。
中国VS西洋文化のように、予め文化の違いが「ある」と分かっている場合、それがビジネスであればなおさら、最初から「現地の声」(今回においていえば、それは中国の声)を聞いた上で制作を進めるべきでしたが、この動画を見ると、中国でビジネス展開をしているにもかかわらず、制作段階で中国人の意見を聞かない、もしくは意見を言えないような雰囲気があったことは容易に想像できます。
この動画では「ピザ」の後には「大盛りのスパゲッティ」が登場するのですが、そこではフォークにスパゲッティを巻きつけるかのように「箸にスパゲッティを巻きつけながら箸ををまるでフォークでも回すかのようにくるくると回す」シーンもあり、まさに「箸を使う文化圏の人なら絶対にやらないことのオンパレード」です。筆者にはこれは中国はもとより、お箸文化圏全体を敵に回したかのように思えました。
ところが、日本のテレビやインターネットでの意見には「中国人が騒ぎすぎ」「中国人が怒りすぎ」というようなコメントも多くあり、筆者は複雑な気持ちになりました。というのは欧州で育った筆者は(一部の)欧州人がいかに差別的かということを身を持って体験してきたからに他なりません。欧州に長く住んだ経験のある日本人や日本にルーツのある人と話をすると、現地での差別に話題がおよぶこともありますが、どうやらこの問題、「日本にいる日本人」と「欧州に住む日本人」の間に、捉え方や感じ方についてかなりのギャップがあるようなのです。
東洋人を「チン・チャン・チョン」とからかう悪質な「はやしたて」
では欧州にはアジア人へのどのような差別行為があるのかというと、昔からある代表的なものに「チン・チャン・チョンと言われてからかわれる」という問題があります。この「チン・チャン・チョン」は、西洋人から見たアジア圏の国々の言語の響きを馬鹿にした明らかな「いじめ」です。実は筆者もドイツで育った小学生時代、周りの子供に「お母さんが日本人」だということを知られた瞬間に「どうせ、家ではお母さんとチン・チャン・チョンとか変な言葉でしゃべってるんでしょ」と言われた経験があります。困ったことに、これは「子供同士」の問題だけではなく、むしろ子供は周りの大人のアジアへの蔑視を引き継ぐ形でこのようないじめをしています。実際に、大人であっても、このような「からかい」を堂々とする人がいます。道ですれ違い様にアジア人に対して、バカにした感じの口調で「チン・チャン・チョン」と言う酔っ払いにもいますし、もちろんシラフの人もいるので、気が抜けません。
さらには、日本人や中国人がドイツ語やイタリア語などの言語を習う際、アール(r)とエル(l)の発音に苦労することをバカにしながら発音を真似をする、という困った人々もいますが、驚くべきことにこのドルチェ&ガッバーナの動画でも中国人の発音をバカにしているのですから、この動画はいわば「欧州でのアジア人差別」を凝縮したものといっても過言ではないでしょう。
東洋人の目の形を揶揄する差別的な仕草
欧州で生活をしていると、アジア人を「チン・チャン・チョン」とバカにしながら、両手の指で目を横につり上げる仕草をする人を時折見かけます。これはアジア人の目の形を揶揄する仕草なのですが、いうまでもなく人種差別です。昨年、セルビアの女子バレーチームが両目を指でつり上げる仕草をし、問題になったことを覚えている方もいるのではないでしょうか。
このような一部の白人による東洋人への蔑視は許しがたいものですが、同時に驚かされるのは、ヨーロッパで現地の人に「Chinese Chinese! (中国人中国人!)チン・チャン・チョン、チン・チャン・チョン」と言いながら目を横につり上げる仕草をされても、「彼らは中国人のことを言っているのであって、日本人の自分は対象ではない」と自分に都合のよいように解釈している日本人が一部にいることです。本来は声をあげて怒るべきところを、なぜか自分の中で線引きをして「いじめっこの白人側」に立ってしまっているところにある種の歪みを感じます。
念頭に置いておきたいのは、このような悪質な「からかい」やいじめをす人というのは「アジア人全体」を低く見ているということです。「彼らは中国人は低く見ているけど、日本人のことは認めてくれている」というような都合のよい解釈はしないほうがいいですし、そもそも事実ではありません。今回問題となった「ドルチェ&ガッバーナ」に関しても、過去にステファノ・ガッバーナ氏はイタリアの全国紙コリエレ・デラ・セラで「日本人のデザイナーなんかに『ドルチェ&ガッバーナ』の服をデザインしてほしくない」と語っています。いわばアジア全体を蔑視しているといえるでしょう。
さて、欧州にいるアジア圏の人々は今まで前述の東洋人の容姿をからかうような仕草や、道端などで投げかけられる「チン・チャン・チョン」という「はやしたて」等の差別について、強い抗議はしてきませんでした。そういった背景もあってか、欧州の一部の人達にとって「アジア人」とは「からかっても、反撃してこない人達」でしたが、今回は中国人が「ドルチェ&ガッバーナ」に対して強い抗議をしたことを筆者は単純に「よくやった」と思いました。こういう時に怒ることが「やりすぎ」だとは思いませんし、今回直接騒動にかかわっていなかったとはいえ、「お箸文化圏を馬鹿にされた」としむしろ日本人も一緒になって怒るべきところだったと思います。そうしてこそ欧州社会でのアジア人の立場の向上に貢献できます。
もちろんこれには文化の違いも関係していて、日本ではどんな状況であっても決して声を荒げたり怒ったりしないことが時に美徳だと見なされますが、残念ながら欧州社会においては怒るべき時にきちんと怒らないと、相手に「これからも馬鹿にしてよい存在」と思われてしまいます。
欧州社会に東洋人への差別が一部にあることは事実ですが、その一方で近年たとえばドイツでは「白人が無意識的にする差別について」というテーマもようやくメディアで扱われるようになりました。例えばドイツのZeit誌のオンライン版では「白人であることによって、当たり前のように自分が有利なポジションにいることに気付かない人が多い。『あくまでも差別はKu-Klux-Klanのような特殊な人達がするもの。自分は関係ない』といった認識が、日常生活において、自覚のないまま白人でない人の意見を軽視したり、差別をしてしまうことにつながっている。」という社会学者Robin DiAngelo氏の見解を紹介しています。「ドルチェ&ガッバーナ」に関しても、本人達がどこまで意識しているかは分かりませんが、彼らのある種の白人至上主義やアジアに対する軽視が今回の騒動を招いたといえるでしょう。
どのようにこのような差別問題を解決できるかというのは難しい問題であり、なかなか答えが見つからないのがもどかしいですが、「中国人が白人にバカにされても他人事」のスタンスをとったり、「別にたいしたことがない」とか「そこまで怒ることではない」と問題を過小評価することが、解決にならないのはいうまでもありません。むしろ更なる差別を招く可能性があると考えたほうがよいでしょう。人の移動が多いグローバル化している今だからこそ「怒るべき時に怒る」ことも必要なのではないでしょうか。