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大麻は取り締まるより合法化 カナダの壮大な社会実験、「選択と集中」の結果だ

World Now 更新日: 公開日:
公園で大麻を吸う男性。娯楽用大麻が解禁された10月17日、カナダ・トロントの公園には解禁を祝う人たちが集まっていた=西村宏治撮影

長く違法とされてきた大麻の所持や使用を、合法化する動きが広がっている。カナダは今年10月17日から医療用の大麻だけでなく、娯楽用の大麻の所持を合法化した。全国規模での合法化はウルグアイに次いで2カ国目だ。
日本から見れば驚きの政策、カナダは何を狙っているのか。記者は取材に飛び、解禁日を最大都市トロントで迎えた。(西村宏治)
娯楽用大麻解禁の日、賛成派と反対派は(西村宏治撮影)

「Happy Legalization!(合法化おめでとう!)」 大音量で流れる音楽にあわせ、ハイタッチを交わす人たち。あたりには、マリフアナの煙がもうもうと立ちこめる。

10月17日午後。カナダ最大の都市・トロント市内の公園には、娯楽用大麻の合法化を祝う人たちが集まっていた。 カナダではこの日から、マリフアナなどの大麻を大人1人30グラムまで持ち歩けるようになった。

友人たちと踊りの輪を遠巻きに眺めていたのは、市内の元弁護士マーク・ウィンテン(68)。「夢がかなったよ!」と満面の笑みを浮かべた。長年、少量の大麻所持で収監される被告たちを見てきた。「大麻でハイになって踊っているだけの人をなぜ罪に問わなければならないのか、ずっと疑問だった」

トロント市内の公園で大麻をあしらった旗を振り、合法化を喜ぶ男性=西村宏治撮影

■若者を薬物から切り離すために

カナダが大麻の合法化に踏み切ったきっかけは、2015年秋の総選挙だ。現首相で、野党・自由党の党首だったジャスティン・トルドー(46)が「いまの禁止規制は機能していない」とそれまでの政策を批判し、合法化を公約に掲げて勝利した。

トルドー政権は初の議会で合法化の方針を発表。専門家委員会での議論などを経て今年6月、議会が法案を可決した。

大麻の使用については、オランダのように、違法としつつも積極的には罰しない「非刑罰化」政策を採ってきた国もある。なぜ、あえて合法化するのか。

「若者が薬物につながりにくくなる。そして犯罪組織の利益を取り上げることができる」。トルドーは合法化当日、記者団にそう答えた。

カナダで大麻が合法化された初日、トロント市内には合法化に反対する人たちの姿もあった。参加者たちは「特に若者に対して有害だ」と訴えた=西村宏治撮影

大麻の所持などの処罰には02年に年間10億カナダドル(約850億円)以上かかっていたとされるが、カナダの少年の大麻使用率は先進国で最悪だった。そこで大人の使用は合法化しつつ、未成年への譲渡などを厳しく禁じて、若者対策に力を入れる方向に切り替えた。

さらに、カナダ政府は年間70億カナダドル(約6000億円)の違法大麻の売り上げが犯罪組織に流れ込んでいると分析。非刑罰化するだけでは、この闇市場が潤うことになりかねない。そこで合法化して政府が流通を管理することで、闇市場を縮小させて税収を上げる道を選んだ。

「大麻は依存などの問題も起こすが、多くの場合で若い時からの使用が関連している。問題を減らすには、すべてを犯罪とするより、若者の使用を減らすことに焦点を当てたほうが合理的だ」。カナダを代表する精神医療機関「中毒・メンタルヘルスセンター(CAMH)」で公共政策の分析を担うジャン・フランソワ・クレポー(39)はそう言う。

各国の研究成果を調べたところ、大麻の摂取が直接的な死を招く危険性は低く、依存性もたばこやアルコールなどと比べて危険とは判断できなかったという。

一方で、大麻の使用や所持を処罰することが深刻な不平等を招きかねないという問題もあった。カナダでは、大麻の使用を経験した人は国民の4割以上にもなる。ところがこのうち一部の罪に問われた人たちだけが、就職や旅行で大きな不利益を受けることになってしまう。

医療用オピオイド(麻薬系鎮痛剤)の乱用の流行も影を落としている。国連によると、米国では2016年に薬物の過剰摂取で約6万人が死亡しており、うち医療用オピオイドによる死者が約2万人と前年から倍増。カナダにも深刻な影響を与えている。

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多くの人が使う大麻への対応にコストがかかる一方、より危険なオピオイドなどへの対応が後手に回るという「ねじれ」が生じていたのだ。クレポーは「合法化は、大きな社会実験。これから出てくる課題を乗り越えていく必要もあるだろう」と言う。

トロント市内の公園で、この日から始まった娯楽用大麻の合法化を喜ぶ人たち=西村宏治撮影

全国規模での娯楽用大麻の合法化は、13年の南米ウルグアイに続き世界で2カ国目と言われている。先進7カ国(G7)では初めてだ。 

大麻などの麻薬は、世界の多くの国で厳しく規制されてきた。1970年代、当時のニクソン米大統領が「薬物との戦争」を宣言して厳しい取り締まりに乗り出したのは、特に有名だ。

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■「国連ルールに違反」批判も

ところがここに来て「厳しく取り締まっても薬物使用はなくならない」という意見が世界的に広がってきた。元国連事務総長の故コフィ・アナンなどが名前を連ねるNGO「薬物政策国際委員会」が「薬物との戦争は失敗した」との報告を出したのは、2011年だ。 

大麻をめぐってカナダ政府が意識した国のひとつが、米国だ。国としては禁止しているが、州によっては娯楽用大麻を認めている。11月の中間選挙に合わせた投票で合法化を決めたミシガン州を含め、10州と首都ワシントンDCが合法化を決めている。

この中で最も早く14年に合法化に踏み切ったのが、コロラド州。「前向きな効果として大きかったのは、合法業者による規制市場が拡大したことでしょう」。州歳入局でマリフアナ政策の広報を担うシャノン・グレイ(32)は言う。 

合法化した14年、流通の65%を合法業者が占めていたが、17年にはほぼすべてを担うようになったという。州が合法業者から得る税やライセンス料の収入は、14年の7000万ドル(約79億円)から、17年の2億5000万ドル(約283億円)に拡大。道路や学校の建設などに使われている。

米コロラド州デンバー中心部にある大麻店の看板。街のいたるところに、こうした販売店がある=西村宏治撮影

だが、大麻の合法化は、国連のルールに違反しているとの声もあがる。

11月、国連の麻薬委員会で演説したビロジュ・スムヤイ国際麻薬統制委員長は、カナダとウルグアイを強い調子でこう非難した。「国際的な薬物統制の法的枠組みに明らかに違反し、合意された国際的な法的秩序を尊重することをないがしろにするものだ」