麻薬の歴史は古い。アヘンの原料となるケシの場合、すでに紀元前3000年ごろのスイスの遺跡で、栽培された種子が見つかっている。
もともとは宗教的な目的のほか、鎮痛などの医療にも使われていたようだ。古代ギリシャなどでは、すでに不思議な力を持つ薬として認識されており、紀元後1世紀ごろ、ローマ帝国の時代には医薬品として使われた記録が残っている。
麻薬原料となる植物にも、健康効果が知られているものがあった。たとえば南米アンデスには、高山病に効果があるとしてコカインの原料となるコカの葉をかむ習慣があった。1886年に米国で生まれたコカ・コーラは、当初はコカの抽出物を含む健康飲料として人気を集めた。
麻薬が庶民に広がり、問題が目立ってくるのは19世紀以降だ。科学技術の発達で、特定の化学物質を抽出したり、性質を改変したりできるようになり、アヘンからはモルヒネやヘロイン、コカからはコカインという強力な薬物が生まれた。
産業革命後の社会の変化の中で、欧州では工場の労働者たち、米国では南部のアフリカ系労働者たちの間に麻薬の使用が広がっていく。貿易の拡大も、麻薬が世界中に拡散する原動力になった。
日本では、戦前に発売された覚醒剤「ヒロポン」が、戦時中に工場労働者の眠気覚ましなどに使われたほか、軍の特攻隊などにも配られた。戦後に劇薬指定されたにもかかわらず使用が拡大したため、密造と密売を防ぐ目的で、1951年に覚せい剤取締法が成立。取り締まりが始まった。
こうして広がった麻薬の使用が「犯罪」とされるようになるのは、20世紀。世界でその取り締まりの先頭に立ってきたのは、米国だ。
だが、米国を含めた各国の麻薬禁止過程に詳しい関西学院大教授の佐藤哲彦は、麻薬使用が「犯罪」とされたのは依存が問題となったからではなく、感情的な反発があったからだと指摘する。アヘン系麻薬は中国系、コカインはアフリカ系、大麻はメキシコ系住民が乱用しているとされ、そうした「よそ者」への反移民感情が背景にあったという。(『麻薬とは何か』)
こうした歴史を踏まえ、米国には麻薬政策が人種差別だという批判がある。たとえば白人男性を中心に広がっている医療用オピオイドの乱用は、ほぼ罪には問われていないからだ。
つまり、麻薬はその歴史の中で、「よそ者」が使っていると「犯罪」、「仲間」が使っていると「病気」とされてきたのではないかという疑念が浮かんでいる。